総員、戦闘準備
骨組みだけの山車櫓の屋根に登った『大工方』の手旗信号に導かれ、大岩に至る傾斜を上がってゆく。
大岩の裏側にあたるこの斜路は、大岩の上の山車櫓を砦に例えるなら、唯一の進入路であり、大手門ということになる。
門といっても、逆茂木で通路を塞ぐだけであるので、実際ここを攻め上げられれば、山車櫓はもたない。
そもそも、背後に回り込まれるような事態になったら、この戦は終わりだ。敵を街道上に釘付けにし、十字砲火で滅多打ちにするのが、この作戦のキモなのだから。
ベルズの陣地、ボウモアの陣地、そして山車櫓。これを、上空から俯瞰すれば、三角形になる。互いをカバーしあう陣形で、人数に余裕があれば四つの陣地を作る所だ。
これを、弟の戦術書では『方陣』と名付けていた。拠点のどこかが攻められるとき、残りの拠点が敵の側面を狙撃するという仕組みだった。
これが、マスケット銃などの、装填に時間がかかる銃だと、各個に喰い破られる。
ただし、ラルウが開発した連発銃ならば、間断なく銃弾を送り込むことが出来、最速の騎兵ですら接近を許さない。
寡兵をもって拠点を防御する『方陣』戦法は、その大前提が弾幕防御であり、連発銃を運用する、おそらく世界で初めての試みだ。
山車櫓は、その要。
街道上に忽然と現れた幻の城。
この幻影城は、ラルウを救う救世主となれるのか?
訓練通りに義勇兵は動いてくれた。
予め、この岩場に打ちこまれていた、ハーケンに鎖を繋いで、山車櫓を固定する。
車輪は外され、進入路の防壁の一部にされた。
土中に埋められた水道管を引っ張ってくる者もいる。
これは、山車櫓の中に設置されるポンプに接続されて、山車櫓の屋根の置かれた噴霧器に水を供給する。
ゴードリー王が『打ちぬき』で探り出した水源を伸長したものである。
これは、ガラスで作られた小屋の部品であった。陽光を通すが冷気を遮断するという、ラルウが工夫した仕掛けで、これで小規模な菜園が晩秋まで新鮮な野菜をラルウに提供していたのである。
噴霧器は、この菜園に水を散布する仕掛けだった。
これが、山車櫓の屋根から、山車櫓全体に細かい霧を纏わせる。
火矢などで、焼き討ちされることを想定した対抗策なのだが、果たしてこんな霧吹きの親玉みたいなモノが役に立つのか、私には分からなかった。
この噴霧器を発明したスコフィールドは、
「火災には、ある程度の燃焼温度が必要なのだけど、この霧はそれを下げる働きがあるんだよ。つまり、この装置が働いている限り、火は延焼しない」
……と、断言していた。
ラルウの人々はその言葉を信用しているらしかった。私も信用するしかあるまい。
山車櫓を中心に、六方向に伸びた鎖に身の軽い義勇兵が取り付いて、するすると登ってゆく。
そして、下に降りながら、今度は六本の鎖に直角に鎖を繋げてゆく。
山車櫓を鎖で出来たクモの巣が出来上がってゆくように見えるだろう。
そこに、竹把を模したパイプを溶接した盾がつりさげられてゆく。
鎖は、ある程度緩みを持たせてあり、これが、銃弾がぶち当たった衝撃を受け流すことになる。
斜めに、盾が重なってゆく。まるで、鱗の様に。
銃弾を防ぐのではなく、『滑らせる』。
ラルウ渾身の『傾斜装甲』が、ついに実戦投入されるわけだ。
あっという間に、山車櫓をベースにした小さな砦が完成した。
まるで、異国の尖塔の屋根部分だけが、大岩の上に乗っているように見えるだろう。
高さは四メートル弱。
内部は二階構造になっていて、一階部分に三十名、二階部分に十七名の義勇兵が連発銃を構えている。
私は二階から戦況を見渡すことになっていて、ゴードリー王は一階で陣頭指揮を執る。
訓練通り、雑嚢から、『早装填』が収められた弾薬箱を、義勇兵は取り出して、足元に置いている。
水筒の水で湿らせたボロ布を用意しているのは、輪胴の加熱防止のため。
かつて銃弾は、
「輪胴があるから、紙の薬莢で充分だろう」
と、思われていたのだが、発射数が多くなると輪胴が過熱し、撃発の火花が他の銃弾に引火する事故が起きることが分かったのだ。
タラモアデューの左手には、無残な裂傷の傷跡と火傷の痕があるが、これは、この紙薬莢の暴発事故によるもので、輪胴内の銃弾六発が全て同時に爆発したそうだ。
左手が、裂傷と火傷で済んだのは奇跡の様なものだったらしい。
以来、紙薬莢は廃止され、手間もコストもかかるが、金属薬莢になったという。
二の腕まで覆う皮手袋を左手に、手首まで覆う皮手袋を右手に装着するのは、輪胴の脇から漏れる燃焼ガスや火花対策。
何発も何十発も銃弾を発射すると、服に引火する可能性があるのだ。
ちなみに、右手の手袋は、トリガーを引く人差し指、撃鉄を起す親指が切り落とされている。
義勇兵が配置についた。
狭い山車櫓の中は、まるで男たちがひしめいているかのようだ。
誰も口を開かない。
浮ついていないのは、いい傾向だ。
遠眼鏡で街道を監視する。
まだ、ブルーナン騎兵団は来ない。
ボウモアの陣地とベルズの陣地がある場所に目線を向ける。
そこにあると知っている私ですら、一瞬見失うほど、地形に溶け込んでいる。
ダレきった斥候は、この二つの陣地を発見できないだろう。
敵の視線は、山車櫓に集中するはずだ。
満を持して、この二つの陣地が敵の横腹を抉る。
グレンとリベット兄弟の遠距離狙撃は、彼等の自主に任せてある。
彼らは何日もブルーナン騎兵団を観察していて、士官を識別しているはずだ。そして、常識外の距離から狙撃する。その距離、およそ四百メートルから六百メートル。信じがたい距離だが、この狙撃銃も、ラルウ製なのだ。
地面に到達すると、淡く消えるような雪が降っていた。
風はあまりない。
雪雲は薄いのか、だいぶ明るい。
私が所属していた非合法組織ドルアーガは、禁制の武器の販売も行っていた。
所有が制限されるマスケット銃や、火薬などである。
中央政府に反抗的な軍閥がいくつかあり、そこに武器を流していたのが、私が護衛していた幹部だった。
その幹部に同行して、戦場を渡り歩いた。
それが、私の軍歴とも呼べない軍歴だ。武官の家に生まれたが、私は軍には属したことはない。
弟は、士官候補生だったが、従軍経験はなかった。
いわば、これはぶっつけ本番。負ければ、ラルウは消滅する。ラルウが消滅すれば、弟の戦術書も埋もれてしまう。
軍師を演じているが、私は所詮エセ軍師だ。
使える駒は、素人同然の義勇兵。
敵は、戦場慣れした無頼の傭兵集団だ。
ぶるっと、背中に震えが走った。
待機している時間。つい余計な事を考えてしまっている。
足場をすかして、ゴードリー王を見た。
木箱を組み合わせたベンチに腰掛け、ゆったりと座っていた。
その顔には微笑。
少しも恐れていない。いや、そう演じているだけかもしれない。
だが、すくなくとも私の心に吹いた臆病風は払拭された。ゴードリー王は不思議な若者だった。
この若さにもかかわらず、彼を見ると勇気が湧く。
なんとかなるのではないか? という気にさせられる。
『王者の相』とでもいうべき、何かがあるのだ。
埋もれた傑物なのかもしれない。
私は、頭を振って雑念を払いのけた。
遠眼鏡を覗く。
雪は、既に止んでいた。
遠くに何かが見える。
三騎の斥候兵だった。本隊に報告に行って、戻ってきたのだ。
その距離、およそ二百メートル。ギョッとしたように、手綱を引いている。
山車櫓を見つけたか。
判断に迷うかのように、その場で回っている。
報告に戻るか、山車櫓の正体を探るか、考えているのだろう。
やがて、馬首を返して走り去る姿が見えた。
「敵の斥候兵、当方を発見した模様」
報告をゴードリー王に伝える。
ゴードリー王が立ち上がった。天井が低いので、偉丈夫のゴードリー王は頭が天井に当たりそうだった。
「諸君、いよいよだ」
落ち着いた声。この期に及んで、彼は昂ぶっていない。それが、我々に勇気をくれる。
「総員、戦闘準備」




