罠は閉じた
「狙撃兵だ!」
士官を失って兵は動揺していた。なので、下士官がサーベルを振りまわして散らないように集め、斜めに駆けるように指示を出している。
「ぐっ」
その下士官が、胸を押さえて馬上から転げ落ちる。血煙は、背中から上がった。分厚い胸甲を大型狙撃銃の弾丸が貫通したのだ。彼の背中に拳大の大穴があき、遅れて音がする。
どのような装填システムなのか、スコフィールドの説明ではよく分からなかったが、発射間隔はおよそ七秒。マスケット銃でも、大砲と銃の中間とも言える大型銃は存在するが、詰め込む火薬の量が多く、弾丸も大型なので、通常のマスケット銃装填時間である十五秒から二十秒を大きく超える。
スコフィールドの大型狙撃銃……後に『ランサー』と命名される……は、銃兵による戦術を大きく変える代物になる。
私が二人を斬った。
タラモアデューが、六人を『煽撃ち』で撃ち落とした。
スコフィールドの大型狙撃銃で二人が死んだ。
別働隊は一瞬で半数に減ってしまったことになる。死んだ半数には、士官と下士官も含まれている。
三割の損耗で撤退するのが、戦場での定石。しかも、相手は逃げ足に定評がある傭兵稼業の連中。あっという間に馬首を巡らせて、退却の構えをとった。
その先頭に立っている奴から、ぱっと血煙が上がり、馬上から転げ落ちた。大型狙撃銃だ。馬が驚いて竿立ちになる。
それを避けようと、駆け始めようとした偵察兵が団子状態になり、小さなパニックは発生した。
それを収める士官も下士官もいない。
指揮官を狙った遠距離狙撃は、戦況を左右する可能性があると、弟の戦術書に書かれていたが、その有用性が証明できた。
個々の兵士が屈強でも、運用が出来なければ烏合の衆と同じ。
主を失った馬を、タラモアデューが奪っていた。
手綱を片手に巻き付け、片手で輪胴式拳銃を構えている。
まるで、槍を抱えて突撃する『槍騎兵』の拳銃版だ。
「一人も逃すな!」
連発銃があるというカラクリはまだ晒したくない。こいつらは、皆殺しにしないとダメだ。
「承知した」
まるで、騎馬民族の様に、両足の締め付けだけで馬上で姿勢を保ち、拳銃を両手保持で構える。
あんな揺れる馬上で、私なら一発も相手に命中させる事など出来そうもないが、タラモアデューは違った。
遁走を図る敵兵を、背中からの一発づつで仕留めてゆく。
こうなっては、徒である私にはどうしようもない。
今更、馬を捕えても追いつかないし、近くに主を無くした馬はいない。
タラモアデューの射撃音が聞こえていた。彼のバックアップ拳銃は二丁。それらを全部撃ちきったらしい。
騎乗での射撃で、十二発中九発命中。……なんてスコアだ。
そういえば、三発目を撃って以来、スコフィールドの大型狙撃銃は沈黙している。思ったより役に立ったが、やはりアテにしないで正解だった。
地面にランリョウ刀を刺して、流れる汗を袖で拭う。
徒で騎兵と殴り合ったのは初めてだったが、よくぞ怯まずに立ち向かったと自分を褒めてやりたい気分だ。
それほど、騎兵は恐ろしかった。弟が騎兵を潰す方法を、考えていた理由が、実感で理解出来た。
練度が低い兵ならば、突撃の様を見ただけで、算を乱して逃げてしまっただろう。戦慣れした騎兵を弱兵が仕留めるのは、連発銃しかないという認識を新たにする。
密集して槍衾で戦うには、それなりの度胸と練習が必要だ。軍部さえ腐敗してしまっているナカラでは、それは望むべくもない。
馬を引き連れて、タラモアデューが戻ってきた。彼は、拳銃の扱いも上手いが、馬の扱いもかなり上手い。
噂では、遊牧民出身らしいが、案外それは正しい情報なのかもしれない。
「三頭ばかり逃がした。敵陣方面に逃げたわけではないので、無視することしたよ」
この寒い中、むらむらと湯気を全身から沸き上げて、タラモアデューが無骨な顔をほころばす。
久しぶりに全速力で馬で駆けたせいか、彼にしては珍しく上機嫌だ。ラルウでは、馬は貴重品。
商隊や農作業に優先して融通されるため、治安官にまで馬は回されない。
それが、上等の軍馬を一気に十七頭も手に入れた。大収穫だ。
「脅威は取り除いた。山車櫓に戻ろう」
私が言うと、タラモアデューが頷く。
「馬を隠してくる。すぐ後を追うよ」
山車櫓は、作戦通り、派手に射撃を繰り返しつつ、注意を惹くという役目を担い続けていた。
強行偵察部隊は全滅させたが、まだ薄氷を踏む状況には変わりがない。
ハンドサインで、任務完了の報告をゴードリー王に送り、私は遠眼鏡での敵陣観察に戻る。
カクもほどなくして戻ってきた。私に向ってニヤリと笑い、親指を立て、そして、銃列に加わった。
斜面に目を向ける。
予定に反して、先に正体を表すことになったベルズ隊が、必死の防戦をしているのが見えた。
野戦築城から、拳下がりの射撃。
斜面は、わざと湧水を流しておいたことにより、ツルツル滑る赤土の泥濘になっていて、そのせいで脚が止まった騎兵を撃ち続けている。
まだ、統率がとれていて、約二十人の分隊を三つ作り十五秒間隔で順番に撃っていた。連射性能は封印している。敵が深く罠の中に踏み込んだ状態でないと、逃げられる。
寡兵側が約十倍もの敵を包囲殲滅するという、常識外の戦をしているのだ。輪胴式長銃という新兵器がなければ、実現は不可能。
ベルズ隊は、主に散弾を使用しているようだ。
敵の殺害ではなく、面の射撃に徹して砕けた鉄片を撒き散らし、馬や騎兵を負傷させる作戦。
それで、今のところ上手く敵の出足を抑え込んでいた。
意外なほどの頑強な抵抗に、ベルズ隊への圧力を強めれば、作戦は次の段階に移行する。
十字砲火で、山車櫓に肉薄する歩兵を河原に隠れるボウモア隊とベルズ隊で狙撃。
遮蔽物に隠れていると思っている歩兵たちは、実は背中や側面をボウモアとベルズに晒しているのだ。
それから逃れるには、前に出るしかなく、そうなれば、山車櫓から拳下がりの銃撃に晒される。
射程距離と連射の封印を解くのは、このタイミングだ。
山車櫓とベルズの陣が抵抗すればするほど、敵は増援を送らないといけなくなり、罠に深く食い込む。今が、踏ん張りどころだ。
落ちそうで落ちない、山車櫓とベルズの銃陣に痺れをきらせ、ブルーナン騎兵団は圧力を強めてきた。
歩兵の増援を山車櫓に振り向け、ベルズに叩かれ続けて損耗した騎兵を下げて、新たな騎兵を当てて来たのだ。
山車櫓には、ほぼ全ての歩兵を。騎兵は、ブルーナン騎兵団の初期メンバーである主力二百騎あまりを温存して、新規参入の部隊を三つに分け、三方からベルズの陣を圧迫する構えだった。
山車櫓の中は、硝煙で霞がかかったようになっていて、呼吸が苦しい。
唸りをあげて、換気扇が回っていたが、追いつかない状態だ。
増援部隊は、火薬を詰めた陶器の玉、通称『焙烙玉』を持参していて、隙を見てはこれを投げようとしてくるので、気が抜けない。
斉射に加わらず、狙撃手に徹することにしたらしいタラモアデューが、銃列に加わり、投擲距離まで接近して来る兵士を確実に撃ち倒していた。
この『焙烙玉』を投げ損ねた兵の末路は悲惨だ。爆発して、肉体の原型を留めていないのだから。
突然、ベルズの陣が連射性能封印と、射程距離の封印を解いた。
指示は出していない。現場の判断だ。
遠眼鏡で見ると、ブルーナン騎兵団の根幹を成す二百騎が、後退を始めるところだった。
意外とこっちが手強いとみて、前線に新規加入の兵を残したまま一時撤退する判断を下したのだろう。
新参者は使い捨て。事前の調査通りの、部隊の癖だ。
古株の部隊を撤退させるのは、まずい。ベルズはそう判断した。
悪い判断ではない。敵は、「ここまで届くのか!」と、動揺している。それに、銃が連射してくる事にも動揺していることだろう。
銃腔内の施条によって、直進性も高い。しかも、貫通力は、マスケット銃の比ではないのだ。
押し寄せてくる、騎兵を必死で抑えながら、ブルーナン騎兵団の主力を狙撃する。
彼らが採るのは、ベルズの射程距離から逃れること。
街道上が安全ではないとすると、残るは川の方向。
一騎、二騎、と撃ち減らされながら、さすがにパニックになることなく、河原の方に引いてゆく。
これで、全軍が罠の中に入った。
少勢のベルズが踏ん張ったおかげで、義勇軍最大戦力のボウモア隊が満を持して参戦できる。
ブルーナン騎兵団は、安全と思われる河原に、伏兵がいるとは思っていない。
強行偵察隊二十騎が無事に通過したのを見ているから。そこに油断がある。
「今だ!」
思わず叫ぶ。
その声が届いたかのように、地面から展開式の馬防柵が出現し、ボウモア隊の約百名が一斉に輪胴式ライフルを構えた。
銃は百に満たない数だが、六連射できる。
理論上は、マスケット銃兵六百名の陣の前に居るのと等しいのだ。しかも、命中精度も貫通力も段違い。
ギラリと光ったのは、ボウモアのランリョウ刀。
それが、前方にさっと振られた。
約百丁の銃から一斉に銃弾が放たれる。
それを三秒で六斉射。この僅かな時間で、実に六百発もの鉛玉が棒立ちの騎兵を側面から襲ったことになる。
不可視の大鎌で刈取られたかのように、バタバタとブルーナン騎兵団の主力が倒れてゆく。
装填。更に六度の斉射。装填。更にもう一度、六斉射。
『弾幕防御』と名付けられた、弟が発案した戦法を攻撃に応用したものだ。
副次的効果は二つ。
まず、間断なく弾丸を降らせることで、相手に反撃の隙を与えない事。装填に時間がかかる単発のマスケット銃では出来ない戦法だ。
もう一つは、一斉に連射することで、自分が放った弾丸が誰かを殺害したという、心理的な衝撃を軽減させる事。弱兵が熟練の兵に対抗する手段として、弟は連発銃に注目したのだ。士気の低下を防ぐことは案外、重要事項なのである。
士官と下士官が、立て直そうとサーベルを振りまわす。
今までは、兵に中に埋没して目立たなかった彼等だが、今はくっきりと浮かび上がっているかのようだ。
パッと血煙が上がる。
遠くで、銃声がする。グレンがリベットの遠距離狙撃だ。これ以上ないというタイミングで、横から殴ってくれた。
騎兵たちが、馬の背に伏せる。だが、下士官が鞍上から引きむしられるように転げ落ちる。あの一瞬の動きで、誰が士官や下士官なのか、グレンとリベットは記憶し、正確にトレースしている。
十分に打撃を与えたと判断したのか、ボウモア隊が約半数を山車櫓と対峙している歩兵に銃口を向けている。ボウモア隊から見て、遮蔽物に張り付いている歩兵部隊は丸見えだ。
さっと、ボウモアのランリョウ刀が振られる。
いくつもの銃火がパパパッと瞬いた。




