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義勇兵 出陣

 春の訪れとともに豊作を願い、秋には収穫への感謝のために、この小さな国で、飾り立てられ、人々の心を勇気づけた山車櫓は、化生版を外され、骨格だけを残雪の中に晒していた。

 やがて、この骨格も分解されて、戦場に運ばれる。

 笛や太鼓を持った男たちが乗るはずだったそれは、銃を持った男たちがぎっしりと詰め込まれる。

 ラルウの四季や風景を描いた化生版は、装甲板に変えられ、弾雨に晒されることになるのだ。

 装甲板は、スコフィールドが工夫した『傾斜装甲』。更に装甲板には、竹把を参考にした鉄製のパイプを溶接してある。

 飛来する弾丸を、弾くのではなく、滑らせるという発想だ。


 物見からは、刻々と報告が入ってくる。

 もはや、この北の辺境には、まとまった武装勢力は無いと思っているので、ブルーナン騎兵団は実にのんびりとした行軍をしている。

 隊列も乱れ、移動も遅い。行軍中の昼食も、二時間もかかっている。これら、上がってくる情報を分析するまでもなく、彼らが油断しきっているのが分かった。

 北の辺境で、残るはラルウ一国。正規軍を保有せず、民兵百あまりが相手なら、油断して当たり前だ。当方としては、そこにつけこみたい。

 半年もの間、ひたすら軍事教練を繰り返してきた、義勇兵百九十人余が、進発の準備をしている。

 これが、ラルウの総兵力。数だけ見れば、ブルーナン騎兵団の十分の一という頼りなさだ。

 だが、最新鋭の銃がある。

 だが、最新の戦術がある。

 この切り札二つは、まだ本格的な実戦経験はないが、理論上は彼我の兵力差をものともしないはずなのだ。

 もとより、賭けの要素は強い。

 だが、この戦に負ければ、ラルウは全てを失う。リスクを承知でやるしかない。

 頭の中で、作戦を見直す。もう、何度もやっているが、何度やっても不安が残る。これは、作戦の企画立案をした者の宿命なのかもしれない。胃が痛む。


 サーベルを振り回して、ベルズが叫んでいた。

「第三小隊!!」

 訓練通りに、ベルズの下に義勇兵が集まり整列する。

「第二小隊!!」

 自作のランリョウ刀を振り回して、ボウモアが叫ぶ。

 完全武装のボウモアの隊の者が訓練通りに整列していた。

 斥候が戻ってくる。

 その中には、遠距離狙撃を担当するグレンが混ざっていた。

「これが、最後の報告になると思う」

 そう言って、スコフィールドとゴードリー王が作った地図を広げ、敵の進軍速度、規模、縦隊の編成などの最新情報を述べる。

 以降は、伏撃ポイントに潜んで、ブルーナン騎兵団の到着を狙撃するのだ。

 攻撃開始のタイミングや、彼らが潜むポイントなどは、報告しなくていいことになっている。

 特殊な『銃弾』を使い、八百から一千メートルという信じられない射程から、狙撃を行うのが彼らだ。

 現在主流のマスケット銃の最大射程は百六十メートル。遠距離打撃戦で、百メートルが適正交戦距離と言われている。そう考えると、彼等の持つ単発式の狙撃長銃がいかに常識外か、わかるだろう。

 行使する技能が特殊すぎて、指示の出しようがないというのが実情だった。

「全て、任せるよ。士官を狙ってくれ」

 馬に跨るグレンに声をかける。

「主だった士官の顔は、把握している。まかせてくれ」

 そう言い残して、グレンが走り去った。

 その後を追う様にして、ボウモアの隊が動き始めた。

「進発!!」

 ランリョウ刀を肩に担いで、ボウモアが歩く。九十名あまりの義勇兵が後に続いた。

「それじゃ、こっちも行くか。進発!!」

 ベルズ隊の五十名が動き始めた。

 義勇兵たちに、これから実戦という緊張感はない。

 何度も訓練を行ってきているので、実弾が飛び交う戦場に向うのだという実感が麻痺してしまったのだろう。

 いい傾向だった。粗忽者の誤射一発で、作戦がパーになってしまうような、薄氷を踏むような戦闘なのだ。パニックになるより、ずっといい。

「山車櫓隊もいきますかね」

 多分、一番緊張していない様に見えるゴードリー王が、ボウモアとベルズの隊を見送りながら言う。

 第二、第三小隊は、武器と弾薬に加え、二リットル入りの水筒、二食分の携行食だけが荷物だが、山車櫓に籠る第一小隊は違う。

 バラバラに分解した「要塞化」する山車櫓のパーツを運ばなければならないのである。

 斥候から帰ってきた兵の馬二頭で、武器、弾薬、職労を積んだ輜重の馬車を仕立て、義勇兵が山車櫓を運ぶ。

 ベルズの商隊の馬は十二頭いるが、そのうち一頭はグレンとリベットの兄弟の移動手段となり、二頭は輜重用。残り九頭は、斥候が使っているが、帰還すると市民の避難用に回される予定なのである。

 隠れ里に至る山道を家財道具を持ったまま移動は出来ない。ましてや、残った市民の殆どは、老人と女性と子供だ。

 ゆえに、市民が逃げるには馬が必要なのだった。そして、ラルウの資金力では、馬を購う財力は無い。

「第一小隊!!」

 背負子に防護板や木材を括り付けた義勇兵が、ゴードリー王が振り回すサーベルに呼応して参集する。

 手ぶらの者が半数いるが、彼等は台車に乗った山車櫓を運ぶ人員だ。

 馬が使えれば楽になるのだが、市民の避難を優先させたので、人力でやるしかない。

 誰かがスルスルと、骨組みだけになっている山車櫓の屋根に上る。

 ボウモアの工房で、長銃の銃床や、拳銃のグリップを細工する者の一人だ。

 手旗を持ったまま、その男が屋根の上に立つ。現地に到着すると、山車櫓組み立ての陣頭指揮を執ることから『大工方だいくかた』と呼ばれるこの人物は、手旗を使って、左右の舵や加速、減速を支持するいわば御者の役目をする。

 台車には四本の引き縄がつけられ、各二名の男たちがつく。丸太をぶった切っただけのブレーキ兼舵が台車の前方につけられ、舵取りが二名つく。

 台車の後部には、これを押す役目の者が八名ついた。

「進発!!」

 よく通る声で、ゴードリー王がサーベルを振る。

「えええぇい!」

 大工方が叫んだ。

「おおおぉう!」

 縄を引き、台車を押す男たちが答える。

 彼らの筋肉が盛り上がり、顔が紅潮した。

「えええぇい!」

「おおおぉう!」

「えええぇい!」

「おおおぉう!」

 じわじわと台車が動き始める。何度見ても、思わず力が入ってしまう光景だった。

「えぇい!」

「おぉう!」

「えぇい!」

「おぉう!」

 山車櫓の台車が加速してゆく。手旗が振られて、練兵場の代わりになった、果樹園の空き地を台車が一周した。

 鈴なりになった、残留組の市民に勇姿を見せるためだ。

「えい!」

「おう!」

「えい!」

「おう!」

「えい!」

「おう!」

 骨組だけのみすぼらしい山車櫓だが、本来は化粧板や花で飾られて、こんな風に街を練り歩くはずだったのだ。

「えい!」

「おう!」

「えい!」

「おう!」

 勇壮な掛け声に、残留組が唱和していた。彼等には、本来の山車櫓の姿が見えているのかもしれなかった。

 子供たちが、山車櫓を追って走っていた。

 誰か、肉親が山車櫓隊にいるのだろうか。顔をくしゃくしゃにして泣きながら、山車櫓に追いすがっていた。

 山車櫓は、練兵場を出て街道に向う。

 我々も、徒歩で山車櫓を先導する位置についた。

「がんばれぇ! がんばれぇ!」

 精一杯、大きな声を出した子供たちの声援が聞こえた。

 国を守るため、大人たちが戦いに赴くのを、彼等は理解しているのだ。

 私の横で、ゴードリー王が袖でぐいっと目を拭っていた。

「がんばれぇ! がんばれぇ!」

 子供たちの声が聞こえる。これで、胸が震えない者がいるだろうか。

 少なくとも、私の胸は震えた。

「えい!」

「おう!」

「えい!」

「おう!」

 骨格だけの山車櫓は、街道を往く。

 ラルウの命運をかけて。


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