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手荒い歓迎

 接近者を監視する仕組みでもあるのか、この小集落に足を踏み入れると同時に、男が待ちかねたように質素な神殿から顔を出した。

 私は勝手にここの神官は枝の様に痩せた修道士を想像していたのだが、ゴードリー王に劣らぬ堂々とした偉丈夫だった。

「銃弾の搬入は一ヶ月も先だろうが」

 神官の服装はしていたが、戦士の体格だった。それに若い。おそらくゴードリー王と同年代だろう。

 ゴードリー王が連れている私のことは、気になるだろうが問いもしない。

 ただし、油断なく目の端に私を捉えていることは分かった。

「いよいよ、戦だ」

 端的なゴードリー王の言い草に、男は肩をすくめた。

 驚かないところをみると、彼もまたゴードリー王とともに密かに戦の準備をしていた一派だろう。

「火薬は、他に売った方が金になるんだがね」

 戦は大量に火薬を消費する。市場価格より多少安く設定すれば大量に購入するところはあるだろう。

 ただし、火薬利権に巣食うダニどもが黙っていない。軍部と癒着しているタチの悪い連中だ。

火薬の商いが難しいのは、それが原因なのである。

 そして、銃砲技術の発達を阻害しているのも彼らということになる。火薬がなければ、銃など単なる鉄の筒だ。

「まぁ、しばらくは、儲けは度外視だな。演習に実弾を使いたいから、手筈通り増産体制を敷いてくれ」

 淡々とゴードリー王が言う。男が、無精髭が生えた顎を撫でた。ザリザリと紙やすりを擦ったような音がする。

「ここに、逃げ込む羽目になりそうか?」

 この男も、淡々とした口調だった。二人は、今日の様な事態を何度も話していたのだろう。

「正直に言うと、わからん。だが、そうならないために雇ったのが、彼さ」

 ゴードリー王が私に視線を走らせる。

 男は、やっとまともに私を見た。野生を押し殺した獣。そんな眼をしていた。

「よそ者じゃねぇか」

 意外なことに、自分から視線を外しそんな事を、男はつぶやいた。

 同時に、男の右手が霞んだ。

 出し抜けに突き上げてきた、男の右手を重ねた掌を受け止められたのは、長い用心棒稼業で鍛えた反射神経と、常軌を逸した『闇試合』で身に着けた勘働きによるものだ。

 ズシンと、骨まで痺れるような重い一撃。

 まともに顎にくらったら、一生お粥しか食べられなくなるところだった。

 熱風。

右の頬に。

 私は反射的に膝を曲げて、上体を折った。

 今まで私の頭部があった空間を、男の左拳が薙ぐ。

 下を向いた私の目線に、グンっと膝が迫っていた。

 私は上体を折り下を向いたまま、海老の様に後ろに跳ぶ。

 予想通り、私の後頭部目がけて、右肘が打ち下ろされようとしていて、『後ろに下がる』以外の選択肢を選んでいたなら、膝と肘に挟まれて私の頭は熟柿の様につぶされていた。

「もうよせ」

 悪戯をする弟を窘める兄の様な口調で、ゴードリー王が言う。

 一歩前に出ようとしていた男の足が止まる。

「腕試しをしないと、相手を判断できないという考えの持ち主なのだよ、こいつは。まぁ、荒っぽい歓迎と理解してくれると助かるんだがね」

 これは、私に向けて言ったゴードリー王の言葉だ。私は頷き、差し出されたゴードリー王の手に、小型の山刀を柄を向けて乗せる。

 男は、その山刀を見て、自分の腰に差してある鞘に手を走らせた。そこに触れるべき山刀の柄はなかった。

 彼から跳び下がる時に、鞘から抜いて私の袖口に隠したのだから。

「次、お前が仕掛けたら、刺されていたぞ。この人は、怖い人なのだよ。気をつけろよ」

 あの、一瞬のやりとりで、私が山刀を抜き取ったのを見ていたゴードリー王の方が、よっぽど怖いと思うがね。

 ゴードリー王が、ひょいと山刀を投げる。

 回転する山刀の柄を無造作に掴み取って、男が鞘に滑り込ませた。

「腕は、まぁまぁだな。俺はハーパーってんだ。よろしくな」

 悔しそうな顔を繕いもせず、ハーパーと名乗った男が手を差し出してくる。あけっぴろげだが、乱暴な男。それがハーパーだった。

 握手をする。この新しい習慣には、未だに慣れない。

「ブランドック・ダーハ。軍事顧問の真似事をしています」


 ラルウの伏せられたカードである、隠れ里『イツツ』の住民は、怪我や高齢により山道を往けなくなった猟師や女性・子供といった構成だ。

 山賊すら足を向けない禁足地に擬装されたこの里は、山に暮らす人々にとって一種の安全地帯であった。

 屈強なハーパーを中心としたこの里の護衛は、表向き神官ということになっており、その人数は常に十名程度。ただし、専属はハーパー一人で、残りは輪番ということになっているそうだ。

 護衛に選抜される者は腕っこきに狙撃手で、ラルウで作られた最新鋭の狙撃銃で武装している。

 ハーパーが我々に引き合わせたのは、その狙撃手のうちの二人だった。

 見分けがつかないほど良く似た双子の兄弟で、兄の方がグレン、弟の方がリベットという名前だそうだ。

 年齢はかなり若い。ゴードリー王より、さらに二、三歳ほど下だろうか。青年になりかけの少年。そんな印象を受ける。

 よそ者である私が珍しいのか、好奇心に満ちた視線を向けてくる。ゴードリー王の手前、遠慮しているのか、何も言わないが。

 彼らは山に暮らす者特有の、渋のような色の日焼けをしていて、くりくりとよく動く目に気が付かないと表情が読みにくく、不愛想に見える。この日焼けは、雪の白さに陽光が反射して、天地両方から炙られた結果だという。

 日焼けと言えば夏を連想するが、雪深いラルウでは冬も日焼けするのである。こうしたことは、現地に来てみないとわからないものだ。弟がここに来れば、きっと私にこのことを手紙に書いただろう。



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