傾斜装甲と竹把
懸念材料の一つだった『山車櫓の砦化』の設計が出来たという知らせが来たのは、訓練生活が始まって数週間が経過した頃だった。
義勇兵は、だいぶこの苛酷な訓練に慣れてきて、我々が目を光らせていなくても、黙々と定められた訓練科目をこなす様になっていたので、現場はベルズの商隊出身の下士官たちに任せて、主だった者は、技術顧問であるスコフィールドに割り当てられた幌馬車に集合したのだった。
もともと、身なりに無頓着なところがあるスコフィールドだが、没頭するとそれに拍車がかかるらしく、着換えさえしていないのか、幌馬車内は汗と垢の悪臭がする。
「分厚くすれば、固くなるけど、山車櫓はそれを支える躯体構造が弱いからね」
例によって、前置き無し、主語無しで、スコフィールドは口火を切った。
風呂にもまともに入っていないので、頭がかゆいのか、ボリボリと頭を掻いている。雪の様にフケが降り、潔癖症の気がある鍛冶頭のボウモアが露骨に嫌な顔をした。
「で、考えたのが『傾斜装甲』です」
何か『で』なのか、よくわからなかったが、何か思いついたということなのだろう。
「見てもらうのが一番だから、実験場に移動してください」
果樹園の片隅に、スコフィールド用の実験場が作られていた。
そこには、現在主流銃砲である火打石式のマスケット銃が数種類置いてあり、中には『破城槌』代わりに用いられる大口径のマスケット銃も置いてあった。
発射一には、スコフィールドの助手役を命じられた二人の義勇兵がいて、そのマスケット銃に火薬と弾丸を装填したり、木製の土台に盾を並べたりしていた。
「あの盾は、防護板として山車櫓に取り付けるのに、重量計算上の限界の重さです」
スコフィールドは、無造作に並べられたマスケット銃の一つを手に取り、およそ百メートル先にある一番端の盾に銃口を向けた。
百メートルは、マスケット銃が遠距離射撃をする際の、有効交戦距離限界と言われている。これ以上離れると、弾道が安定せずに、命中率はぐっと落ちる。
ロクに狙いもせずに、スコフィールドが引金を引いた。
撃鉄がコトリと落ちて火花を発し、火皿の火薬に着火する。その火が、火皿の奥に作られた穴をを通り、銃身内に詰められた発射用の火薬に引火する。
マスケット銃特有の重い発射音が響いた。
ラルウ式の長銃はこれよりもっと音は籠っている。音が籠るということは、無駄な燃焼ガスが漏れていないということらしい。つまり、発射のエネルギーが集中しているということを示しているそうだ。
激発と発射をラルウ最大の発明品『銃弾』内部で完結させるラルウ式長銃と異なり、マスケット銃は激発を火皿と火打石で行い、銃身内の火薬に引火させる方式なので、火皿側から燃焼ガスがどうしても漏れてしまうのだ。だから、音が大きく、その分威力が減じてしまう。
それでも、スコフィールドが狙った一番右側の盾には、ボコリと穴が開いた。
研究室のこもってばかりなのでそういったイメージはなかったが、スコフィールドの銃の腕はかなりいい。
ラルウの人たちは慣れているので、特に驚かないみたいだが。
小手をかざして、標的の盾を見ていたベルズとボウモアが呻いた。
この装甲版は本来地面に立てて使う大型の盾で、かつて荒くれ者が多かったゴールドラッシュ時代のラルウでは、治安官たちが、この盾を連ねて暴動を鎮圧したりしていたのだ。
倉庫に大量に残っていたので、これが使えればと思っていたのだが、当てがはずれた。その呻きだった。
非常事態宣言で、緊縮財政のラルウでは、新しく防護板の素材を買い入れる余裕も、新しく造る時間も材料もないのだ。
「……と、まぁ、あれを防護版の代わりにしても、スポスポ貫通してしまうのはお分かり頂けたと思います。では、その隣にある盾ですが、全く同じものです。ただし、角度を変えています」
射撃が終わったマスケット銃を助手に渡し、装填済みのマスケット銃を持ちあげながらスコフィールドが言う。
構えて、撃つ。照準を覗く時間が異様に短い。長銃の練習をした経験から、それがいかに凄いことか、今の私には理解できる。
今度は、盾が甲高い音を立てたのみで、貫通しなかったようだった。全く同じ盾なのに、実に不思議な光景だ。
「ご覧のとおり、角度を変えただけで、マスケット銃の弾は貫通力を失いました」
未だ硝煙が漂う発射が終わったばかりのマスケット銃で、スコフィールドがゴリゴリと地面に簡単な図形を描く。
「弾丸の進入角度に対して、装甲が直角の場合、弾丸のエネルギーは丸々装甲が受け止めてしまいます。結果はご覧の通り。あの程度の装甲厚では防弾出来ない。ならば、ぶち抜けないほど装甲を厚くしてしまえばいいのですけど、山車櫓の躯体構造上いくつも装甲板を張り付けることは出来ません」
簡単なライフルの絵。その銃口から一直線に伸びているのが弾道だろう。
スコフィールドは、その弾道の行きつく先に斜めの直線と、垂直の直線を描いていた。
弾道と垂直に交わる直線は、そのまま貫通している図。ご丁寧に、盾に見立てた直線の後ろに撃たれた兵士の姿を描いている。多分、モデルは、鍛冶頭のボウモアだ。
弾道に対して斜めに交わる直線は、貫通せずに、盾に見立てた直線の角度に沿って軌道を変えていた。
この斜めの直線の後ろでにっこり笑っている小人のモデルは、おそらく自分だろう。
「装甲厚で受け止めるのが無理なら、『弾丸を滑らせる』しかない。私はこれを……」
がりがりと地面に文字を書く。ナカラの公用語で、
『傾斜装甲』
と、書かれていた。
「傾斜装甲と名付けました。軽量化と堅牢性を両立させる最適解は、コレです」
話だけを聞いたなら眉唾ものだが、われわれは実例を見ている。マスケット銃の弾丸を受け止めることが出来ないはずの盾が、同じ距離で同じ威力の弾丸を弾いたのを見たのだ。
種明かしされてしまうと、斬新な発想というわけではない。
実は、これと同じ発想の甲冑があるのだ。
それを「小札甲冑」という。西方では「スケール・アーマー」と呼ばれている。スケールとは「鱗」のこと。まるで鱗のように小さな金属板を張り付けた甲冑なので、そう呼ばれているらしい。
それを、砦の防護に使うという発想が素晴らしい。だが、問題がある。
「山車櫓は今回の作戦の要。矢や弾丸があらゆる角度から何発も撃ちこまれて、なおかつ堅牢に立っていないといけない。二度や三度弾丸を弾いたくらいでは、防護板にならんよ」
スコフィールドの懸念材料もそこだったようだ。
「そうなんだよね。耐久性が問題なんだよね。盾を二枚重ねることも考えたけど、重量がね……」
私も、防護に関しては、色々と調べていた。弟が書いた戦術書の『野戦築城の章』に、それらしいヒントがあったのだ。
「東方のアメツチに伝わる合戦で『竹把』というのが使われた記録がある。矢を防いでいた盾が火縄銃の伝来で盾としての意味を失い、その代わりに工夫されたモノらしいのだが……」
寒冷なラルウでは自生していないが、大人の腕程の太さの植物が、アメツチにはある。
『竹』と呼ばれるその植物は、縦に繊維が走った幹を形成し、その中身は中空という変わった植物だった。
それを十数本束にして盾の代わりにすると、矢も弾丸も貫通しない優秀な盾になる。東方で鍛冶の修行をしたボウモアは『竹』の存在を知っていたが、他はピンとこないようだった。
「中が空洞で、縦に繊維ね……」
スコフィールドがぶつぶつ呟きながら、立ち去る。
残された我々は、顔を見合わせた。
「突然中座とは!」
いかつい顔を紅潮させて、ボウモアが怒る。
「まぁ、まぁ。軍師殿の話を聞いて、何か思いついたのだろうよ。ほっとけ」
ベルズが宥める。
体調不良とPCの不調で、だいぶ間隔が開きました。
体調も万全ではないのでゆっくりペースになると思います。
どうもすみません。




