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演説

 国民全員を集める鐘が鳴らされ、王城前の広場に人々が集まった。

 会議の結果を国民に告知し、義勇兵を募集することを宣言するのだ。

 打ち合わせでは、掲示板に張り出すだけにしようという意見もあったが、ゴードリー王はラルウ存亡の危機を、直接自分の口から語りたいと言ったのだった。

 緊急の鐘は、外敵襲来の時以外に鳴らされることはない。なので、古ぼけた長銃を抱えている気の早い者も何人か見受けられた。

 かつて劇場だった王城の、かつて馬車寄せだった広場に全国民およそ千五百人が集まる。

 その三分の一は老人だった。ラルウは、典型的な限界集落と同様の様相を示している。

「皆様にお集まりいただいたのは、重大な決断をお伝えするためです」

 よく響くゴードリー王の声に、広場のざわめきは止まった。

「ご存知のように、強力な盗賊まがいの傭兵団が、この地域周辺を荒らしまわっています。彼らは、来春、ここに攻め寄せて来ることが判明致しました」

 怯えたように身を竦める者、憤慨する者、唖然とする者、反応はまちまちだ。

 果たして、ここから何人がラルウを守るために戦おうと考えてくれるだろうか?

「我々が一から作ってきたこの地を、むざむざ明け渡すのか? 雄々しく戦って守るのか? 評議員は議論に議論を重ねて参りました」

 公平な言い方ではないのは、ゴードリー王も承知のことだろう。

 明け渡すのは『むざむざ』で、戦うのが『雄々しい』なのだから。

 ゴードリー王は、意図的に聴衆を主戦論に導こうとしているのだ。

「ここに参集頂いた先達が、文字通り身を削るようにして作ってくれたこの地を、我々若い世代が戦って守ることを決断致しました」

 広場から、賛同の声が上がる。


「そうだ! 我々は戦うぞ!」

「ラルウ男児の心意気を見せてやれ!」

「ならず者など、恐るるに足りず!」


 景気のいいこの無許可発言は、実はベルズの商隊が仕込んだサクラだ。

 

 『義勇兵に応募しない者は卑怯者』


 そんな雰囲気を醸成するために、ベルズと相談してゴードリー王には無断でサクラを仕込んでいたのである。

 思わぬ反応に、ゴードリー王は一瞬驚いたようだが、すぐにサクラであることを見抜き、鋭い目つきで私とベルズを睨んだ。

 ベルズは視線を外して俯き、私は受け止めた。

 

 『余計な事を』


 怒気を含んだゴードリー王の眼が、私に無言で語りかけてきた。

 

 『叱責は、あとで受けます。続けなさい』


 私は声には出さずに、口だけを動かして返答した。

 この戦のためには、何でもする。たとえ小賢しい細工でもなんでも。

 ゴードリー王の続く言葉を待って、広場のざわつきが収まると、ゴードリー王は気を取り直して演説を続けた。


「私は、この小さな国を愛しています。ここに暮らす勤勉で新進の気鋭に満ちた人々に、敬意を感じています。それゆえ、この国を、皆さんを、危険に晒さないために一時避難することも選択肢の一つとして考えていました。しかし、蹂躙されたこの地に残るのは、破壊され残骸と化した街だけです。再建の端緒についたばかりの我々には、もう一度ゼロから作り直す余力はありません」


 ゴードリー王は、ここで言葉を切り、演台の後ろから長銃を取り出した。

 それを軍旗の如く、忠誠を誓う騎士の剣の如く、掲げる。

 黒々とした銃身が、陽光に鈍く光っていた。


「ならば、我々は何をすべきか? 我々が心血を注いで作ったこの銃で、わが愛する国を守るしかありません!」


 広場に、朗々とゴードリー王の声が響く。

 その残響が消えないうちに、杖を小脇に抱えた老人が、拍手をした。これは、仕込みのサクラではない。自発的な賛同の表明だった。

 それに和する者が、一人、また一人と増えてゆき、それは大きな歓声に代わった。


「我こそは、祖国を救う勇者なりとと思う者は、義勇兵に登録をお願いします。若輩者の私に力をお貸しください」


 理を解き、情に訴える。公募すると言いながら、実は選択肢がない。これで、義勇兵に応募しないものは、この小さなコミュニティでは暮らしていけないだろう。

 まだ若いが、ゴードリー王はたった一回の演説で市民を扇動した。何も具体的な事は示す事がない演説だったが、聴衆は雰囲気にのまれた。

 全く同じ内容の演説を私がやっても、こうはいなかいだろう。

 これは、ゴードリー王の才能だ。彼には、人を狂わせ、走らせる何かを持っている。

 この場で冷静に事態を見ているのは、多分私だけだ。スコフィールドがここにいれば、おそらく彼も私同様に冷静なままだと思う。

 私は、一歩この場から引いた一で事態を見つめる訓練をしており、スコフィールドは興味の対象が特殊すぎる。

 壇上から降りるゴードリー王の眼には、光る物が見える。

 仕掛けを行う側であるベルズの目にも涙が見えた。

 おそらく、ゴードリー王は計算してやったのではない。勇気を示してくれた国民への感謝と感動も偽りではない。

 彼は、為政者になりきることが出来るのだ。なりきるあまり、演技を超えて自分でも真実だと思い込むことが出来る。

 これは、政治家としてゴードリー王が才能を持っていることを示していた。

 

 優れた為政者は、優れた演技者でもある。

 古代の巫女の如く、その身に別の人格を降ろし、状況に合わせて切り換えることが出来るのだ。

 そこに虚偽はない。自分すらも騙すほど、なりきっているのだから。


 これが通用しないのは、私やスコフィールドのように明確な行動指針を持っている者だけ。

 信念が動機になってい者には洗脳がきかないものだ。どのような言葉も魂には届かないのだから。

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