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山車櫓 展開

 黙々と義勇兵たちは進む。

 掛け声はもう無い。つまり、戦場に近づいたというわけだ。

 途中で義勇兵たちが三方に分かれる。

 ベルズの隊は斜面の上に。

 ボウモアの隊は河原へ。

 そして、ゴードリー王が率いている本隊はそのまま街道を往く。

 先頭をゆくゴードリー王が拳を突き上げた。

 隊全体が止まる。

 ブルーナン騎兵団の斥候を排除するまで、部隊が隠れている場所に到着したのである。

 斥候を排除する役目は、私とタラモアデュー。それに、ベルズの商隊でスカウト兵をやっていたというカクという男の三人で行う事になっていた。

 斥候の排除に銃は使えない。銃声がしてしまうからだ。刃物で刺し殺すことになる。

 近接で戦闘するというとこは、手に相手の肉の震えや息遣いを、肌で感じる事でもあるのだ。

 鍛冶職人や農夫だった義勇兵は、近接戦闘の訓練は受けていているが、誰かを殺した経験は無い。銃で殺すのと、刺し殺すのでは、受ける罪悪感が違う。

 怯んだり、殺せなかったりすると、斥候が逃げてしまい、待ち伏せがばれてしまうリスクが高まる。だから、殺しに慣れている者がやるしかないのだ。

 我々は、一応訓練はしたが、近接戦闘を前提にしていない。着剣したマスケット銃で銃列を敷き、発砲で相手の陣形を崩し、銃剣突撃する従来の戦法と、発砲のみで相手を制圧する我々の戦法との違いがこれだ。

 連発銃を前提とした新しい戦法なら、銃を扱う訓練を受けさえすれれば、マスケット銃兵の銃剣突撃に匹敵するダメージを相手に与えることが出来るのである。

 遮蔽物もなく弾雨の中に身を晒し、規律正しく行動するためには、厳しい訓練が必要だ。そして、育成までに時間がかかる。

 大きなコストと時間をかけて銃兵を育成しても、その損耗率は高い。弾が飛び交う中、一列横隊で行進するのだ。損耗が前提の戦法と言える。


 ブルーナン騎兵団の斥候のシステムは、六人体制だ。

 斥候ポイントまで先行し、三人をそのポイントに残して、三人が報告に戻る。

 報告が終われば、新たな指示をもって、三人がポイントまで残り、また六人で前進する。その繰り返しである。

 さすがに戦場暮らしが長いので、斥候の重要性は理解しているらしく、斥候担当は、古くからのメンバーで構成されているらしい。

 斥候のポイントは、見通しの悪いところ。そこに観測所を設けて、本隊の接近を待つ。

 我々の作戦は、この観測所を潰すことから始まる。

 私は拳銃一丁と愛用のランリョウ刀。タラモアデューは、いつもの二丁拳銃の他に刃渡り三十センチの大型ナイフを所持。カクは、スローイング・ナイフを巧みに使う。旅芸人として稼いでいた時期があったそうだ。

 待機状態になった義勇兵を残し、軽装で先行する。

 斥候より先に相手を見つけて、こっそり接近しなければならない。もう、戦闘ははじまっているのだ。


 斥候が監視所を作ると予想していたポイントに着いた。

 ブルーナン騎兵団の運用の癖は、全て研究した。兵の展開の仕方、布陣、勿論、斥候の仕方も研究していた。

 ルベル街道は、道幅が狭い。こうした場所を移動する時、斥候を放ちながら、わざと間延びした陣形で進軍するのがブルーナン騎兵団のやり方だ。これを『長蛇ノ陣』という。

 一件、兵が分散しているように見えるが、彼等の主力は騎兵。どこかが攻撃されても、間延びした陣形ならどこかが生き延びることが出来、騎兵が素早くまとまって、速やかな攻撃に移る。機動力を重視した指揮官がよく採る陣形がこれだ。

 当方の斥候から集まる情報は、予想通り『長蛇ノ陣』で、ゆるゆるとルベル街道をやってきている。

 北の辺境の小国家群で、健在なのは最も弱小なラルウのみ。

 女子供や老人も含めた人数より、ブルーナン騎兵団の方が人数が多いのである。ラルウについての情報は、おそらく占領地の住民から聞いているだろう。


「帰路のついでに踏みつぶす」


 多分、その程度の認識なのだ。

 掠奪品はたんまり持っている。商都ウシュクベィに帰り着けば、ひと財産築けるだろう。

 ブルーナン騎兵団は連戦連勝だった。だから、ラルウの事はナメきっている。

 冬季、一部隊ですら強行偵察を放たなかったことからも、それがわかる。これは、我々にとっていい材料ではある。

 まさか、この日に備えて、戦う準備をしているとは思っていないのだから。

 ましてや、寡兵による野戦を仕掛けてくるなど、夢想だにしていまい。寡兵は籠城戦というのが常識だからだ。

 だから、斥候たちは、現地到着まで「敵影なし」と思っている。

 そこに、忽然と小さな砦が出現する。注目するだろう。山車櫓は餌だ。ベルズの陣、ボウモアの陣からの十字砲火の地点まで惹きつけるのが、山車櫓の役割。


 『落とせそうで、落ちない』


 これを、最後まで演じきらないといけない。

 スコフィールドが開発した『傾斜装甲』と『竹把』の空間装甲が、どこまで耐えてくれるか、そこにかかっている。

 射程と連射性能についても、ここという場面まで伏せる。

 『十字砲火』の罠がガッチリと閉じるまで、マスケット銃と撃ち合っていると思わせたい。連発銃でありながら、単発銃に擬装するわけだ。そのための訓練も、重ねた。

二十秒間隔で一発撃つ。平均的なマスケット銃の装填から撃発までのタイムがそれだ。熟練のマスケット銃兵でも、十五秒と言われている。


「来た」


 ベルズの商隊でスカウトをしているカクが、つぶやく。

 私の耳には聞えないが、カクは異様なほど、音に敏い。

 数秒後、私の耳にも複数の騎馬の速足トロットの足音が聞えた。軍隊では、速足トロットは、一分間に約二百メートルのペースでの走行を言う。軍隊くずれが多いブルーナン騎兵団でもそのペース配分だろう。

 騎兵が突撃時に使う全速力、いわゆる襲足ギャロップは、その約三倍のペース。百メートルの距離で十秒を切るタイムで駆け抜ける。

マスケット銃の有効射程距離が百メートル。熟練のマスケット銃兵でも次弾装填から発射まで十五秒かかる。マスケット銃列が、騎兵の突撃に喰い破られるわけだ。

 

 予想通り、山車櫓設営予定の大岩の下で、六騎の斥候は馬を止めた。しばらく、ウロウロと周囲を警戒している。

 我々は、藪の中で息をひそめていた。

 笑い声が聞こえる。

 斥候の兵が談笑しているのだ。やはり、タルんでいる。我々にとっては、いい傾向だ。

 馬首を巡らせ、三騎が駆け戻る。

 問題なしという報告に戻るのである。その報告を受けて、前進とか待機といった判断を騎兵団長が下す。団長の判断を報告しに、また観測所に戻ってくるのだ。

 その間に、現場に残った三騎を排除する。

 カクが音もなく動いていた。

 私とタラモアデューも細心の注意を払って、移動する。カクの様に素早くは動けない。

 居残った三人は下馬して寛ぎはじめた。本来なら、騎乗のまま警戒していなければならない。そうでないと、襲撃された時に素早く離脱できない。

 今まで、籠城戦を挑む集落はあっても、待ち伏せをする者はいなかった。

 だから、ナメきっているのだ。弛緩した雰囲気は、指揮官が正さないといけない。そのための軍規だ。だが、指揮官自体も長い冬籠りに飽いていたのだろう。しかも、相手は北部辺境で最小の国ラルウ。緊張感が持続しないのである。

 この遠征で、だいぶ略奪品も集まっただろう。あとは、早く新しい本拠地であるウルフェンの商都ウシュクベィに帰還して、換金し贅沢を楽しみたいのだ。

 適当に、木につながれた馬は、我々の存在に気が付いていて、神経質にヒズメで地面を掘ったりしていたが、斥候たちは馬の変化に気が付かない様だった。

 それどころか、鞍袋から酒を取り出して、回し飲みを始める体たらくだった。

 カクがどこに潜んでいるのかわからないが、スローイング・ナイフの射程に斥候を捕えているだろう。

 段取りは単純だ。スローイング・ナイフで三人のうちの誰かを無力化し、私とタラモアデューが飛び出して残りを斬る。銃は使えない。こんな静かな朝、銃声はどこまでも届いてしまう。

 馬は、逃げないように注意しなければならない。主のいない馬が、陣地に駆け戻ってしまうと致命的だ。タラモアデューは馬の扱いに慣れているそうで、その役目は彼に任せることにしていた。

 やっと、配置に着く。

 タラモアデューは器用に指笛でヒヨドリの鳴き声を真似た。

 こっちの準備が出来たという合図だった。

 酒瓶を煽っていた兵士の喉に、ドンとナイフが突き立ったのは、その数呼吸あとだった。

「かっがはっ」

 手の瓶を取り落として兵士が蹲った。

 この期に及んで、まだ残り二人の兵士は襲撃に気が付いていない。

「がっついて飲むから、噎せるんだよ」

 などと言って、笑っていた。

 私とタラモアデューが無言のまま、隠れていた藪から飛び出す。

 思い切り跳ぶ。

 跳びながら、抜刀していた。

 訓練のおかげで、私はかなり脚力がつき、跳躍力も伸びていたのだ。

「ぬ」

 兵士が剣の柄に手をかける。

 私が飛び込みざま叩き下ろした一撃は、その兵士の腕を斬っていた。

 剣の柄にブランと兵士の手がぶら下がる。

 返す刀で、首を刎ねた。

 悲鳴は上がらない。気管を切断していたのだ。空気が漏れる音と血煙があがる。

 振り返ると、タラモアデューが背後から兵士の首に左腕を巻き付け、締め上げていた。

 兵士は白目を剥いていた。タラモアデューが突き飛ばすように兵士を離すと、彼の右手には血まみれのナイフが握られていた。

 私の襲撃に気を取られた一瞬の隙をついて、兵士を背後から襲い、首を締め上げつつナイフで肝臓を裂いたのだ。

「一応、急所は外しておきましたけど、こいつ、どうします?」

 カクがいつの間にか我々の横にいて、スローイング・ナイフで喉を刺された男を足で押さえつけていた。

「人質にもならん。殺していいぞ」

 タラモアデューが、殺戮の直後にも関わらず、何の昂ぶりも見せない声で言った。

「まぁ、そうっすよね」

 やはり、何の昂ぶりもない声でカクが答えた。自分の運命を悟った兵士が、眼で必死に命乞いを私にしている。私は、それを無視した。

「ベルズの旦那に頼まれて、こいつらの占領地に潜入したんですが、そりゃぁ酷いもんでした。退屈の手すさびで、殺したり、犯したり、嬲ったり、やりたい放題でしたぜ。だから、ずっと、こうしたかったんすよ」

 喉に刺さったナイフを、踏む。兵士は必死にカクの足を支えていたが、じわじわとナイフは喉に食い込んでゆき、やがて首の後ろに抜けた。

「少しはスッとしましたぜ。さあ、もっと殺しましょう」

 鹵獲した馬に跨って、義勇兵の待機場所に戻る。

 私の姿を認めて、ゴードリー王が立ち上がった。

 そして、剣を抜いて大きく振る。

「山車櫓を運び上げるぞ! かかれ!」


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