火薬
「あはは……、正直だなぁ。利用しているのを認めるか。そのうえで、利害の一致を理由に組む。そういうことだね?」
来襲が確定している凶暴な傭兵たち。避難すれば命は助かるが、二度とラルウは立ち上がれない。これは確定事項だ。
戦うことを選べば、勝ちの目はゼロではないが、負ければ即滅亡だ。
その究極の選択で、ラルウは戦うことを選んだ。
「私は、連発銃を前提とした戦術が、通用するかどうかを知りたい。そして、ここには私の予想を超えた高性能の連発銃がある。しかし、その集団運用を考えていなかった。一方、私は空想上の連発銃ではありますが、その運用を考え続けていた経緯があります。そして、今、否応なしの脅威が迫っています。正攻法では、まず勝てない相手です。私とあなた方。互いを利用しているのであっても、共同で立ち向かわないといけません。その策は……」
私は言葉を切り、自分の頭を指差す。
「……ここにしかありません」
物事を、商取引に投影させて考えるベルズは、この取引を黒字と弾いた。
この、若き王はどう見る?
「戦うと決めた時から、もう選択肢はないよ。私は君の覚悟のほどを確かめたかった」
ゴードリー王は、それほど力を込めたとも思えない仕草で、太い枝を爪楊枝の様に折り、投げ捨てた。
「勝てるかね?」
普段の、愛嬌ある笑みに戻って、ゴードリー王が言った。
「負けを前提に策を立てません」
私は、ズルい答えかたをした。なぜなら、最終的にラルウは……
「うん。そうだね。戦い続ければ、我々はいつか負ける。早い段階でね」
ゴードリー王は、やはり私と同じことを考えていたようだ。
我々の真の敵はブルーナン騎士団ではない。北部辺境の覇者となるはずの、ウルフェン王国なのだ。
今、内戦で分裂しているとはいえ、本来は動員兵力は正規軍だけで三万人、予備役まで投入すれば更に六万人の兵力増加が見込まれる。総人口わずか千五百人のラルウとは比較にならない。
「ラルウと運命をともにするのなら、軍師殿には頼みたいことがある」
ゴードリー王の強い目線が、私の目線とからまる。
「併呑を狙う大国から、独立を保つ方法の確立。出来れば、属国ではなく、同盟国という立場をとりたい」
これは、難題中の難題だ。
ラルウのような寒村集落程度の規模の国家を、百万都市コイリョールリテを首都とするウルフェンが対等に見てくれるはずがない。
「今は、思いつきません。かなり、難しいと思います」
弟の戦術書にも、外交の章はない。もはや、外交まで含むと、戦術ではなく戦略だ。それはそれで別の才能が必要なのだ。
私の正直な感想に、ゴードリー王が苦笑を浮かべる。
「まだ、ウルフェンの内乱は続くだろうし、今すぐ回答を出す必要はないよ。まずは、我々が隠し持っているカードを開陳しよう」
小休止は終わり、ゴードリー王が歩き始めた。
「今から案内する神域と隠れ里は、私が作ったものだ。理由は、火薬作成のコストを軽減するため。それと、いざという時の避難場所にするため。いずれ火薬は砂金並みとまではいかないけど、かなり価値が出るからね」
急な山道を息一つ切らさずに、私に説明をしながらゴードリー王が高度を稼いでゆく。
私は、十五分ほどで、返事すらできないほど息が上がってしまっていた。
ゴードリー王に送れずに歩いているのは、意地のようなものだ。
「火薬を輸入すると、高くつく。だから、ズリから鉄鋼を取り出したように、自分たちで火薬を作ろうと思ったのさ。せっかく作った銃も、火薬が無いとただの鋼鉄の筒だからね」
山岳地帯であるラルウでは、火薬の材料である燐や炭は簡単に用意できるだろう。問題は硝石だ。天然で硝石を産出するのは、ナカラ南部のアメツチという地方だけ。
銃砲の普及により価値は数十倍に膨れ上がり、火薬を容易に作らせないために、輸出規制までされている。
それを潜り抜けた品は非合法組織を経由しているのでかなり高額で、とてもじゃないが、ラルウには手が出せない。
「なので、硝石を作ることにしたのさ。ラルウ山には狩猟で生活を立てるマタギの衆がいて、銃や火薬を自作していたんだよ。自作と言っても、自分で使う分の少量の火薬だけど、これを大規模プラント化したわけ」
金鉱が枯れた時、生き残りのため、余力があるうちに様々な試みが行われたはずだ。それが、ようやく結実しつつある。
咲きかけの花。それがラルウだった。今、摘み取られるわけにはいかない。
ゴードリー王やベルズの願いの根源はここで、アプローチに方法が異なるだけで、ボウモアも同じ思いを抱いているのだ。
「火薬作成のノウハウと新式長銃の交換。このマタギ衆とは、技術協力といった関係にあるんだよ」




