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吉兆

 年の瀬も押し迫ったある日、地面に落ちては淡く消える様な水分の少ない雪が降る中、我々は騎乗にあった。

 商隊の隊長ベルズとゴードリー王、そして治安官にして拳銃使いのタラモアデュー、そして、私という四人だ。

 場所は、迎撃ポイントに決めた『大岩の曲がり』。

 斜面上から敵を横殴りするベルズの隊の布陣場所が、防備に不安があるので、地面をドアに見立てた『展開式逆茂木』に加える新たな防備策を打ち立てるために来ている。

 岩の上に建てる山車櫓を要に、二か所の火点を敷き、貧弱な『鶴翼の陣』を形成するのが今回の作戦の全容。

 つまり、どこか一か所でも崩れれば、一気に戦線が崩壊してしまうのだ。

「やはりな……。ここは、北側斜面だ。赤土だが、適度に凍って、そこそこの足場になる」

 馬首を翻して、タラモアデューが斜面を駆け上がる。

 あっさりと、ベルズ隊の布陣予定地に到達してしまった。

「五十人じゃ、支えきれないか……」

 ゴードリー王が、顔を曇らせる。

「赤土で滑るっていうのが前提だから、決選当日は必ずここが湿っていないと困る」

 こつこつとサーベルの柄を叩きながら、ベルズが言う。

 タラモアデューに続いて、全員が斜面を駆け上がる。

 なるほど、ここは赤土だが、霜などがいい滑り止めになってしまっていた。苦労せずに斜面を上がることが出来た。大誤算だ。

「いい具合に、水源があるといいのだが」

 斜面の更に上方に、いくつかバケツを伏せてあった。

 中には、ライチョウの羽が地面に刺してある。これが水脈発見装置となる。

 仕組みは簡単だ。伏流水が通っている所なら、地面から上がった水蒸気がバケツの中に籠る。そして、その水蒸気は羽に付着して凍るというわけ。

 山で暮らす者の知恵だ。私は、まったくそういった事には疎い。

 タラモアデューが、伏せたバケツをひっくり返してゆく。

 一つ目は空振り。位置的にはベストのポイントだったが、上手くいかないものだ。

 二つ目もハズレ。

 そして三つ目。灰色のライチョウの羽が、白く凍っていた。

「ここか」

 馬の鞍から、先端がとがった中空の金属製の管をベルズが取り出す。側面にはいくつもの穴が開いている、奇妙な管だった。

「こいつは『打ち抜き』という井戸掘りの道具だよ。水脈までこいつが届くと、穴の部分から水が入り込んで、管の端から水が噴き出すというわけさ」

 ゴードリー王が馬の鞍から、ハンマーを取り出しつつ、私に説明してくれる。

「ここは、丁度ラルウ山からの伏流水が、川にぶつかって地表に出るところだからね。地表に近い部分に地下水脈があるはずなのだよ」

 ベルズが穴あきの管を支えている。ゴードリー王が、重いハンマーをひょいと担ぎ上げて、無造作に打ち下ろす。

 管は一メートルほどのものだが、その一撃で半分以上地面に埋まってしまった。この王の膂力と運動神経ならば、正当に剣を学べばいっぱしの剣士になるのではなかろうか?

「ふん!」

 気合いを込めて、再びハンマー叩き下ろした。そのたびに、ガクンと地面に鉄の杭が食い込んでゆく。

 ほんの数回で、一メートルほどの鉄杭は全て地面に潜り込んでしまった。

 そこに、普通の鉄の管を繋げる。こうして、地面に深く食い込む鉄の管を地面に押し込んでゆくらしかった。

 二本目の管が地面に沈み、三本目を繋げて半ばまでそれが食い込んだ頃、明らかに今までと違う音が響いた。甲高い金属音だ。

「岩にぶちあたったなぁ」

 額に流れる汗を乱暴に袖で拭って、ハンマーを叩き続けていたゴードリー王が言った。

 身を切るような冷気の中、この偉丈夫の体からは、叢雲のように水蒸気が上がっている。

「貫く!」

 剣術で言うところの『大上段』にハンマーを構えて、叩き下ろす。

 古代の闘神像の如きゴードリー王の腕の筋肉がうねり、肩が上着の布地を押し上げて膨らんだ。

 鋼鉄の管とハンマーがぶつかって、火花を散らした。

 僅かに、管が地中に沈む。

「砕く!」

 そう宣言して、ゴードリー王は、もう一度ハンマーを叩き下ろした。更に管が沈んだ。

 見ていて、思わず力が入ってしまう光景だった。

 気が付くと、私は拳を握り、歯を食いしばっていた。

 信じられないことに、風を切る『ぶうん』という唸り声をハンマーが発していた。

 私は十年以上、剣術の修行を続けてきたが、このハンマーをこの速度で振り続ける自信は無い。

 淡雪が降りしきる中、大地に向ってひたすらハンマーを打ち続ける偉丈夫の姿。

 まるで、伝説の鍛冶神が大地を相手に冶金しているのを目撃しているような、静かな感動があった。

「ラルウの大地よ! 我らに神意あらば、岩を砕く力を与え給え!」

 何度目かのハンマーが振り下ろされた。

 頑なだった金属音とは、異なる音が管からした。

 どっと管から溢れたのは水だった。

 赤土交じりの泥水が噴出した後、水晶の様に澄んだ水が、管から滾々と湧き出たのである。

 ゴードリー王が、湧き出る水に直接口をつけ、喉を鳴らして飲む。

 そして、ざばざばと手で水をすくって、汗にまみれた顔を洗う。

「うまい水だ。皆も飲め」

 そういって、ゴードリー王がひらりと笑った。

 絶望の淵にあったラルウを、何とか立ち直らせようとした男。

 それは、半ばまで達成しつつあったのだ。

「なんだか、戦に勝てるような気がしてきました」

 水をすくって飲みながら、ベルズが言う。

「この水は、吉兆だよ。我らに神意あり。戦は『勝』と決まった」

 負けられぬ。私は、それだけを思っていた。

 弟の戦術書に、世界ではじめて命を懸けてくれる人々なのだ。

 この空のどこかで、見ているか弟よ。

 君の戦術と、彼等の技術が、この北の辺境に奇跡を起こす。その瞬間を……。


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