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背水の陣

 我々はラルウの秘密の心臓部、隠れ里『イツツ』を辞した。

 細かい火薬の製造方法は、発火の火薬のためにタールを精製すること、硝石はカイコを飼育する際に大量に発生するフンを使用すること、そんな曖昧な情報しか私に漏らさなかったのだが、それだけでもかなり譲歩した結果なのだろう。


 これで、私はラルウから抜けられなくなった。秘密を知りすぎたのだ。

 ゴードリー王は突きつけてきたのである。


 『こっちは、腹をくくったよ。君はどうするんだい?』


 そういうことだ。

 もとより、私にここから逃げ出すという選択肢は無い。

 私は弟と弟が構築した戦術理論の体現者。ここでの実地実験を終えるまでは留まるつもりだ。

 黙々と下山するゴードリー王の背には、苛酷な運命に抗おうとする決意のようなものが滲んでいる。

 姿かたちは全く似ていないが、ゴードリー王と弟は魂の形が似ている様な気がする。もしも、弟がここに来れたのなら、彼は無二の親友をここで得たかもしれない。そんなことを思う。

 弟よ。私は君がいなくなって、悲しくて仕方ない。


 『大岩の曲がり』といわれる場所が、ブルーナン騎兵団の進軍予想ルートであるルベル街道の半ばにある。

 高地にあるラルウへは、まるで山道のようなルベル街道を辿らないと到達できないが、そのルート上の難所の一つがここだ。

 地名の由来は、文字通り大きな岩にある。

 ほぼ円錐の形をした巨大な岩は、山の急斜面にその半身をめり込ませるようにして立っていて、山道はこの岩を避けるように大きく迂回しているのだった。

「山を城壁に例えるなら、出城みたいだろ?」

 この場所を選定したベルズが言う。岩の頂上を整地し、構造物を載せれば、なるほど小さな砦になる。

 私は、ベルズとともに地形を現地調査した。

 雪が積もって地形が見えなくなる前に、この場所を頭に叩き込んでおきたかったのだ。出来れば観測データを元に、立体模型も作りたい。

 商隊の連中が、高低差と距離を測量しているのはそういうわけだ。ここでもスコフィールドの発明が役に立った。

 磁北線に対しての傾き、水平儀による高低差の角度、車輪の回転数による測距、そうしたデータがメモ帳に書き加えられてゆく。

 これを元に、地図を書き起こし、立体図を作るのだ。

 わざわざジオラマを作るのは、より具体的に戦場のイメージを掴んでもらうため。

 私も商隊も小規模な戦場には立ったことはあるが、数百人が激突するような規模の戦場は経験がない。ましてや、本職が職人や農夫や養殖業のラルウの人々は戦場の「せ」の字も知らないのだ。


 現地を見て分かったことは、少人数で迎撃するには最適な場所であるということ。ラルウを本城とするなら、最適の出城だろう。狙撃だけなら、岩の上に何人かを籠らせておけばいい。少人数で大部隊を遅延させる事が出来よう。

 ただし、我々が目指すのは『殲滅』。岩の上に忽然と現れた山車櫓を餌に、『十字砲火』の咢に相手を捉えて、噛みつぶさなければならない。

「伏兵の位置が危うい。それに、斜面を迂回されると、山車櫓が包囲されてしまう」

 そこは工夫するしかない。見たところ、これ以上の迎撃ポイントは無いのだから。

 山車櫓を攻めあぐね、足止めされているところで、一気に銃弾の雨を降らせたいところだ。

 十字砲火は、異なる複数の確度から一点を攻撃する戦法。遮蔽物に隠れようとしても、死角はない。そういう立場に相手を追い込む必要がある。何か、もう一工夫必要ということか。


 山車櫓を囮にすると、山の斜面側に一つ火点がいる。

 もう一つは、その対面に位置しないといけないので、平野側ということになろう。ルベル街道は、山の斜面に沿って走る街道。

 北側は斜面、南側はアズ川となだらかな下り坂だ。南側の火点は文字通り『背水の陣』となる。

「どうしても、南側に陣地が必要かね?」

 サーベルの柄頭を指でコツコツ叩きながら、ベルズが言う。わたしと同じ懸念を抱いているようだ。

「撃退ならともかく、殲滅となると、外せないな」

 戦場の経験のない弱兵に、背水の陣。後詰が無い我々は、どこが崩れても、負け戦となってしまう。

 比較的に安全な布陣が出来る北斜面側の火点も安全というわけではない。

 南側と違って、斜面上から拳下がりに狙撃できる点は有利だが、斜面の傾斜が緩すぎるのだ。

 もう少し急斜面なら、騎兵の心配はないのだが、ブルーナン騎兵団ほどの熟練の騎兵なら、登れる傾斜なのである。

 ここも、安全策を採るなら、もう一工夫が必要になる。

 山車櫓は孤塁であることが必要。落ちそうで落ちないという絶妙なバランスが大事なのだ。だから、斜面を迂回されて白兵戦に持ち込まれるのは避けたい。

 遠距離で殴り合うのと違って、白兵戦は戦場での経験がモノをいう。

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