狙撃兵
ハーパーが、彼らを我々に引き合わせたのは、狙撃の名手揃いの猟師のなかでも、トップクラスの実力を彼らが持っているからだ。
グレンとリベットは、ラルウで作られた特注品の狙撃銃を持っていた。
その銃は、通常の長銃の二倍近い銃身で、使用する弾丸も火薬を五割増しした特別なものだ。
なおかつ、ラルウでも最新の技術である銃腔内に螺旋状の溝を掘り、発射される銃弾に回転を与えて直進性を増す『施条』という未知の技術が使われたものだった。
有効射程距離は、四百メートルというから、俄かには信じがたい。
彼らが言うには、その距離で頭に乗せたリンゴを撃ち抜くことが出来るそうだ。
熟練のマスケット銃士で、極大射程が二百メートルに満たないことを考えれば、常識外の代物だ。
来年、ブルーナン騎兵団との戦端が開かれる場合、ハーパーは彼らを助っ人として派遣する予定だと言っている。想定外の距離からの狙撃兵。それも考慮に入れて、戦略を練る事が出来る。
二人は、四百メートル以内にいれば、誰でも撃つことが出来ると豪語している。
戦場では、一人の狙撃手によって流れが変わることがある。
ブルーナン騎兵団のように、屈強なリーダーによって統率されている集団は、与えられた任務は着実にこなすが、自ら判断して動くことに慣れていない。ましてや、急に所帯が増えた寄合いだ。おそらく、団長は古くからの仲間しか信用していないだろう。
それが、集団運用を前提とした軍隊と傭兵の違いである。集団より個人。命あっての物ダネ。傭兵団が防戦でからっきしなのはそれが原因である。負け戦となれば、仲間内で固まってわれ先にと逃げ出してしまうのだ。
それゆえ、ブルーナン騎兵団を崩すのは、狙撃兵だと思っていた。主だった指揮官をつぶせば、必ず現場は混乱する。
これから、ベルズの商隊から狙撃兵を選抜しようと思っていたが、期せずして人選がかなった。
幸先がいい。これから、ありったけの幸運が必要なラルウにとって、良い傾向だ。
グレンとリベットは、私の指揮下に入らなくていいという話に胸をなでおろしていた。
彼らは『狙撃』という技術を誇る一種の職人だ。あれこれ余計な口出しをされるのを嫌う。
そもそも、彼らの使いどころは、狙撃ポイントに潜み、部隊を指揮する士官を撃つこと。
それも、混乱を引き起こす最高のタイミングで行わななければならない。
その機とは、我々とブルーナン騎兵団との戦端が開かれた瞬間。軍事行動が動き出し、容易に方向転換が出来ない一瞬だ。
私は、彼らの自由裁量に任せると言った。
技術を誇りとする彼らにとって、自由にしていいというのは、最高の褒め言葉であることを、私はラルウに来た短期間で理解していた。
「銃は手で支えるのでは無く、骨で支えるんだ」
木の実とジャガイモで作った、酸っぱい味の蒸留酒を飲みながらグレンが言う。
ささやかな夕食の時間、われわれはすっかり打ち解けていた。
手元の僅か一ミリの誤差が、四百メートル先では何メートルにもなるらしい。つまり、呼吸や脈動の小さな動きも計算に入れなければならないということ。
その誤差を極力小さくするのが、いい射手の条件なのだという。
「風の向きも大事だ」
グレンに負けじと、リベットも会話に加わってくる。
標的までのどこかの場所に、布きれなどを結び付けるなどをして、風の向きを知ることで命中精度はぐっと変わってくるらしい。
こうした、新しい技術を持つ彼らとの雑談も無駄にはならない。
狙撃という私にとって未知の技術を理解しなければ、戦術に狙撃を組み込むことが出来ないのだから。
弟の戦術書の余白に書き加えることが出来たのがうれしい。
現時点では、三百メートル以上の射程をもつ銃の存在が認められなかったので、戦術書の『狙撃兵の運用』の章に修正を加えなければならない。
もし、弟がここにいたなら、嬉々としてその部分を書き直していただろう。
私は、弟の魂に導かれてここに来た。
私は、弟の魂の憑代だ。
狙撃に関する薀蓄は、なによりのごちそうになる。
ゴードリー王は、山車櫓を使った奇策の話をハーパーとしていた。
そういえば、表向きの用件は、この神殿に山車櫓の使用許可を貰う事だった。
ハーパーは言動や外見からわかるように、戦士だ。
ラルウが戦うと聞いて、それに加わりたくて仕方がないという様子だった。
だから、「後詰のお前が、持ち場から離れてどうするんだ?」と、ゴードリー王にたしなめられて、叱られた子供のようにふくれていた。




