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隠れ里 『イツツ』

 狩猟民の生活は厳しい。山野を動き回るのが仕事なので、老人などの足腰がきかなくなった者の居場所はないのだ。

 経験を生かして老練な狩猟を伝授するのもせいぜい五十代が限界で、古くない昔、『姥捨て』の習慣すらあったと聞く。

 しかし、ラルウのような取引先を見つけることが出来れば、狩猟に出られなくなった者でも火薬製造という生業で生きてゆくことが出来るのだ。

 また、ラルウから最新鋭の銃を入手出来るので、狩りの効率も上がる。

 一方ラルウでも、安価で火薬が手に入るというメリットがあった。

 狩猟民側は効率がいい狩りのための銃、『姥捨て』などの弱者切り捨てされるはずの者の雇用促進による経済の安定というメリットがあった。

 ラルウは、安価で安定した火薬の供給を受ける。

 つまり、狩猟民とラルウは共利共生の関係が出来ているというわけだ。

「硝石は自然に出来るものもあるけど、人工的に作れるんだよ。その製法は、私も詳しくはしらないけどね」

 これは、ウソだ。人のいい笑顔で隠しているが、ゴードリー王は硝石の製造に深くかかわっているはずだ。火薬は銃砲の要。他者にまかせっきりのはずはない。

 硝石は高価だが、難しい商品だ。火薬の原料になることから、輸入・輸出が厳しく制限されている、いわゆる『禁制品』である。

 直接売れば荒稼ぎできそうだが、ゼニの匂いがすると必ず嗅ぎ付ける輩が出てくる。細々と麻薬の原料になる植物を育てていた寒村が、まるごとマフィアの支配地になり、住民が奴隷のように働かされているという例もある。

 だから、高値で取引される硝石に目をつけられないようそこを神域に偽装し、世間から慎重に隠していたというのが、カラクリだろう。

 硝石を生産する側からしても、太く短く稼ぐより、ラルウを通じて細く長く稼いだ方が、最終的には良いと判断したものと思われる。

「このあたりには、顔が崩れるという病があってね、感染力はとても低いのだけど罹病者は忌避される習慣がね……」

 この病気は、風土病のようなものと聞く。人間には、先祖の性質を記憶する物質が体内にあって、記憶を子孫に継承するという学説があるのだが、病気の記憶も継承するらしいと言われていた。

「……で、神域とその病の療養所がそこにあるということにしたのさ。人を寄せ付けないための二重の心理的障壁だね」

 この病気を発症する家系は『病み筋』と言われて忌避され、結婚すらできない。

 そうした被差別民は村から隔離されて一ヶ所に集められていた。

 それを、便宜的に『療養所』と呼称するのだ。

 秘匿された火薬工場。それが、ラルウの伏せられたカードだった。秘中の秘。ラルウ再生の心臓部ともいえる部分がこれだ。

 私は、このカードも戦略の中に組み込んでいかなければならない。

 気持ちのいい尾根道から、谷底へと続く獣道に入ってゆく。

 それが、ラルウの隠れ里『イツツ』の入り口だった。


 遥か昔、年にほんの僅かな距離を流れる『氷で出来た川』があったそうだ。

 気が遠くなるような年月をかけて、その氷の川は溶けてなくなった。

 今は、ラルウ山山頂付近の、一年中溶けない氷にその名残を残すのみだ。

 氷の川が作った地形は大抵、巨大な鑿で乱暴に削ったような深い渓谷になる。

 ラルウの隠れ里『イツツ』は、その渓谷にへばりつくようにして、ひっそりと佇んでいた。

 里へは木道が作られていたが、そこには立札が立てられていた。


 『この先には、業病を患う者が神域にて静かに最後の時を過ごす場所がある。その静謐を破ることなかれ。もし、破ればラルウ山の神の罰が下るであろう』


 そんな内容の文言がそこには書かれていた。

 もちろん、これは火薬工場の存在を秘匿するための偽装だ。

 私は信心深い方ではない。業病などといった差別まがいのことも信じていない。これが、偽装であることも予め知っている。

 それでいて、何かここに足を踏み入れるのをためらわせるのは、


「神仏は敬して近づかず」


 という、私の剣の師匠の信条が私にも身についているからだろうか。

「めんどくせぇのには、近付かねぇこった」

 師匠の酒やけした声を思い出す。泥酔しているところを、ヤクザ者に刺されて死んだ男だった。

「俺は、ここの住民じゃないんだ。かえりてぇ、かえりてぇ」

 酔うとそんなことを言って、べそべそ泣いていた。

 思えば、私も遠くに来た。その遠くの場所で、戦争の手段を考えている。

 人生とは数奇なものだ。


「昔、ここは本当に山岳信仰の神域だったんだ。小さいけど神殿もある。当時、神官は一種の知識人で、医者も兼ねていたので、あの立札の文言には真実味があるんだよ。巧みな偽装は六割の『実』と四割の『虚』だろ?」

 そんな事をしゃべりなが、軽い足取りでゴードリー王が歩いてゆく。

 木道は溶けた氷の川の水が今もじくじくと染み出す湿地帯を通り、谷底に至る木製の階段に変わる。

 苔がびっしりとこびりついていて、つるつる滑る急な階段を私はおっかなびっくり降りて行く。

 足を滑らせたら、谷底まで転げ落ちてしまうだろう。

 滑落の危機におびえながら、高度を下げて行く。

 薄暗い谷底には二十戸あまりの集落になっていて、その中心に質素な神殿があった。

 ここでは、神官が村長を兼ねているそうだ。

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