拳銃使い入門
懸念だったボウモア隊の防備だが、弟の戦術書の『野戦築城』をヒントに、スコフィールドが図面を引いた。
本来、野戦築城は塹壕と土嚢を使って火点を構築し、何もない平地に急造の砦を作って、疑似的な籠城戦を演出する仕組みだ。それを、小規模ながら行おうというのである。
ボウモアの陣地は、背後に川がある。ここに布陣するのは、セオリーからすると悪手である。『背水の陣』は、囮としてなら意味があるが、我々には別働隊などない。ただし、ここを『砦』と考えるなら、川は天然の掘割。春は雪解けの水がどっと流れ込み、水温からしても、流れの強さからしても、騎兵も歩兵も進出できない。
一瞬にして、約百名が籠る砦を作る。隠蔽性と堅牢性の両立が必要だった。
そこで考えられたのが、地面をドアに見立てた工夫だった。
塹壕を掘り、そこにボウモア隊が潜む。
塹壕は、戸板で蓋されていて、この段階では無人の平地に見えるだろう。
山車櫓からの合図で、この戸板を下から突き上げる。
この戸板は、蝶番で地面につながっていて、地面から巨大なドアがバッタンと開いた状態になる。
ドアに見立てた戸板の内側、つまり塹壕で隠れていた部分には、馬防柵と逆茂木が造りつけてあって、塹壕から土嚢を持った隊員が一斉に這い上がり、たちまち長細い長方形の砦を構築する算段だ。
塹壕にあった土嚢を、次々と運び出して防備を固めれば、急造砦の完成だ。
籠って隠れていた深い塹壕は、そのまま背後を守る空堀に替わる。
背後には川と空堀の二重の防備があることによって、前面にボウモア隊は傾注出来る。
問題は、水だ。
掘れば伏流水が染み出る地形である。
ボウモア隊は凍るような泥水の中で待機しなければならない。
天候にも左右される。川が氾濫すれば、全員がおぼれてしまう。もっとも、ボウモア隊が布陣できないほどの天候なら、河原の迂回路は心配しなくていい。
その際は、山車櫓の後詰に回ってもらえばいいのだ。
今回の作戦の要、山車櫓の工夫も進んでいた。
私は、山車櫓を攻略するなら? という視点に立って、様々な攻撃方法を山車櫓の設計を担当するスコフィールドに提出しており、その対策も彼の担当になっていた。
命題は、搬送用のための軽量化と、銃撃に耐える堅牢性の両立。それに、火矢や火炎壺などの攻城兵器への対抗策、更に騎兵による鉤縄も要注意だ。大岩から山車櫓が転げ落ちるなど、シャレにならない。
「山車櫓を土台にして、装甲版を取り付けるというのが基本になるけど、山車櫓の躯体構造が脆弱なんだよね。まぁ、もともと、御神楽の人が乗る程度の耐久性があればよかったのだから、当たり前といえば、当たり前なんだけどね」
などと、他人事のように言っている。
私は、不安になったが、ベルズらはスコフィールドに絶対の信頼を寄せていて、
「大丈夫、なんとかするはず」
と、言っていた。私はいま一つスコフィールドを信用できないと思っているのだが、ラルウの幹部連中の信用は絶大の様だった。何かと彼の行動に批判的なボウモアですら、彼の発想と問題解決力には信頼を寄せている。
今のこところ、任せるしかないだろう。
私自身は、拳銃の扱いに慣れることに重点を置いていた。拳銃使いのタラモアデューが、教官になってくれた。
銃口から火薬と弾丸を押し込み、火皿に火薬を設置し、火打石で発火させて火皿を経由して銃身内の火薬を撃発させる、いわゆる『フリントロックピストル』ならば扱った事があるが、ラルウが開発した連発式拳銃は当然の事ながら扱ったことがない。
最初は、長銃を習得しようとしていたのだが、どうやら私には長銃を扱う素質が無いらしく、タラモアデューが拳銃の習得を提案してくれたのだった。
「拳銃は、素早い判断と強靭な手首が要求される。君は、拳銃使いに向いているのではないか?」
とは、私の訓練に立ち会ったゴードリー王の言葉だった。ゴードリー王は、長銃も拳銃も器用にこなす。見たことはないが、剣を執っても多分かなりの技量があると思う。
その助言に従い、私は拳銃使いの訓練を自分に課すことにした。とにかく、何度も撃つ。拳銃の感覚を手に馴染ませるのが先決で、そういった意味では、剣術に通じるものがあるのかもしれない。
外見こそ違うが、ラルウ式の長銃も拳銃も同じ機構を使っているので、銃の構造を理解するという意味でも、訓練には意味がある。
「ラルウの連発銃の基本は、『撃鉄』という銃弾の尻を叩く小型のハンマーを起こし、『引鉄』と呼ばれる小さなレバーで、撃鉄を作動させることだ」
実物を見せてくれながら、タラモアデューが説明する。
撃鉄には板バネによるテンションがかけてあり、一杯まで引き起こすとストッパーがかかる。ストッパーを解除するのが、引鉄だ。
この機構だけみると、ラルウ式連発銃はフリントロックピストルと似ているが、大きな違いは、後者では火皿がある側面に撃鉄が位置しているのに対して、前者は銃身の延長上にあることだろう。
火皿と発火装置と撃発の火薬が一つに収まっている、最大の発明品『銃弾』は、拳銃の存在を『銃弾を収める道具』に位置づけ、そのおかげで『輪胴』という銃弾を収納するスペースが回転することによって、次々と弾丸を発射するという発想が生まれたのだ。
「慣れれば、こんなことも出来る」
タラモアデューは、腰のやや下に拳銃を収める革製のホルスターを固定しているが、彼は親指で撃鉄を起しながら拳銃をホルスターから抜き、正面に構えると同時に引鉄を引く『抜き打ち』と呼ばれる技法を私に見せてくれた。
動作開始から、十メートル先の素焼きの壺が消し飛ぶまで、わずか〇,三秒といったところか。
ランリョウ刀を使った抜刀術がある。この抜き打ちの間合いは、術者を中心に直径五メートルほど。『抜き撃ち』の速さと『抜き打ち』の速さが互角なら、間合いが長い分、拳銃の方が有利ということ。
更にタラモアデューは、『抜き撃ち』の応用編も見せてくれた。
ホルスターから抜き、一発撃つまでは『抜き撃ち』と同じ。
そして、次の瞬間、引鉄を絞りっぱなしにして、撃鉄にロックがかからない状態を作り、左手の掌で何度も煽るように叩く動作をしたのだ。
左手が、撃鉄を叩くたびに銃弾は発射され、六つ並んだ素焼きの壺がほぼ同時に消える。
掌で撃鉄を一杯に引き、解放すると、引鉄のロックがかかっていない状態だと、そのまま撃鉄が銃弾を叩く。発症の瞬間に再び撃鉄を上げると、輪胴が回転して発射位置に収まる。収まった頃には、再び引き上げられた撃鉄が解放され、銃弾を叩く。
その繰り返しだった。
それが、異様に早いという訳である。
「これが、『煽り撃ち』だよ。『抜き撃ち』とセットで覚えるといい」
神業のような技術を淡々と見せつけながら、タラモアデユーが言った。
工業品として、拳銃の作動が性格だからこそ出来るテクニックだった。
クリップによる『早装填』があれば、拳銃一丁だけでタラモアデューは、何人を仕留めることが出来るのだろうか?
近接戦闘は不安要素だった。
銃剣を長銃に装着して、短槍のようにして戦闘するなど、義勇兵には無理だ。
だが、拳銃があれば、なんとかなる気がしてきた。
銃剣やサーベルで斬りあうのは、生理的な恐怖がつきまとう。私の様に、常軌を逸した訓練を重ねている人間はともかく、肉を貫く感触というのは、ラードの様にべっとりと、手に残るものなのだ。
その点、銃は違う。発射の衝撃は残るが、殺人の禁忌は薄くなる。
引鉄を引く。火薬が爆発し、弾丸が飛んでゆく。
遠い場所で、ばったり人が倒れる。あっさりと、死ぬ。
生臭い相手の吐息を嗅ぐこともない。
刺した剣から、相手が震えるブルっとした振動を感じる事もない。
『弱兵が強者を倒すには、距離が必要なんだよ』
それが弟の理論。
歴戦の勇者でさえ、誰が放ったかわからない弾丸であっさり死ぬことがあるのだから。
私は拳銃を撃った。
十メートル先にある、素焼きの壺は微動だにしなかった。
教わった姿勢を思い出し、余分な力を抜く。
引鉄は、強く引っ張ってはいけない。
掌全体を絞り込むように、引く。そう、剣術の『手の内の締り』のように。
今度は、当たった。
乱戦のさなか、十メートルの間合いを詰めるには、決死の覚悟が必要だ。
拳銃は撃つだけ。
マスケット銃やフリントロックピストルなら、撃ってから次弾の装填に時間がかかる。
ラルウ式の連発銃なら、連続で六発。再装填は、早い者でわずか三秒。
銃を撃っていて、実感する。この連発銃で、戦のあり方が変わる。弟以外、平和に慣れきったナカラでは、誰ひとりこの銃の持つ可能性を見ていなかった。
銃を作ったラルウの民でさえも、本当の価値を理解していなかった。
この連発銃に命を吹き込んだのは、弟だ。
弟よ、見ているか? この紺碧の空のどこかで。
君の情熱が、この国を救うのだ。
そのために、私は命をささげる覚悟だ。




