撃ち方やめ!
安全だと思っていた方向から突然銃弾を浴びせられ、山車櫓と対峙していた散兵線には小さなパニックが起こっていた。
反撃の銃弾を撃った者はいたようだが、ボウモアの陣地までおよそ二百メートル。初速が遅く、球形の弾丸を平腔銃身内から飛ばすマスケット銃では、空気抵抗による減衰効果も相まって着弾がブレるうえ、この距離では貫通力もない。
ゆえに、マスケット銃の適正交戦距離は百メートル以内とされているのであり、横隊を敷いて銃撃を加えながら前進するという戦術も成り立つ。マスケット銃など、なかなか当たるモノではないから。
だが、ラルウの発明品である銃弾は違う。
椎の実のような形状の弾頭が、銃腔内部に螺旋状に施された溝『施条』に押し付けられながら発射され、その結果、回転しつつ飛翔する。
これが、弾道を安定させ、火薬の性能も向上していることもあり、一気に有効射程距離は二百メートルにも伸びているのだ。
しかも、六連射が可能であり、再装填には十秒もかからない。
罠に嵌めるため『マスケット銃に擬装する』もとを止めてしまえば、火力差は圧倒的だった。
我々は、徹頭徹尾陣地から出ない。
マスケット銃ならば、装填時間の関係で、よほどの数を揃えないと、騎兵の突破を許してしまう。
だから銃剣があり、それを筒先にはめ込むことで槍兵に早変わりするのだ。
銃兵といいながら、最後は白兵戦を行うのが、マスケット銃の常識。
我々は違う。
地形を生かした散兵戦術は昔からあるが、その究極形が我々が現在採っている『野戦築城』であり『十字砲火』であり『弾幕防御』なのだ。
三つの陣地の射程距離内部に全軍が入ってしまった時点で、ブルーナン騎兵団の勝の目は無いのである。
赤土の斜面を利用した高所陣地であるベルズの踏ん張りが、ポイントだった。
騎兵を引き付ける役目は、ボウモアの陣地が受け持つはずだったが、ブルーナン騎兵団が予想以上にラルウを侮っていたことから、悪手ゆえに採用しないだろうと思っていた攻撃ルートを採り、想定より早くベルズの陣地が発覚してしまったが、ベルズは上手く騎兵の突撃をいなしてくれた。
焦れて、ボウモアが暴発しなかったのも、よかった。これ以上ないタイミングで、敵を横から殴りつけてくれたのだ。
ベルズの隊は、拳下がりの狙撃で、騎兵の主力を河原の方向に追いやっている。
河原には、展開式馬防柵で小さな砦と化したボウモアの隊が待ち構えていて、連射につぐ連射で、騎兵を走らせない。
騎兵は、動けばマスケット銃に当たらないという前提で成立している部隊だ。
だが、ラルウの銃は事情が異なる。
百メートルを超えた距離でも胸甲を貫くほど貫通力があり、直進性が高く、命中精度が高い。
それに、なんとか混乱を収めようとする士官や下士官が、馬上に伏せて身を低くしても、何処からか飛来する銃弾によって、次々と射落とされているのだ。
精鋭を誇るブルーナン騎兵団でも、常識外の連射、常識外の射程距離、そして実戦で初めて使用される超遠距離からの狙撃という想定外尽くしの戦闘に、単なる烏合の衆と化してしまっていた。
指揮系統もくそもなくなってしまっているのだ。
騎兵が、徐々にすり削られるより悲惨な状況なのは、捨て駒にされた歩兵たちだった。
山車櫓の射線からは隠れられるが、ボウモアの陣地からもベルズの陣地からも丸見えという位置に巧妙に配された岩などの遮蔽物に群がり隠れていたのだが、射程距離と連射の封印を解いたベルズ・ボウモアの両陣地からの銃撃を受けたのである。
隠れる場所などもうない。
反撃の銃弾は届かない。
頭を上げれば真っ先に撃たれる。
地面に這いつくばっても、いずれ撃たれる。
走り出しても、逃げ切れない。
死体の山が、築かれつつあった。
問題は、撃つ方。
戦場に出たことがあり、死と隣り合わせの生活をしていた私でさえ、吐き気を催すような場面なのだ。
これはもう戦闘ではない。単なる殺戮だ。屠殺といってもいいかもしれない。
だが、義勇兵たちは淡々と撃ち続ける。
そういう訓練をしてきたのだ。
「撃鉄を上げろ、構え、撃て!」
剣を肩に横たえ、銃列の後ろを歩きながら、ゴードリー王が歌う様に号令をかけてゆく。
彼の顔も蒼白だった。
油汗が流れ、硝煙で汚れた頬が斑に汚れている。
「彼らが、この辺境で何をしてきたか、思い出せ。これから、我々に行おうとしていた事を思え。降伏など許すな。撃て。ただ撃て。私が全部背負う。君らに責任も罪もないのだ」
義勇兵たちの挫けそうな気配を感じると、ゴードリーが落ち着いた声で言う。
ブルーナン騎兵団が占領地で何をしたのか、隠す事無く全員に周知していた。
妊婦の腹から胎児を引きずり出していたこと。
子供を縄につないで、射撃訓練と称して射的の的にしていたこと。
若い娘がレイプされて抵抗すれば虫けらのように殺されたこと。
見せしめのため、毎日誰かが処刑されていたこと。
奴隷として商品価値がない老人は、井戸に生きたまま投げ込まれ、焙烙玉で爆殺されたこと。
思わず、耳を塞いでしまいたくなる事柄も、余さず情報共有した。
恐怖と憎悪を植え付けるためだ。
我々は小勢。捕虜を取ることなど出来ない。
皆殺しにするしかないのだ。
だが、どこかで殺しに倦む。そうなると、集団戦法は成立しない。そのための恐怖と憎悪。
「もしも、自分の父母が、妻が、兄弟姉妹が、そんな暴虐を受けたら……」
それを、義勇兵全員に植え付けたのである。
各個に射撃させないのも、同じ理由。
一斉にゴードリーの号令下で撃つ。
この斉射で誰かが死ぬが、誰の銃弾なのか分からない。
これが『殺し』の心理的圧力を軽減させる。
彼らは、もともと兵士ではなく、鍛冶職人や農夫なのだから。
厳しい訓練を受けた兵士でも、激しい戦闘を経験すると、心理的な後遺症が残るものだ。
そして、初めからこの戦闘は激烈であると分かっている。
心理的圧迫をどうするか? は、彼等に訓練を施すうえで重要なテーマではあったのだ。
「撃ち方、やめ!」
射程圏内に動くものがなくなり、ゴードリー王は射撃中止を命じた。
発砲音に痛めつけられた耳が、キーンと鳴っている。
私は、ベルズ商隊出身の下士官を五人集め、山車櫓から出てゆく。
外は、死体の山だった。
十字砲火の真っただ中にされた、遮蔽物周辺が特にひどく、濃厚な血臭が漂っている。
私の従軍経験は、地方の反乱軍の鎮圧戦ばかりだが、その戦場に似ている。一方的な戦闘。その後が、こういう光景になる。
警戒のため、ライフルを構えていた男が、げぇげぇと吐いた。
無理もない。戦場経験があるベルズ商隊でも、これほどの惨状は目にしたことがないのだろう。
私は、抜き身のランリョウ刀を肩に担ぐように持っていて、戦場を検分していた。
何人か息がある者がいたが、重傷の者に留めを刺す。それが、役目だった。
ひゅるひゅると風か鳴るだけで、全く音がしない。
恐れをなしたか、死肉に群がるカラスさえ、ここには居ない。
十倍もの勢力を持つ敵に勝った。
弟の戦術書は正しかった。それが証明できたのに、この胸につかえたような居心地悪さは何だ?
私の安全確認のサインを受けて、山車櫓のメンバーが陣地から降りてくる。
まるで、脅えた羊の群れのように、一か所にかたまり、動かない。
ベルズが、体格のいい男を捕縛して連行してきた。
この男が、ブルーナン騎兵団の団長、ジョン・ブルーナンその人だった。
グレンかリベットの狙撃で肩を砕かれており、落馬の際に足を痛めていた。どんな凶悪な顔つきなのかと思っていたが、朴訥な田舎の農夫みたいな顔をしている。
「なんだ、あの銃は。反則じゃねぇか」
どっかと胡坐を組んで地面に座り込み、ブルーナンが毒づく。
伊達なフリルがついたシャツを着ていたが、全く似合わないし、血でぐずぐずになって台無しだった。
「まぁ、いいや。俺は人質交換じゃ上位に入る。供託金から身代金も出る。大儲けだな? ええ?」
いつの間にか、ゴードリー王が私の横に並んでいて、ブルーナンに剣を突きつけた。
「輜重隊はどこに隠した? 案内しろ」
これが、ゴードリー王か? と、思うほど、冷たい声だった。
そして、この殺気。山中で、彼と対峙した時を思い出す。




