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死にゆく者との約束

 傷は痛み、熱が出てきたようだ。眩暈がし、吐き気が襲う。馬の歩みに任せて丸一日ダテツ街道を進んでいたが、毒蜂以外の追手はなかった。非合法組織『ドルアーガ』の誰かは、これ以上の追跡を行わないことにしたらしい。

 私が、ナカラにもどらない事を、ドルアーガの最高幹部の四人は知っている。この四人の他に、私が用心棒として付き従っていた幹部が一人、この五人の他に幹部は七人いる。それと私が顔も知らない幹部が一人。これを『十三人委員会』というのだが、よくよく考えれば、内情を知っている私を消そうと思うのは誰であってもおかしくない。

 私を送り出すにあたって、餞別までくれた私の護衛対象者だって、私を労ったその舌の根も乾かぬうちに、私を殺せと命じることだってありえる。

 毒蜂についても、いい噂を聞かない。

 腕のいい暗殺要員だった毒蜂だが、近頃はその腕を鼻にかけ、組織に対して反抗的な態度を取っていたという噂だ。用心棒すら信用されない世界なのだ。暗殺者など、使い捨ての駒にすぎない。

 うがった考えだが、毒蜂が私に対してライバル心を持っていたことを利用して、彼を唆し、あわよくば共倒れを狙ったのではないか? そんな考え方も出来る。

 私が死ねば、私の口は塞がれる。

 毒蜂が死ねば、毒蜂を排除できる。

 相打ちならば上出来。

 ……多分、そんなところだろう。毒蜂という男も報われない男だ。組織のためにさんざん汚れ仕事をさせられた挙句、無人の荒れ果てた街道で野晒しとは。


 毒蜂の哀れな末路をぼんやりと考えている私の耳に、さっきから、ずっと囁き声が聞こえていた。

 通る者とていない廃道、ダテツ街道だ。熱に浮かされての幻聴に決まっている。

『兄さん……』

 ああ、その声には聞き覚えがある。死んだはずの弟の声。ほら、やっぱり幻聴だ。

『兄さん、家の再興は、僕たちの義務だよ』

 思いつめたような、弟の口癖。

 無実の罪を着せられて、失意のうちに父が病死すると、我々兄弟は一族の厄介者として親戚中をたらい回しにされた。

 いつしか私は悪所に出入りするようになり、ついにはヤクザ者の用心棒にまで成り下がったのだった。

 しかし、弟は密かに野心の牙を研いでいたのだ。

「親父殿を殺したナカラという巨大なシステムは、四百年の安寧を貪るうちにすっかり腐っちまったのさ。家を再興してどうなる?」

 そんな私の言葉を聞いて、やれやれと肩をすくめていた弟の姿が目に浮かぶ。あいつは私と違って、実にしっかり者だった。

『我々に残された道は、兵法教授所だよ、兄さん』

 バカな考えだよ、それは。この世の中で最も不要なものが兵法じゃないか。私を見るがいい。命を削るようにして身に着けた剣術で、やることと言えばヤクザの用心棒だ。

『違うよ、兄さん。兵法は兵法でも軍隊を運用する方の兵法だよ。これから、絶対に必要とされる学門なんだ』

 どこに戦雲がある? 戦乱が無ければ、軍隊なんか剣術以上に不要なのだぜ。

『大ナカラが腐っているというのは、兄さんの言うとおりさ。ナカラは中央から腐ってゆき、辺境から蚕食されていくんだ。北だよ。北から戦雲はたなびいてくるんだ』

 わからん。私にはさっぱりわからないよ。理解しようとも思っていないのだろうな。

『租税の流れで分かるんだ。取り立てが難しくなっているのが、北部辺境なんだ。はなから、奴らナカラなんか屁とも思っていないんだ。今は、親戚同士の内乱状態だけど、この主導権争いを誰かが制した時、燎原の炎の様に戦は広がるんだよ』

 それと、兵法教授所はどう関係するんだ?

『わからないかなぁ? 彼らは何年も身内で戦争を繰り返してきた古強者だよ。まともな戦闘経験がない惰弱なナカラの兵隊が敵う相手じゃない。だから、弱兵をまとめて効果的に運用できる参謀が必要になるのさ。新しい時代の新しい戦術を身につけた参謀がね』

 そうかい、お前が将軍様になったら、私が用心棒をしてやるよ。

『ちぇ! 馬鹿にして。わがダーハ家は、ナカラ建国を支えた軍師の家系なんだよ。兵法書も多く所蔵している。それに近代戦術を書き加えて、新しい兵法書を作るんだ。僕が書いた兵法書が、兵法教授所の教科書になるんだ』


 弟は、いつもそんな話をしていた。

 私が珍しい六連発の銃を見つけて、弟にプレゼントした時から、連発銃を前提とした戦術構築に夢中になっていたのを覚えている。

 しかし、弟と言葉を交わしたのもその頃までだった。

 弟は最難関と言われる兵法教授所の民間人特待生枠に合格してからも、寝食を忘れて勉学に没頭し、私はドルアーガで剣の腕が認められて、幹部の直接の用心棒にまで地位が上がり、次第に弟とは疎遠になっていったのだった。

 そして昨年、久しぶりに再会した弟は死の床にあったのだった。


 私は、逃げていたのだと思う。

 没落した家を再興する事から。

 煩わしい世間の事柄の全てから。

 父が姦計に落ちて詰め腹を切らされてから、これまで揉み手ですり寄ってきていた親戚が、掌を返したようになった残酷な現実からも。

 父が枯れ落ちるように死んでしまったあと、その後を追う様に母も死に、一族の長兄としての義務からも、私は逃げていた。

 弟は、粉々になった家族の欠片を、自分が立身出世することで、繋ぎ合わせ、名誉を回復させようとしていたのかも知れない。

 ナカラ建国からの譜代の臣としての誇りを、父から受け継いだのは、私ではなく弟だった。

 今思えば、早くから父は私の、何もかも放擲してしまうような性格を読んでいたようだ。私に剣術を勧めたのも、いつか私が一人でどこかに行ってしまうと考えていたからなのかも知れない。だから、個人の武技をひたすら磨くよう誘導していたような気がする。

 「北へ……」

 高熱に浮かされると、弟が口にしていた言葉だ。

 弟は戦塵渦巻く北の大地にこそ、未来を切り開く何かがあると信じていた。

 「私が行くよ。北へ。君の魂魄とともに」

 これが、荼毘の炎に向って誓った私の言葉だ。

 死にゆく者との約束。

 決して破ることが出来ない約束が、それだ。

 その時、私は危険を承知でドルアーガを抜け、北に向うことを決心したのだった。

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