『弾丸』の発明
ささやかな歓迎の宴の翌朝、私はハーパーに工房を案内してもらった。
現在の銃器の主流であるマスケット銃は、筒先から『火薬』、『銃弾』、『おくり』という順番を装填し、『朔杖』と呼ばれる棒でそれを突き固め、火皿に仕込んだ火薬に火打石が打ち込まれて発火し激発する機構だ。
火薬の性能が良くなり威力と射程は伸びたが、弾丸を発射する仕組みは百年前とさほど変わっていない。
火皿と銃身を一体化させ、それを束ね、回転させることにより連射を可能にしたのが、私が偶然手に入れて弟にプレゼントした『胡椒箱』だ。
胡椒箱の課題は、複数の銃身による本体の重量。重いマスケット銃を数本束にして持っているのと同じなのだ。いかにも重い。
その改良に当たっては、普通は銃本体の形状に注目する。
しかし、稀有な頭脳をもつスコフィールドは、発火と激発という機構自体に注目したのだった。
『火皿に火薬を仕込み、火打石を発火させ、銃身内の火薬を爆発させる』
この機構自体を簡略化できないのかと考えたのだった。
常人とは異なるスコフィールドの脳細胞が導き出した結論は……
『銃身は銃弾の方向性を作り出すことのみに特化し、銃弾自身に発火・爆発・発射というプロセスを行わせる』
……だった。
数多くのマスケット銃を生み出した工業地帯であるアメツチでさえも発想できなかった視点である。
ラルウには、銃製造の歴史は浅い。それゆえの自由な発想なのかもしれなかった。固定観念がないのだ。
狩猟民の火薬製造。スコフィールドの新しい発想。それらが合わさり、試行錯誤のうえ生み出されたのが、
『撃鉄が銃身内に納められた金属の小さな筒の底部を叩くと、その圧力と衝撃で仕込まれた特別な火薬が発火し、爆発のための火薬に引火して、銃弾が発射される』
と、いう全く新しい仕組みだった。
マスケット銃の装填を早くする工夫である『早合』と似ているが、全く違う。『弾丸』と名付けられたその銃弾を発射させる機構は、『胡椒箱』を輪胴式拳銃へと進化させた。
銃身が一つ。弾丸が装填された輪胴が回転してぴたりと銃身に重なり、次々と銃弾が発射させる最新鋭の銃が誕生したのだった。
正確に六分の一回転するカラクリや、連続発射に耐える銃身は、ラルウの優遇政策で集められた職人の技術の残滓で賄うことが出来た。
そして、弾丸の生産は、この工房で、引退した猟師たちが中心となって行っていたのだのだった。
「以前は、発火のプロセスは燐と粉末状の火打石だったんだけど、今は、タールから抽出される結晶状の物質を使っているよ。おかげで、暴発も不発もほとんどなくなった」
『雷管』と名付けられた、発火を司る部位に金属製の筒を被せ、そこに爆発用の火薬を詰める。銃弾で蓋をして金属の筒を変形させれば、弾丸の完成だ。
弾丸も進化を続けていて、今は球状の銃弾だが、まるで椎の実のような円錐形の銃弾に代わってゆくよていなのだという。
スコフィールドが、ゴードリー王に交渉をもちかけていたのは、これに関連する『施条』という銃腔内部の刻み目の正式採用だった。
私はハーパーの指示に従い、ブーツをフェルトで包んだ。
静電気や摩擦の火花で火薬に引火することを防ぐためらしい。
工房内部では、老人たちが慎重に火薬の分量を量り、調合し、弾丸に詰める作業をしている。
なるほど、彼らは火薬を扱いなれており、老人なので慎重だ。この職場には向いているのかもしれない。
そして、ここでの作業は現金収入につながり、村落を支える力の一つになっているという誇りが、彼らを矍鑠とさせているようだった。
もし、この工房がなければ、口減らしのために捨てられていたかもしれない彼らだ。新しい人生を歩んでいる気分だろう。人間には生きがいが必要だ。
長い冬の間、なるべく実戦に近い訓練を行う必要がある。
ベルズの商隊を除く、ほとんどのラルウ住民は実戦の経験がない。今更、普通の軍隊に施すような訓練を行っても、間に合うことはないだろう。
だから、今回の局地戦に特化した演習を繰り返すしかない。
山車櫓に籠る班、伏兵として奇襲をかける班、二つに分けて演習を行う。
連発銃は弱兵が強敵に勝つための道具。個々の戦闘力の高さではなく、訓練通りに銃弾をばら撒くことが出来るかどうかが問題になる。




