山中での対話
傭兵団と戦うことを決めた会議の翌日、夜明けと同時にベルズと彼の商隊の斥候員であるローゼスが、バベル街道の下見に出かけるのを、ゴードリー王と見送った。
彼らには、伏兵に向いた地形の条件を伝えてある。いくつか、条件に合致するポイントを見つけて、帰ってきてくれるはずだ。
ゴードリー王は、ボウモアと約束したとおり、神域へ山車櫓の使用許可を貰いにいかなければならないのだが、それに私を同行させると言った。
これについては、私をラルウに招き入れ、抗戦のための切り札に使おうとしたベルズですら難色を示した。
ボウモアに至っては、断固反対の態度だった。
それを、強引に説得したのはゴードリー王だ。それで、ゴードリー王と私の二人で山に入ることになったのである。
ベルズやボウモアが、私を神域に導くことに関して、難色を示した理由は、なんとなく見当がつく。
銃の生産によって活路を見出そうとするラルウにとって、決定的に欠けているものがあるのだ。
鋼の鍛造技術、銃を作動させる機構の細工などが、銃の本体にかかわる事ならば、銃を銃たらしめるもの、そう『銃弾』に関する施設がラルウにはないのである。そして、火薬の調合を行う工房もない。
なにより、ラルウの経済状況で、高価な『硝石』を輸入できるはずがないのである。
そこから、導き出される結論は一つ。ラルウには、七つの工房の他に、秘密の工房があるのだ。
平時は、何らかの手段で手に入れた硝石を使って火薬を調合し、銃弾を作る。そして、今回のような非常事態の際には、隠れ里として使用する秘密の場所があるのだ。
山の奥にこれを作れば、山に慣れた者しか入ることが出来ない。
峻嶮な地形は大部隊を寄せ付ける事はない。
神域であるということにすれば、山に分け入る猟師すら入ってこない。
なるほど、秘密の工房や隠れ里を作るには、山奥の神域というのは、うってつけだ。
ラルウの北斜面には簡単な柵ががあり、それが国境線という事らしい。牧場の境界線でも、これより立派な柵がつくられそうなものだが、大人一人がやっと通れるだけの山道が一本あるだけで、あとは切り立った崖とガレ場だけなので、これで充分なのだろう。
山を遊び場で育ったゴードリーは、長いい脚と力強いストライドで、ぐいぐいと高度を稼いでゆく。
私は、彼に遅れないようにするのが精一杯だった。景色を見る余裕などなかった。
小一時間登り続けて、やっと小休止になったとき、豆粒のように小さくなったラルウの町が見えた。
リュウコツ山脈の、山々の連なり。
突き抜けるような紺碧の空。
昔のおとぎ話に出てくる小さな村落のような小さなラルウ。
弟が、この紺碧の空に焦がれ、果たせなかった場所。
私は今ここに立っている。
もっとよく景色を見ようと、崖に身を乗り出したその時、木の枝をへし折る音に私は凍りついた。
ゴードリーが音もなく私の背後に回っており、身の丈ほどもある大ぶりな枝を手に立っていたのだ。
「あなたとは、二人きりで話したかった」
山道を歩く彼の姿を見て、彼が巨漢であるにもかかわらず、全身がバネのように俊敏であることを理解している。
もしも、彼が手にした枝で槍のように突けば私は千尋の谷に落下することになる。
習慣で、腰間のランリョウ刀に手を伸ばそうとして、山道には不要だからといって、宿舎に置いてきたことを思い出す。
ブーツの中に、ナイフが隠してあるが、おそらく取り出すヒマはないだろう。
「私は王として、ラルウの人々を守る義務がある。だから、ラルウの秘密を暴露する前に、君に確かめておきたいことがあるんだよ」
場合によっては、殺す。
彼の眼は、そう言っていた。
大人の腕ほどもある生木を一瞬で折る膂力。
大男にあるまじき身の軽さ。
私が立っている場所の不利さ。
加えて、私は地形にも疎い。
まさに進退窮まった状態だった。私をここに連れてくるというのは、こうした状況を作るためだったのかもしれない。
すこし、この若い王を侮っていた。
私に出来るのは、覚悟を決める事。ここで落命するなら、私は弟の魂の憑代として失格だったということになる。ただ、それだけだ。
「君のことは、戦を題材とした学究の徒だと思っている。まだ、拝見していないけど、素晴らしい戦術書もお持ちだとか。そこで、質問なのだけど、君は我々を実験のモルモットか何かだと思っているんじゃないだろうね?」
おそらく、ベルズから断片的に私の事は聞いているだろう。そんな少ない情報で、そこまで私の本質を見抜くとは、なかなか侮れない。
王とはいえ、辛苦をなめている。ただのお坊ちゃんではないということか。
「お言葉を返すようですが、軍師とは人命を掛金に博打を打つ賭博者の側面があります。戦に絶対はありません。戦争とはリスクそのものです」
リスクとメリット両方をはかりにかけ、最良と思える方針を提案するのが軍師の役割だ。
「王のご懸念のとおり、私は自らの理論の立証のため、ラルウを利用しています。しかし、それがラルウを救う途でもあると私は信じています」
ベルズあたりは、私がラルウを利用することを知っている。知っていて、彼はあえて私というカードに賭けたのだ。




