作戦の概要
迎撃ポイントの下見の結果を報告するため、再び会議が招集された。
ただし、スコフィールドだけはこの場にいない。彼は、『大岩の曲がり』の測量のために、まだ現地に残って指揮をしているのだった。
「いくつか問題点はありますが、現時点では『大岩の曲がり』がベストだた考えられます」
方針はすでに迎撃と決している。だから、避難を主張していたボウモアからも否やは無い。だから、議長を務めるゴードリー王の表情にも余裕があった。
「迎撃場所の選定は、軍師殿に任せてある。決戦の日までに、我々が何をすべきか、ご教示願いたい」
私は、ゴードリー王のその言葉を受けて、迎撃ポイントとなる『大岩の曲がり』周辺の略図を壁に貼った。
ルベル街道に赤い矢印があり、これが想定されるブルーナン騎兵団の想定進軍ルート。青く色づけされたのが、今回の作戦の要となる大岩だ。
大岩から街道に向かって直線を引く。
「今、私が引いた線は『射線』です。距離はおよそ百五十メートル」
現在主流のマスケット銃の極大射程は二百メートルと言われている。軍事教範では、百五十メートルが適正交戦距離の限界とされていることが多い。
ブルーナン騎兵団は素人ではない。マスケット銃との間合いの取り方は理解しているはずだ。したがって、おおよそ二百メートルの距離をとって、相手は布陣するはず。
私は、地図上に赤い丸を街道上に描いた。大岩から二百メートルの距離だ。
「そしてこれが、相手の初期配置。荷車や輜重は、僅かな護衛をつけて、ここより更に後方に下げるでしょう」
大岩から百五十メートルの地点に線を引く。
「大岩に籠る義勇兵の皆さんは、この線より先への射撃を禁止します。射撃間隔も十五秒に一発とします。つまり、我々が持っている銃を旧式のマスケット銃であると敵に思わせるためです」
ラルウが開発した最新鋭の連発銃の有効射程距離は三百メートル。それをわずか数秒で六発も撃てるのだ。それを、敵は知らない。
このことは、我々が持っている数少ない有利な点だ。
「敵の指揮官は慎重な男です。山車櫓に対していきなり主力の騎兵をぶつけることなく、必ず斥候を出してきます。これは、捨て駒ですので、新規参入の食い詰め浪人や山賊崩れの連中でしょう。練度は高くないと思われます」
おそらく、荷馬車や盾を重ねたものを前面に出して、そろそろと接近してくるだろう。山車櫓を城に例えるなら、こいつは移動式の『攻城塔』のようなもの。
陥落させるというよりは、騎兵が自由に動くための火点作りだ。
私は赤いチョークで地図に四角形を書き込む。大岩から百メートルの地点だ。度胸が据わっている相手なら、もっと接近する。だが、自分でも捨て駒と分かっている部隊は無理をしないものだ。
彼らの前進は五十メートルから百メートルが限界だろう。
「ここが、第一の踏ん張りどころだと思ってください。前進してきた部隊を最低でも釘付けにする程度には、猛射を加えなければなりません」
射撃間隔はこの時点で規制緩和していい。
この山車櫓が意外と手ごわいと相手に思わせたいのだ。
「思ったより頑強な抵抗を示す山車櫓に対して、ブルーナン騎兵団は兵力の損耗を防ぐため、騎兵を使って山車櫓の背後を衝く作戦に出るでしょう。山車櫓の位置は、斜面側がいかにも無防備に見えるからです」
地図に、想定される騎兵の襲撃ルートを書き込む。
捨て駒部隊で相手の注意を引きつけ、騎兵が横からぶん殴るのは、戦の常道だ。
「この斜面は赤土です。滑りやすくするなど、騎兵の進行を遅延させる策を講じつつ……」
斜面を平行に走る騎兵のルートの更に上の位置に、青のチョークで丸を描く。
「ここに第一伏兵陣地を置きます。狙いは、斜面で動きが鈍った騎兵。泥濘に守られた斜面上から、騎兵の隊列を側面から叩き、敵の本陣も狙撃します。この時点で、山車櫓の射程距離の規制を撤廃。本陣と騎兵を狙撃します。これで、第一の十字砲火の完成です」
山車櫓からの直線を二百メートル離れた敵の本陣まで伸ばす。斜面上からの伏兵からも直線を伸ばす。本陣と騎兵がその直線の交叉上にあった。
「第一優先は、斜面上の騎兵とします。まず、機動力をつぶしたい」
想定外の反撃に、敵は残りの戦力を唯一無防備な川沿いの平地に向けるはずだ。
街道上には自軍が固まっており、斜面は進めない。騎兵が自由に動ける余地は、川沿いしかない。
「街道上の部隊は釘づけ。斜面上の騎兵も進退窮まり、本陣も遮蔽物の後ろに隠れたまま身動きがとれない状態を作らなけえればなりません。連発銃なら、それが可能です」
彼らは打開策として、残りの騎兵を川沿いの平地に走らせるはずだ。私がブルーナン騎兵団の指揮官ならば、相手の作戦の要が山車櫓であることを見抜く。白兵戦に持ち込めば、勝ち目があることも。
私は、平地側に赤いチョークで線を引いた。
「山車櫓を落そうと、残りの騎兵をこっち側に走らせるでしょう。そこで、第二の伏兵が射撃を開始します」
実はここが一番危うい。銃陣と騎兵が直截殴りあうのだ。山車櫓からの援護射撃があるにせよ、訓練を受けた兵士でも生身で騎兵と対峙するのは恐ろしいものだ。
陣地に接近させないこと。それが肝心だ。
もっと現地をよく観察しないといけない。相手は戦争のプロで、我々は素人なのだから、考えにに考えを重ねてもまだ足りない。




