表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/54

読み違え

 予想通り、新規参入の構成員を、『瀬踏み』兼『捨て駒』で、前進させてきた。

 次は、こっちの兵力を読むため、しばらく交戦させるはず。

 それが、ブルーナン騎兵団のやりかただ。

 読みは、当たった。

 こちらが、わざと用意した遮蔽物に隠れ、先鋒の百人隊は、山車櫓との遠距離戦となったのである。

 昔でいえば『矢合わせ』。今は、矢の代わりに弾丸が飛ぶ。


「装弾! あわてなくていい。確実に。……十一、十二、装填終わったか? 十三、よし構えろ! 十四、撃鉄を上げろ、十五、撃て!」


 数を数えながら、ゴードリー王が陣頭指揮を執る。装填したところを見ると、既に六発撃っているといこと。そして、今七発目を撃った。

 連発銃なのに、その連発性能を封印したのは、こっちの武装がマスケット銃であると擬装するため。

 マスケット銃の野太い発射音と違って、ラルウのリボルビングライフルは、甲高くて頼りなさ気に聞こえる銃声なのだが、開発者のスコフィールドに言わせれば、

「効率よく、激発のエネルギーを使用している証拠」

 らしいのだが、私にはよく理屈がわからない。

 まぁ、スコフィールドの理屈は、彼自身にしかわからないところではあるが。


 私は、目下の『矢合わせ』ではなく、後方二百メートルに布陣した、ブルーナン騎兵団の本陣を見ていた。

 輜重の馬車を更に後方に下げ、新規参入ではない元からの面子である、騎兵二百騎、歩兵百人が、いつでも出撃できるように待機している。

 明らかに動きが違うのがこの三百で、落ち着いている。

 残り、千五百は、ウロウロと動いて落ち着きがない。食い詰めた浪人や野盗くずれの雑兵。その中でも、先鋒の百人隊はマシな部類か。弾雨の中、崩れずに反撃してくるのだから。


 伏兵を警戒していたブルーナン騎兵団だが、どうやら山車櫓だけと判断したらしく、更に百人隊を二つ、前線に送り込んできた。もたもたしている奴は、後ろから撃たれる。全員が必死に走っていた。

 この増援も、こっちが用意した街道上の遮蔽物にはりつく。

 斜め上から、拳下がりの銃撃を受けているのだ。この、先鋒と増援は、生きた心地がしないだろう。

 だが、彼我の兵力差は大きい。山車櫓の五十人弱で、三百人の敵を一手に引き受けている状態だ。少しでも均衡が破れれば、一気に喰い破られる。

 ちっぽけな山車櫓。

 銃弾を受けて、ガクンガクンと揺れる防護板。

 何度か、大岩の基部に取りつこうと、援護射撃の元で突撃があったが、一斉射撃を受けては後退している。

 落ちそうで落ちない、小さな砦。

 山車櫓は、訓練通りに動き、よく前線を支えている。

 ゴードリー王の存在が大きい。彼はこれが初陣なのだが、まるで王宮の執務室にいるかのように、落ち着き払っていた。それが、義勇兵に勇気を与えている。

 落ち着き払った演技なのかもしれないが、例え演技であろうと、戦の素人である義勇兵を、今のところ百戦錬磨のブルーナン騎兵団と互角に組み合っているのが事実だ。

 だが、そろそろ、本体に動きが出る頃合いだ。

 前線が膠着すれば、騎兵の出番である。

 河原はいかにも騎兵が駆け回りやすそうに、整地しておいた。

 迂回路をとるなら、こっちがいいと想わせるように。

 だが、そこに忽然と逆茂木とバリゲードに守られた陣地が出現する。

 九十二名と、義勇兵の過半数の兵力を集中したボウモア隊だ。

 連発銃の封印は、ここで解放される。

 至近距離で騎兵と殴り合うのだ。


 『野戦築城』


 弟の戦術書にあった戦法の応用だ。

 そして、弾頭に刻み目をつけた銃弾を発射する。

 個々の騎兵を狙う必要はない。

 銃口から飛び出た弾頭は、途中で砕け、小さな鉄片となって飛び散る。

 殺傷能力は低いが、負傷者は多数出るだろう。

 そして、ブルーナン騎兵団は、世界で初めて連発銃の集団運用を体験することになる。

 百近い銃口から、一気に六斉射。鉄片の嵐が面で飛来するのだ。

 胸甲で守られた部分以外は、穴だらけになる。

 だが、戦とは想定通りにいかないものだ。

 私は、ここで大きな読み違えをしていたのだった。



 前線の膠着を見て、ブルーナン騎兵団は直属の騎兵百人隊を動かした。ここまでは、私の読み通り。

 だが、相手の当方に対する『侮り加減』を見誤っていた。

 その騎兵百人隊は、一斉に斜面を駆け上がりはじめたのだ。

 迂回すれば、安全に山車櫓の背後にまわれる。だから、河原のルートに義勇兵の主力を置いたのだ。

 だが、ブルーナン騎兵団は、山車櫓の最短ルートである斜面を選んだ。

 忽然と現れて驚いたのだろうが、山車櫓の内部が少人数であることを、簡単に見抜いてしまったらしい。

 『力押しでいける』

 そういう判断を下したようだ。

 斜面を駆け上がれば、たった五十人のベルズ隊の陣地が露見してしまう。

 ベルズ隊は、三ヶ所の火点による十字砲火の最後のピースになるはずだった。

 街道を後退する敵を、側撃し、足止めするのがベルズ隊の役目なのだ。

 思わず、舌打ちしてしまうのを、やっと堪えた。

 私が、ここで動揺してはいけない。

 もしも、想定通りにいかなかったら、どうするか? 徹底的にベルズとボウモアには、叩きこんでおいたのだ。

 今は、それを信じるしかない。

 残った騎兵百人隊から、二十名が、河原に一丸となって向うのが見えた。

 これは、強行偵察だろう。

 まっすぐ、ボウモア隊の陣地の方向に向かっている。

 ボウモア隊の陣地の偽装がバレたら万事休す。また、ボウモアが馬蹄の轟きを聞いて、陣地を展開してしまっても、詰む。

 本隊は、主力を温存したまま街道上を安全に撤退し、体勢を整えて再度押し寄せてくるだろう。

 陣地の場所が全部露見してしまっては、兵力の差が露骨に出る。

 兵力差は、およそ十倍。例え連発銃があっても、ひっくり返せないだろう。


 ベルズは斜面を上がる百人隊に対し、銃撃を開始した。

 湧水を斜面上に流しているので、赤土はぬかるむ。転倒するような間抜けは、騎兵たちにはいなかったが、進軍速度遅い。隊列も乱れ、団子状になっていた。

 この機を逃せば、痛打を与える機会は失われる。

 この戦場は巨大な罠。

 その罠の最後のピースが、本来ベルズ隊の役割だった。

 だが、想定した敵の進撃ルートが変わってしまった。

 だから、ベルズはボウモアと役割を交換したのである。

 今度は、ボウモアが判断を誤らせないかが心配だ。

 ゴードリー王は、すかさず反応した。

「多段撃ち開始! まずは奇数班! 河原の方向、百メートル地点を狙え! よし撃て!」

 マスケット銃の戦法で、『多段撃ち』というのがある。

 横隊を組んで行進しつつ、半数が前進して射撃。そのまま、装填に入る。

 残り半数が、装填中の半数の前に出て、射撃。同じく装填に入る。

 その頃には、最初に撃った半数が装填を終え、更に前に出て射撃する。

 この繰り返しで、敵陣に間断なく弾丸を降らせる戦法だった。

 これを、擬装する訓練も行っていたのだ。

 河原に向った騎兵の、かなり手前に、多段撃ちに擬装した斉射が着弾する。

 

「そっちに廻ったのを知っているぞ」


 という威嚇射撃に見えただろう。

 彼らは走っているのは、マスケット銃の有効射程距離百メートルの先。目測では、およそ百五十メートル。ボウモア隊は、山車櫓から二百メートル地点の河原に伏せているはずなので、わずか五十メートルのところを、強行偵察隊が通過したことになる。

 ボウモアは、ベルズ隊の発砲音を聞いて、役割が交換されたのを理解したのだろう。

 ゴードリー王は、強行偵察隊の注意を向けるため、多段撃ちを放った。

 それで、なんとか、ボウモア隊はやり過ごすことが出来たらしい。

 まったく、薄氷を踏む思いだ。

 強行偵察隊をリボルビングライフルなら届く距離だが、ここで、射程距離を種明かしするわけにはいかない。

 まだ、本隊が罠の中に入っていないのだから。

 問題は、我々の弱点である背後に廻った、この二十騎の始末だ。

 たった二十騎だが、背後の斜路を駆け上られると、山車櫓が危うい。

 ゴードリー王と目が合った。

 『なんとかしてくれ』

 と、その目が言っていた。


「カク! タラモアデュー! 私と来てくれ」

 強行偵察隊を討つ。ただし、引きぬける人数は、最小限でなければならない。

 拳銃使いのタラモアデュー、スカウトのカク、そして近接戦闘の私。この組み合わせていくしかない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ