シャチの旗の下に
竹把を模した、一種の『中空装甲』で守れた盾を形成している。その盾は、岩と山車櫓の間に渡されたワイヤーによって、最適の角度に調整された『傾斜装甲』でもある。
ワイヤーによって、連なっている盾は、ある程度『遊び』が作ってあって、衝撃を受けると揺れる。
これがまた、受ける打撃を分散させる効果があった。
無論、まだこれらは実戦投入したことなどない。理論上は、マスケット銃弾を弾けるというだけなのだ。
だが、我々はそれに賭けるしかない。
山車櫓は二階構造になっており、本来は楽器を持った人々がお囃子を演奏するのだが、今は銃を構えた義勇兵がひしめいている。
傾斜装甲の隙間から銃身を突きだして射撃する。その訓練をひたすら続けてきた。
膝立ちになって構える彼らの足元には、ブリキのケース。そのブリキのケースの中には、ラルウ最大の発明品である『弾丸』が詰められていた。
激発と発射の仕組みを、小さな金属の筒の中で行わせる代物で、この発明で連発銃が作られることになったのだ。
見た目は、装薬と弾を一緒にした『早合』と似ているが、全く違う。『早合』は、マスケット銃に装填する弾と火薬とそれらを固定する『送り』をワンパックにしたもの。
『弾丸』は、撃鉄がこれを叩くだけで、激発から発射のプロセスを完結するものだ。
ブリキの弾薬盒には、ライフルの輪胴に合せたサイズのクリップが収まっている。クリップには、弾丸が六個装着されていた。
これは、『早装填』と名付けられた道具で、排莢した輪胴にこれを嵌め込むだけで、一気に輪胴に弾丸が装填される。
冬の間、子供や老人たちが作った道具だった。
弾丸を生産している隠れ里イツツから、弾丸が搬入される度、コツコツと作られたものだ。
絵の具で赤く塗られたのは、発射されると弾が砕けて散弾となる弾丸。弾の先端に切り込みが入れられている弾丸。
白く塗られているのは、通常の弾丸。
硝煙で、視界が悪くなるので、目立つ色で塗装されているのだった。
これは、弾丸を扱う事が出来ない、幼子たちの役目だった。
拙い字で
『がんばってください』
などと書かれている『早装填』などもあった。
私が街道を遠眼鏡で監視していると、土埃と靄が近づいてきたのが見えた。
人馬の発散する熱で、こんな寒い朝は靄が立つ。
騎兵が街道を進んできていた。
おそらく、強行偵察の軽騎兵だ。
その数、百騎ほど。
偵察の報告を受けて、山車櫓の様子を見に来たのだ。
街道上に、忽然と現れた小さな砦。
北の辺境で、領地の外で戦を挑んできた者はいない。
キコキコと音がする。
見れば、ゴードリー王が、支柱につけたロープを手繰っているところであった。
何をするのかと思ったら、ここ数日で彼が密かに用意していた物を、掲げるところだった。
それは、旗だった。
青い海から、飛びだすシャチの図案だ。
朝の微風に、山国にふさわしくないその旗がたなびく。
ここにいる義勇兵の殆どはシャチなど見たこともないだろう。
「我々は、たった今から『シャチの団』と名乗る。シャチは海の王者だぞ」
そんなことを、ゴードリー王が宣言した。
「わしら、シャチなんか見た事ありませんぜ」
誰かがまぜっかえした。
「いいじゃないか。いつか、皆で見にゆこう。その約束だよ、これは」
ゴードリー王が嘯く。
なんとまぁ、この場で笑いが起きた。
単なる偵察で百騎。圧倒されそうな戦力差を一時、我々は忘れた。
「とりあえず、目の前の敵だ。たたきのめすぞ!」
剣を抜き放ちながら、ゴードリー王が叫ぶ。
山車櫓の中で、義勇兵たちが拳を突き上げた。
物見の騎兵は、およそ二百メートルの距離で停止し、横隊を組んだ。
マスケット銃の適正交戦距離は百メートルが限界とされている。ラルウのライフルの様に、銃腔内が施条されていないので、百メートルを超えると命中精度が極端に下がるのだ。
ラルウのライフルは、銃腔内の施条によって、弾に回転が与えられ、直進性が増す。
そして、マスケット銃の弾と違って球形の弾ではない、椎の実のような形をしている。
その結果、有効射程距離は二百メートルにもなった。
つまり、射程外と思って悠々と陣を構える騎兵たちは、実は我々の射程内というわけだ。
だが、撃たない。
戦端を開いてしばらくの間は、我々がマスケット銃を使っていると思わせたいのだ。
だから、射程は百メートルに偽装する。
そして、射撃間隔をわざと十五秒にする。
山車櫓が、必死の抵抗をしていると思わせなければならない。
連射がきくこと、射程が長い事。これらを種明かしするのは、相手が山車櫓を攻め落とす構えを見せた時。
山車櫓から百メートル地点に、丁度いい遮蔽物が用意してある。
敵はそこに取りつき、銃撃戦になるだろう。
だが、その遮蔽物は、ベルズとボウモアの陣地から丸見えになるように配置されている。
斜め後方二ヶ所からの十字砲火。
逃げようとすると、拳下がりの狙撃を山車櫓から受ける。
我々が使うのは連発銃。
絶え間なく銃弾の雨を降らせることが出来るのだ。
ベルズの陣地で退路を断つ。
逃げ道は河原側しかないが、そこはボウモアの銃陣がある。
山車櫓から、常識外の射程の銃弾が降る。
三つの陣地の中に抱き止められた敵は、隠れる事も出来ずに擂り潰されることになるだろう。
これが『十字砲火』と『弾幕防御』を組み合わせた、ラルウの連発銃でなければできない戦術だ。
予想通り、物見の騎兵が見守る中、荷車を押し立てた歩兵が出てきた。その数百ほど。
軍隊あがりのブルーナン騎兵団は、ナカラの軍の運用である『百人隊』を一個の部隊として扱うことが多い。我々の分析の通りだ。
寄合所帯であるブルーナン騎兵団は、主力である元からのメンバーで構成された騎兵を温存し、新規参入の者らに『瀬踏』させる傾向があった。
瀬踏とは、敵が待ち構えているところに、わざわざ突っ込んで、敵の反応を測ることで、要するに捨て駒だ。
「百メートルまで、引きつけるぞ。我々が持っているのは、へっぽこマスケット銃なんだからな」
まるで、雑談のような口調で、ゴードリー王が言う。
彼は、これが初陣のはず。
たいした度胸だ。
彼のおかげで、緊張がほぐれ、銃を暴発させる者は出ない。
「まだ、構えるだけだぞ。指は、トリガーにかけるなよ」
なだめるように、ゴードリー王が言う。
じれったいほど、じわじわと百人隊が近づいてくる。
我々は、膝撃ちの構えのまま、静かに待っていた。
百メートルラインに、百人隊の先頭がさしかかる。
「撃鉄を上げろ」
ゴードリー王の静かな声での命令。
山車櫓の義勇兵の四十七丁のライフルの撃鉄が上がる。
「引鉄に指を添わせるんだ」
トリガーガードにかかっていた指が、引金にかかる。
「狙え」
ゴードリー王が、剣を肩に担ぐ。
私とゴードリー王の目が合った。
彼は、ひらりと笑う。やっとここまで漕ぎ着けた。そんな思いなのだろう。
そして、さっと剣を前に振った。
「撃て!!」
四十丁以上の銃が一斉に射撃したにもかかわらず、発砲音はバラつかなかった。
マスケット銃ならば、火打ち石による発火と激発までに、ほんの僅かなタイムラグがあるので、発射に多少のズレがある。
だが、ラルウの連発銃にはそれがない。
撃鉄が弾丸の底部を叩くと、間髪入れずに激発するのだ。
瀬踏みをさせられている百人隊の全面にいた五人ほどが、のけぞって倒れる。
百人隊は、荷車を横倒しにしてその陰に隠れ、あぶれた者は、わざと我々が用意した遮蔽物に飛び込む。
狙い通りだった。
「……十三、十四、撃鉄上げろ、十五、よし撃て!」
数を数えながら、ゴードリー王が指揮を執る。
わざと間隔をあけるのは、マスケット銃を偽装するため。
一斉に撃たせるのは、誰かを撃つという精神的な圧迫を取り除くため。
誰が撃った弾で敵が死んだのか分からないようにすれば、殺しの訓練を受けていない義勇兵でも、抵抗なく敵を撃てる。
遮蔽物を乗り越え、大岩の基部に取りつこうとしていた七名がもんどりうって倒れる。
大岩の基部は、死角。そこには接近させてはいけない。
だから、射撃の優先順位が上になるよう訓練していた。そして、今のところ訓練通りに出来ている。




