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ブルーナン騎兵団 動く

 その発明は、偶然の産物だった。

 もともとは、不良品の『銃弾』だったのである。

 現在、マスケット銃では球状の弾丸が使われている。だが、発火・爆発・発射の機構が小さな金属の筒内で行われる『銃弾』は、椎の実のような形の弾丸が埋め込まれている。

 当然、球状の弾丸より加工は難しい。その結果、試射用の銃弾に不良品が混じっていたことがあったのだ。

椎の実状の弾丸に罅が入っているという不具合だったのだが、その弾丸は発射の際、銃口から飛び出ると同時に砕け、散弾の様に散ったのだ。

 標的の傍らで計測を行っていた係員が軽傷を負ったのだが、それを人為的に起こせないかと実験が繰り返されていた。

 その結果、銃弾の先端にはめこむ弾丸に十文字の切込みを入れると、上手い具合にバラ弾になることが証明できたのである。

 ラルウの最新鋭銃は、銃腔内に螺旋状の溝が掘られている。『施条』と命名されたその細工は、発射された弾丸に回転を与える効果があり、回転は弾丸の直進性を増加させるのだが、散弾を発射するのは難しかった。バラ弾が銃腔内を通過する時『施条』を痛めてしまうためだ。

 だが、この切込みを入れた弾丸は、銃弾から発射され、銃腔内を通過する間は弾丸の形状を保ち、銃口から射出されると砕ける性質があった。

 銃を持ち替えることなく、装填する銃弾を替えるだけで、通常の弾丸と散弾を撃ち分けることが出来るわけで、広範囲に面で弾をバラ撒く散弾を撃てるようになったのは、圧倒的な寡兵である当方にとって、吉報だった。

 通常の弾丸と区別しやすいように、赤い塗料で着色された、散弾もどきは、通称『赤弾』と呼ばれ、これも生産が開始されている。


 戦場となる予定の『大岩の曲がり』で発見された湧水は、パイプに繫がれて、ベルズ隊の陣地の前に埋設された。

 結果、ベルズ隊の陣地の手前の傾斜は、常に湿った状態となり、滑りやすい赤土ということもあり、騎兵が駆け上がってくるのを防ぐ効果が期待されていた。

 急ピッチで生産がおこなわれている『赤弾』と組み合わせれば、弟が書いた戦術書で言うところの『弾幕防御』はより強力になる。

 また、その湧水のパイプは枝分かれして、山車櫓にも伸ばしている。

 これは、火矢や焙烙弾や火炎瓶などの火攻めを警戒してのもので、果樹園から転用した水の散布機に接続される。

 戦闘開始時には、人力でポンプを駆動させ、山車櫓の屋根から常に水が流れ落ちるようにする仕組みだ。

 要するに、放火されても、燃焼温度に達する前に自動消火させてしまえという発想だった。狭い山車櫓に火攻めを仕掛けられれば、ひとたまりもない。消火班を編成する人的余裕もないのだ。たった一人のポンプ要員で火災が未然に防げるのなら、それがベストの選択である。


 訓練は、積雪の中でも続いた。

 走ることは出来ないので、除雪作業が体力訓練の代わりになる。

 各陣地の基礎工事も行われていた。

 塹壕を掘り、山車櫓の通り道を整地する。

 地面をドアに見立てた『展開式逆茂木』の細工も終わり、雪解けを待って工事を行うばかりになっている。

 戦の準備は、着々と進む。

 私は、何度目かわからないが、決戦当日のシミュレーションを繰り返し、拳銃の技術の習得に時間を費やしている。

 義勇兵として、人々が欠けた分、冬籠りの作業は女性や子供や老人が総動員で行い、とくに働き手を取られた家庭には、近隣住民が協力して作業に当たったらしい。

 収穫を人手不足のまま行い、ジャムや乾パンなどの保存食をつくり、悼んだ家屋を冬が来る前に修復する。

 ラルウ挙げての総力戦なのだ。

 全員が、故郷を守るために戦っていた。


 気配りが出来て、体力がある者を選抜して、斥候も出していた。

 誰よりも深く、敵陣に潜り込んでいるのは、狙撃兵として『隠れ里』から派遣されてきている、双子の猟師、グレンとリベットだ。

 遠眼鏡と狙撃銃を組み合わせたスコフィールドの発明品の実験も兼ね、ブルーナン騎兵団が越冬のため占拠・駐留しているカラムを偵察しているのだが、何日かおきに、どちらかが報告に戻ってくる。そして、水や食料を受け取ってまた潜入に戻るのだった。

「もともとが、ならず者集団だろ? カラムはひでぇ状態だぜ」

 北部辺境小国家群のなかでは、最大規模だったのがカラム王国だ。

 人口はおよそ一万人。小国家群の中では唯一本格的な城があり、職業軍人を有していた国家だった。

 堅牢な城塞に、正規軍の歩兵七百名。

 ブルーナン騎兵団は、元からのメンバー騎兵二百騎、歩兵三百名の五百に、次々と合流した山賊や野伏や食い詰め流人約一千を加えた千五百という兵力。

 七百が籠る城の籠城戦なら、充分防げるのだが、城塞内に避難した市民の中に伏兵が潜んでいたらしい。

 夜中、城門が内側から開けられ、城壁という防備がなくなったカラムは一夜にして落城してしまった。

 正規軍とはいえ、この小国家群は山賊や野盗といった集団との小競り合いしか経験していない。夜襲の備えなど、していなかったのだろう。

 王城になだれ込んだブルーナン騎兵団は、近衛兵を蹴散らして、カラム王を捕えてしまう。そうなったら、もうカラムは詰んだも同然だ。

 正規軍は降伏し、武装解除。城市内の主要施設は占拠され、見せしめを兼ねて、乱暴狼藉が横行することとなる。

 ブルーナン騎兵団のような傭兵集団にとって、略奪品は重要な副収入だ。そんな連中が、一冬も居座るのである。今、カラムは底の住民にとって地獄だろう。

「カラム王は、城壁から生きたまま吊るされ、三日後に死んじまいました。ずっと、王様の絶叫を聞いていたこっちは、気が狂いそうでしたぜ」

 吐き捨てるように言ったのは、報告に戻ったリベットだった。

「狙撃はしていないだろうね」

 そんな様子を見ている事しかできなかった彼らに同情しつつも、念のため釘をさす。

「思わず、撃っちまいそうなんで、弾はぬいてまさ」

 あくまでも、最も小さな国家であるラルウは、縮こまって震えていると、相手に思わせたい。そのために、偵察を出しているなど気づかれたくないのだ。

 そのあたりは、グレンもリベットも理解してくれているようだ。

「主要メンバーの顔や体格や動きの癖など、よく観察しておいてくれ。カラムの人々の仇をうってやろうじゃないか」

 私がそう言うと、水と食料が入った背負子を担ぎながら、リベットは、

「そうすね。必ず奴らの頭に、弾をたたきこんでやりますぜ」

 と言って、ラルウを出て行った。


 北の辺境の冬は長い。

 都会育ちの私は、こんな積雪は見たことがなかった。

 訓練代わりに、義勇兵たちが除雪作業をして、川に雪を流しているので、ラルウの内部はそれほどでもないのだが、『大岩の曲がり』に現地検分に行くときなど、身の丈を越える積雪に、一瞬怯む。

 なにより、空気が違う。

 肌が露出している顔など、風が吹くと、その風の中にカミソリでも入っているのかと思わせるほど、痛いのだ。

 手袋なしで、ライフルは触れない。

 凍るほど冷たくなった鋼に皮膚がはりついてしまうのだ。

 ライフルのトリガーガードが、通常より大きいと思っていたのだが、なるほど、手袋下手でトリガーを引けるようになっていたのかと得心がいった。

 ほぼ、毎日雪が降っているが、たまに晴れ間がある。

 そうなると、今度は雪の反射で、眼が痛くなるほどだ。何の対策もせずに、長時間この環境にいると、眼が距離感を測れなくなる『雪盲』という状態になるらしい。この周辺の住民は、光遮板を張り付けた眼鏡をつけて防備するそうだ。

 私も一つ譲ってもらったが、これを掛けていると確かに眼は楽になる。

 雪が降らない夜は、最高だ。

 月光に雪がキラキラと宝石の様に輝き、仰ぎ見れば満天の星。

 手を伸ばせば掴めるかと思えるほど、星が近くに見える。

 清冽な空気。黒々と聳えるラルウ山の威容。夜行性の狐が、雪原に点々と足跡を残して森の中に消えてゆく。

 弟が、思いを馳せていたラルウ。ラルウは美しい。弟よ、私の眼を通じて、君はラルウを見ているか? 君の戦術書が、この美しいラルウを守るぞ。 私は、そのために、何でもやる。


 まるで、永遠に続くかと思っていた、北部辺境の冬も、やがては終わる。

 春の訪れは、北の大地に生きる民にとって『歓び』である。

 だが、今年の春は違う。春の訪れと同時に、カラムで飽食したブルーナン騎兵団が、北部辺境小国家群討伐の仕上げに、ラルウを踏みつぶしにくるのだ。

「荷造りを始めていやがります」

 グレンからの報告が入る。

 小国家群各国から収奪した略奪品を馬車に詰め込んでいるのだ。

 兵力は、更に膨れ上がって二千名を超える。ブルーナン騎兵団に合流すれば、越冬が楽だと踏んで、各地からならず者たちが集まった結果だ。

 対するラルウはわずか百九十名。一冬の厳しい訓練に耐え、祖国防衛に燃える者たち。

 兵力は十倍以上。

戦闘経験は皆無。

 それでも、彼等の心は折れていない。

 あるのは、最新鋭の武器。そして、最新鋭の戦術。そして、何より勇気。


 報告を終えると、グレンは最小限の食糧だけを持って、出かけていった。

 まるで、トナカイの群れを負うオオカミのように、遠巻きにブルーナン騎兵団を追う準備をしているのだ。

 彼らは、既に戦場の下見も終わっており、風向きと風の強さを測る布きれを、主要なポイントに結び付けている。

 ブルーナン騎兵団が、実際に動きはじめたら。彼等とは連絡が付かなくなる。

 狙撃兵として、戦場のどこかに隠れているのだ。

 主要な指揮官は、すでに目星をつけているだろう。

 ブルーナン騎兵団は、所帯が大きくなったが、中核の五百名を除けば、様々な小集団の集まりに過ぎない。指揮官を倒せば、統制が乱れるはずだ。そのための、狙撃兵である。寡兵側が大軍を倒すプロセスの一つが、遠距離狙撃。近代戦の祖になるべき戦術だ。

 展開式逆茂木の設置は終わっている。カモフラージュも、グレンとリベットの指導の下、完璧に行った。

 山車櫓は、本体と本体を運ぶ山車だけを残して分解されていた。

 敵の偵察が去った後、一気に山車を運んで、手順通りに櫓を岩の上に組み立てる。

 弾丸を防ぐのではなく、滑らせる『傾斜装甲』と竹把を参考にした『中空装甲』を施した盾が、外骨格のようにその櫓を覆う。

 戦場に忽然と現れる『一夜城』。うまく、食いついてくれればいいのだが……。


 騎馬で誰かが走ってきた。

 義勇兵たちに緊張が走る。

 偵察に行っていた義勇兵の一人だった。


「動き出しました!!」


 馬から転げ落ちるようにして降りて、ゴードリー王にその義勇兵が言う。


「ブルーナン騎兵団、動く」


 ついに我々は、経験も兵力も段違いの兵力と、知恵と勇気のみで戦うことになるのだった。



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