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訓練前夜

 悲壮な覚悟で、宣誓書にサインを終えた百四十二名の男たちに向かって、ゴードリー王が、庁舎の大階段の上から、兵士となった人々に向かって口を開く。

「今から、東の果樹園に移動してもらいます。そこで、部隊編成と装備の受け渡しを行います。名簿に記入され、配属の辞令を受けっとった時点で、職に就いていた人は、無期限の職務免除扱いになります。本来の給金は保障され、一日六時間の危険手当がその給金に加算されます。ただし、軍隊という特殊性により、自由は保証されません。自宅に帰るだけでも、申請書に記入し、許可書を取得しないとだめです。違反した場合は、後ほど配布致します規定により、処罰の対象となりますので、ご注意ください」

 すでに、卒倒しそうになっている彼らを前に、前日の演説とは打って変って淡々とゴードリー王が説明する。

「集合は、正午きっかりとします。それまでに、引き継ぎなどの業務を終えてください。では、解散」

 男たちが、重い足取りで庁舎を出て行く。

 ボウモアは、彼らの装具となる銃を倉庫から出すのを監督するために、工房に向かっていった。

 ベルズは、これから彼らの庁舎となる幌馬車やキャンプの準備を見るために果樹園に行った。

 私と、ゴードリー王だけが、庁舎に残る。

「いよいよだ」

 ぽつりと、ゴードリー王がつぶやく。

 ブルーナン騎兵団の脅威が確認されて以来、ボウモアといった長老に反対されながらずっと準備を進めてきたのはゴードリー王一人だった。

 私の弟が書いた戦術書を見てベルズが主戦論につき、そして、ボウモアの信心深さまで利用してやっとこぎつけた今日という日である。

 普段は柔和なゴードリー王の眼光は、あたかも猛禽の様に鋭かった。不退転の覚悟の表れだ。

「さて、我々は、訓練の細部を詰めようか?」


 訓練方法は、私の弟が書いた戦術書に従って行われることになっていた。

 現行の軍事教練方法は、剣槍の時代から殆ど変っていない代物で、銃の運用を主眼に置いた訓練方法は確立されていない。

 マスケット銃はあるが、装填に時間がかかるので、銃弾で敵陣を乱し、しかる後に銃剣を着剣し突撃するという戦法が主流だ。銃弾のみで敵を圧倒することは想定されていない。

 また、極端に訓練期間が短い我々に、白兵戦といった銃以外の訓練を施す余裕などないのだ。

 今回の防衛作戦に特化した訓練を行う。そうでなければ、戦慣れしたブルーナン騎兵団には対抗する事は出来ないだろう。


 感心な事に、一人の脱落者も遅参者もなく、義勇兵全員が果樹園の管理小屋の前に集合した。しばらくの間、この小さな小屋が本部となる。

 彼らが手に持っているのは、トレーニング用の野良着二着とキャンバスのケースに納められた長銃。弾薬や銃のメンテナンス用品を収納する雑嚢。野営道具と寝袋が納められた背負い袋。

 これが、義勇兵解散までの彼らの全所有物になる。

 これら装備を受け取る際に、色つきのカードが渡されており、これで三つのグループが形成される。

 斜面上からの伏兵部隊、河原側の伏兵部隊、山車櫓の部隊の三つである。

 それぞれの指揮官は決まっている。

 斜面上から、敵の退路を断ち、敵の対抗策をつぶす臨機応変の戦いが要求される部隊には、傭兵の経験もあるベルズ。

 河原の平地で、迂回する部隊を食い止め、一歩も引かぬ粘り強い戦いが要求される部隊には、堅実なボウモア。

 全体の要となる、決して陥落することが出来ない山車櫓には、人望の厚いゴードリー王が指揮官に入る。

 私と、拳銃使いであるタラモアデュー、技術士官役のスコフィールドもこの山車櫓に入ることになる。

 連射と火力で騎兵を圧倒しなければならない平地側のボウモアの隊には、義勇兵の約半数を割り当てるつもりだ。

 山車櫓には約五十名。ベルズ隊にはその残りが割り当てられられる。

 この百四十名の他に、ベルズの商隊員四十七名を下士官として配属させる。

 ボウモア隊に十名。銃撃のベテランが多く要求される斜面上のベルズ隊へは、三十名と最も多く配置し、山車櫓には残りの七名が入る。


 部隊分けが終わると、野営地の設営が行われた。

 幌馬車が宿舎の代わりになる。

 巨大なタープが張られ、その下に厨房と食堂も作られた。

 野営に慣れている商退員が、戸惑う義勇兵を指導するという形になり、自然と下士官と兵士という関係になってゆくようだった。

 自分たちの居場所が整うと、やっと沈痛な雰囲気は解消され、大人の男たちのキャンプといった風情に、笑い声なども聞かれるようになった。

 だが、これも私の口から訓練の骨子が語られるまでだろう。矢弾が飛び交う戦場に立つのだという現実が、彼らの上に重くのしかかることだろう。

 ラルウは自らの手で守る。

 彼らはそう決めた。

 なればこそ、やるしかない。今日はその前夜なのだ。

 

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