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シミュレーション

 簡易な砦になる山車櫓は、簡単に陥落しそうでけっこうしぶといという風に演出しなければならない。

 山車櫓は餌だ。敵を足止めし、膠着状態に持ち込むことで『十字砲火』の策が有効になるのだ。

 岩の上の孤塁となる山車櫓だが、斜面の上から雪崩れ込めば、白兵戦になる。白兵戦は避けたいところだ。兵力に絶対の差があるからだ。戦場経験の差も大きい。

「春、ここはどうなる?」

 ラルウの冬は長く雪深い。ナカラでは初夏の日差しが楽しめる頃、やっと雪が融けて春が訪れるのだ。

 雪という天然の障害がなくなった時、冬籠りしていたブルーナン騎兵団が動き出す。

「奴らが進軍してくる頃には、雪は無いだろうな。残念だが」

 ベルズが即答する。私と同じことを考えていたようだ。

 人工的に雪崩を作るなどの策を考えていたが、これはあきらめた方がよさそうだ。斜面が南向きなので、雪は早くに融けてしまう。

「霜はどうだ?」

 今度は、私の質問の意図が分からなかったようで、ベルズが怪訝な顔をする。

「朝夕は冷え込むので霜は降りるが、それがどうした?」

 私はその疑問には答えず、ブーツの先で斜面を蹴った。パラパラと土塊が街道に落ちる。

「赤土だ」

 落ちてきた土塊を指で潰すと、渋い赤茶色の土になった。

 ベルズの顔に理解の色が広がる。

「霜が融けたあとの赤土は、滑る」

 私はそうだと、頷いた。ただし、霜のままだと、それが滑り止めになって、逆効果だ。これが融けないと意味がない。

 つまり、普通の斜面と見せかけて、実は泥濘であるという偽装が必要という事だ。

 つるつる滑る斜面なら、騎兵は上がってこれない。伏兵も安全になるし、山車櫓が迂回攻撃を受けるリスクも下がる。

 大岩の上に立って、戦場となる場所を見渡してみる。

 ここから、斜面に沿って四百メートルほどの直線が主戦場となるだろう。

 斜面上に伏兵。

 岩の上に山車櫓。

 ルベル街道と平行に走るアズ川と街道の間のなだらかな平地にも伏兵。

 敵の進軍に対して、鶴が翼を広げたような陣形が我々だ。極端に人数は少ないが、一応は『鶴翼の陣』ということになろうか。

 街道の道幅はおよそ八メートルほど。野戦は想定していないはずなので、主力の騎兵は二列縦隊で進軍してくるだろう。

 斥候が山車櫓を発見すると、マスケット銃の極大射程である二百メートルの位置で相手は停止する。

 そのうえで、捨て駒である新規参入の食い詰め浪人部隊を前面に押し出して圧力をかけてくるはずだ。今までの彼らの戦いぶりからすると、荷車や盾を連ねて、そろそろと距離を詰めてくることが考えられる。

 そして、彼らは街道上に遮蔽物を作って、山車櫓と射撃戦にもちこむはずだ。そして、機を見て騎兵の突撃。

 我々がマスケット銃しか持っていないなら、二発目の弾籠めの間に肉薄されて、山車櫓は陥落する。

 ただし、我々には伏兵があり、連射出来て射程も長い銃がある。

 我々はマスケット銃を装い、逃げられない距離まで相手に詰めさせ、一気に連射する。

 伏兵も銃撃を加える。三方からの死角のない銃弾の雨。

 ブルーナン騎兵団は、今まで誰も経験したことがない戦法を受けることになる。

 果たして、勝てるか?

 疑問はある。

 『山車櫓は、心折れずに粘れるか?』

 『斜面上の伏兵は、暴発しないか?』

 『背水の陣を敷く伏兵は、怯まないか?』

 『狙撃兵のグレンとリベットはこっちの意図通りに動いてくれるか?』

 こればかりは、やってみないと分からない。どれか一つでも綻べば、我々は負ける。そんな危ういバランスの上に、ラルウは立っているのである。

「厳しいか」

 ぽつりとベルズがつぶやいた。

「厳しいな」

 私が答える。

「だが、やるしかない」

「ああ、やるしかない」



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