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狙撃の弾丸

 わずか二十騎ほどの小部隊だが、我々が想定する包囲網も外に出してしまった。

 ボウモアの隊が露見してしまわなかったのは幸運だったが、この作戦の要たる『山車櫓』の背後が脅かされるのは、非常に危うい。

 銃の連発性能によって、五十人に満たない人数を、何倍かに見せかけているだけなのだ。まるで薄氷の上でダンスを踊っているような、危うい作戦なのである。

 事態が深刻なのは、タラモアデューもカクも理解しているらしい。他の義勇兵は、今はゴードリー王の指揮下、機械的に訓練通りの動きをしているが、一旦くずれてしまうと、脆いはずだ。我々は、軍人ではないのだから。

「はいはいは~い! 私も、いきます~」

 身の丈ほどもある槍のようなモノを抱えて、我々の前に現れたのは、ラルウの兵器開発者であるスコフィールドだった。

 よく見れば、その槍は、長大な大型のライフルらしい。

 まるで、野戦砲なみの大きさだ。

 さすがに、抱えて撃つのは大きすぎるし、反動に耐えられないらしく、銃身の半ばに銃を固定するための三脚が付属していた。

 弾は巨大で、大男の指ほどもある。封入されている火薬の量は、リボルビングライフル弾の数倍はあるだろう。

 輪胴などの連射機能は、その大きな激発に耐えられないため、この銃専用の大きな『銃弾』が一発装填された、挿入子クリップを薬室にはめ込み、固定する形式を採っているらしい。

 まぁ、詳しいことは、スコフィールドの説明を聞いてもわからないが、とにかく、これは、グレンとリベットが持っている狙撃銃より飛距離があり、威力もあるということだ。

 問題は、開発されたばかりで、実験データに乏しい事。

 この未曾有の危機であるこの事態さえも、大きな実験場としか思っていないスコフィールドにとって、これは、実戦のデータを採取する絶好の機会と考えているのかもしれなかった。

 だがいい。役に立つのか立たないのか分からないが、戦力になればラッキー位に思っておけばいいだろう。

 今は、時間が惜しい。

 騎兵を拳銃の距離まで接近させる。

 ただし、殺到はさせない。

 私が、立ちはだかり、タラモアデューが撃つ。これが、現状では一番確実だ。

 作戦区域を脱した騎兵の、予想進行ルートをスコフィールドに説明し、どの地点で、我々が待ち伏せするかを説明する。背中を撃たれるのは御免だ。山車櫓が陥ちれば詰む。唯一の弱点である、背後の斜面に接近させてはいけない。

 スコフィールドが、最新式の単発ライフルを担いで、斜面を上がってゆく。

 狙撃銃以上の距離からの、超遠距離射撃。

 果たして、役に立ってくれるといいのだが……。


 カクが、ライフルを山車櫓に残し、拳銃とナイフだけの軽装で、藪の中に消えてゆく。

 手には、信号弾発射筒。

 接敵したら、信号弾が上がることにあっている。

 敵は二十騎。山車櫓が、街道上に出現したことから、細かく分散して索敵することはないだろう。

 定石通りなら、彼等は強行偵察の動きをしてくる。最終的には、山車櫓の背後を衝き、揺さぶりをかけるはずだ。

 まず、『増援』と『後詰』の有無を確認するのが、第一段階。

 最初は、一気に街道を進むだろう。それで、我々が、全兵力を投入していることが、この段階でバレる。

 馬首を巡らし、背撃に転じるのは、どの地点か?

 私の予測を、タラモアデューとカクには説明した。

 索敵を担当するカクも、ほぼ私の意見に同意らしい。

一手でも読み違えたら、山車櫓は陥落する。キリキリと胃が痛み、吐き気がした。

 私の従軍経験は乏しい。知識は、弟の書いた分厚い戦術書を諳んじるまで読み込んだが、実戦となると、なんと不安になることか。

「やっぱり違った」

 などと、やり直しはきかないのだ。


 私とタラモアデューは、敵が折り返すだろうと予測した地点と、山車櫓との中間地点に隠れていた。

 カクは、どこに潜んだか、姿は見えない。

 今はただ、信号弾が上がるのを待つだけだ。

 手貫緒てぬきおを、この隙に作る。

 私のランリョウ刀の柄頭には、紐を通すための穴が開いていて、そこに予備の靴ひもを通して輪を作る。

 輪に右手を潜らせて、刀を抜いた。

 騎馬で突っ込んでくる兵と斬りあうのだ。勢いで刀を弾き飛ばされるのは避けたい。そのための措置だった。

 徒兵と騎兵は殴り合ったら、徒兵が負けるに決まっているが、私の役目は殴り勝つことではない。

 騎兵の注意を惹き、タラモアデューの射撃の余地を作る事。彼の卓抜の拳銃射撃の技術を目の当たりにし、信用しているからこそ出来る、捨て身の策だ。

 信号弾が上がる。

 やはり、後続や増援の有無を確認後、背後を衝きに来た。

 ここが、踏ん張りどころだ。

 私は、抜き身を引っさげたまま、街道上に立つ。

 拳銃は、タラモアデューに預けた。私の拳銃の技術は多少モノになったが、実戦で使えるかどうか、いささか心許ない。

 ならば、使い慣れた刀で戦う方がまだマシだ。

 土煙。

 馬蹄の響き。

 速足ギャロップで駆けてくる二十騎が見えた。

 私は、八相に刀を高く構える。

 ギラリと陽光にランリョウ刀が光る。

 騎馬の集団から、銀光が跳ねる。全く足を止めることなく、サーベルの鞘を払い、槍を構えたのだ。

 ビリっと震えるほどの殺気。彼奴等は、行く手に仁王立ちする馬鹿を跳ね飛ばして往く気だ。

 私は、裂帛の気合いを放つ。

 それで、忍び寄ってきた恐怖が弾け飛んだ。手足の強張りも消える。

「来い!」

 ズンと腰を据える。

 構えは八相。「来たら、叩き斬る」という構え。防御などしない。そもそも、突っ込んで来る騎兵に防御など役に立たない。

 街道いっぱいに広がって、騎兵が殺到する。

 泡をふいた馬の、ふいごのような息遣いまでが、聞こえるようだ。

 槍の穂先。

突っかけてくる。

 私は、踏み込みながら、それを斜めに弾いた。

 刀が、持って行かれそうになる。

 だが、『銘』があるランリョウ刀。名工が鍛えた大業物ノサダはそれに耐えた。

 そのまま、振り抜く。

 騎兵の足甲にぶち当たった刃は、半ば足を引きちぎっていた。

 踏ん張りが利かなくなった騎兵は、馬上で斜めにずり落ち、落馬した。

 後続の馬が、それを避けて飛越する。

 おかげで、騎馬の勢いとの激突にのけ反る私を狙った、槍の穂先が上に流れた。

 いいぞ、まだツキがある。

 体勢を立て直して、三人目に備えた。

 今度は、サーベルを持った騎兵だ。

 サーベル使いは、利き腕側を通り過ぎるもの。間合いが短いので、手綱を持った左手側を斬り付けるのが難しいからだ。

 だから、動きが予想出来た。

 一刀を掲げて、更に前に出る。

 サーベルの刀身と、ランリョウ刀の刀身がぶつかる寸前、内側に切れ込む。

 騎兵の右手がサーベルを持ったまま、飛んだ。

 悲鳴が、馬蹄の響きに消える。

 一人の戦闘能力を奪ったが、馬に近づきすぎた。

 馬の腰部に私の肩が接触し、大きくよろけてしまったのだ。

 目前に、槍が迫っていた。

 体勢が崩れすぎていて、私に出来るのは、せめて致命傷を防ぐことぐらい。

 騎兵と生身で殴り合ったのだ。当然の結果ではある。


 タン! タン! タン!

 

 響いたのは、三連射の発砲音。

 引鉄を引いたまま、左手で煽るように撃鉄を叩くことで連射する技術、『煽撃フィアリングち』の音だった。

 私に槍を叩きこもうとしていた騎兵を含め、三人がもんどりうって落馬する。

 側面から、騎兵をぶん殴ったのは、タラモアデューだ。

 おかげで、命拾いをした。

 驚いて馬が竿立ちになった者を、撃つ。

 馬にも二発銃弾を撃ちこんだのは、馬を狂奔させるため。

 実際、騎兵の突撃は乱れた。

 六発撃ちきった拳銃を、右手でホルスターに収めるのと、左手でもう一丁の拳銃を抜くのは同時だった。

 抜きながら、親指で撃鉄を起し、構えた時には発射準備が整っている。

 この『抜撃クイックドロゥち』を、タラモアデューは、器用に両手で行う事が出来た。私も練習中だが、利き腕でやっとだ。左手では出来ない。それに、タラモアデューよりだいぶ遅い。

 だが、これで、この強行偵察隊には、連発銃の存在がバレた。

 一人として逃亡させることが出来ない。


「なんだ! あの銃は!」


 誰かが、叫んでいた。

 現行で主流のピストルは、フリントロックピストル。

 これは、要するに小型のマスケット銃で、単発だ。

 サーベルを振りまわして、動揺した騎兵たちをまとめている者がいた。

 多分、こいつが士官だ。


「敵は、こいつらだけだ。 相手にせず、このま……」


 ここまで言ったところで、ブツンと言葉が途切れた。

 頭には、鉄兜をかぶっていたが、それに大きな穴があいて、血と脳漿を撒き散らしながら爆ぜたのだ。

 

 斧で大木をぶっ叩いた様な音がしたのは、その僅か後だ。

 騎兵たちは、何が起こったのか分からなかっただろう。

 私も、一瞬、理解が出来なかった。

 だが、すぐ思い出した。

 スコフィールドの大型狙撃銃。

 どこで撃っているのか知らないが、音よりも弾の方が一瞬早く標的に着弾したのだ。



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