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軍師 主戦論に持ち込む

 私は、円卓を戦場に見立て、石板に文字を書くチョークを舞台に見立てて、説明を試みた。

 白いチョークでおおまかな図形を描く。

 大きくカーブした街道。

 片側が岸壁。片側がなだらかな平地。山道を切り開いて作った、この地域の街道に多い地形だ。

 街道に沿って、赤いチョークを三つ並べる。

「赤いチョークは、ブルーナン騎士団の歩兵を中心とした三百名の先遣隊。食い詰め浪人や、新規に参加した連中が、ここに所属します。先行させて安全かどうか確認させるわけですね。その後に……」

 私は黄色いチョークを二つ並べた。

「ブルーナン騎士団の中核となる、もともとのメンバー、騎兵二百騎。過去の例からしますと、これに輜重を加えた隊列を作り、進軍してくることが多いようです」

 街道から外れた斜面の上、カーブに差し掛かる手間に、白いチョークを置く。そして、街道を挟んで反対側の平野部分に、もう一つ白いチョークを置いた。

「この白いチョークが我々です。場所はこれから選定しますが、理想はこうした地形というわけです」

 まったくありえない地形というわけではない。探せばきっとあるはずだ。

「まず、傾斜の上に位置した部隊が、伸びきった敵の横腹に銃撃を加えます。相手が布陣してからでは不利になるので、伏兵しての奇襲攻撃になります。敵は分散して、斜面の下の遮蔽物に隠れるでしょう」

 赤いチョークを三つに折って、街道の斜面の下に分散して置く。

「これが、餌です。斜面での騎兵の運用は、機動力が低下するので、赤いチョークと斜面の上の白いチョークが膠着状態になっている隙に……」

 私は黄色いチョーク二本を、カーブを迂回するルートで動かす。それは、平地側の伏兵の目の前を通る。

「……騎兵は平野側を迂回して、斜面上にいる我々の部隊を挟撃しようとするでしょう。ここで、平野側の伏兵が、騎兵の側面を叩きます。ここ一年の騒乱で、野戦を仕掛けてきた国はありません。敵は必ず混乱します。ここからの射線はこう……」

 斜面上から、街道側に直線を何本も引く。

「……そして、平野側の射線はこうなります」

 平野側からの射線を街道に向けて引く。

 斜面側、平野側の射線が交叉する場所。そこがカーブの手前。敵兵が釘付けにされる場所だ。

「これが『十字砲火』と呼ばれる戦法です。連続射撃と長い射程。この二つの利点があってこそ、有効に効果を発揮する戦法なのです」

 これは、伏兵による基本的な手段だ。

 ただし、弓や槍、軽装の歩兵による奇襲側面攻撃なのだが、槍を抱えて歩兵が突っ込む代わりに、銃弾を絶え間なく送り込むという点が異なる。

 陣地に踏み込まれ、白兵戦にさえならなければ、兵力の差は連発銃で埋めることが出来るはずだった。

 ここで、ゴードリー王の手が挙がった。

 講師役の私が、ゴードリー王を差す。

「今聞いた戦法だと、敵が一ヶ所に固まるのが前提になっていますね。相手が『長蛇の陣』で移動してきたらどうするおつもりで?」

 移動中の部隊が、敵襲を予測している場合、一列縦隊ではなく、わざとジグザグに隊列をつくり、部隊間の間隔を大きくとることがある。

 この陣形は、伏兵からの一斉掃射があった場合のダメージを最小限に抑える効果がある。大部隊が襲撃して来た場合は、各個撃破されてしまう危険があるが、敵が寡兵であるとわかっている場合は実に有効だ。

 少数の伏兵だった場合、被害を受けなかった遠い位置の部隊が、作戦行動に移ることが出来、少数側は結局は、擂り潰されてしまうのだ。

「はい、検討段階にあると申し上げたのは、まさにこの点であります。敵の部隊を自然に足止めさせるための『策』が必要なのですが、現時点では下見も行っていない状態ので、見当もつきません」

 その時、「一夜城」とつぶやいたのは、スコフィールドだった。

 私を含め、何を言い出したのかとあっけにとられる一同を尻目に、スコフィールドは円卓上に描かれた戦場に、白いチョークを乗せる。

 カーブの先端のところだ。

「その、なんとか騎士団が戦慣れしてるなら、当然斥候を出すよね。斥候が安全を確認した後に、突然砦が出来ていたら。びっくりするんじゃない?」

 忽然と砦が出現したら、それは驚くだろう。斥候が安全を確認した後ならば、そのまま本隊は進軍してくるわけだし、小規模ながら攻城戦の様相になる。

「街道の真ん中に砦があるの。避けて通れないから、必ず排除しようとするよね? そしたら、必然的に敵を釘づけ出来るよ」

 それだけ言うと、スコフィールドは私の顔を見る。あとは、君の役目だよと言わんばかりに。

「たしかに、斥候が引き返してからの短い時間に築城できる名なら、いい餌になりますね。可能ですか?」

 スコフィールドが、壁に貼りだした地図の余白に簡単な図形を描く。それは、車輪がついた祭りで使うような山車だった。

「そうか! 山車櫓か!」

 ベルズがひはたと膝をうつ。スコフィールドがうなづいた。

 このほくぶ辺境では、収穫祭等の時に花で飾られた山車がが町をめぐる。その山車は神殿や町の広場に到着すると、車輪を折りたたまれて今度は櫓になり、笛や太鼓の奏者がそこに昇るようになっているのだ。

 その山車櫓に、奏者のかわりに銃兵こ登らせ、防弾板などの装甲を施せば臨時の砦になるのではないかと、スコフィールドは言っていたのだった。

 なるほど『櫓』の語源は『矢倉』だ。矢倉とは弓兵が籠って高い位置から狙撃するための建造物の事を差す。これに車輪がついた矢倉は『攻城塔』と呼ばれ、城攻めの際に城壁近くまで移動して守備兵を狙撃したりする。

「バカな! あれは『御神体』だぞ!」

 顔色を赤くしたり青くしたりして、ボウモアが喚く。昔から、職人は縁起をかつぐものだ。御神体を砦に改造して矢弾に晒すなど、思慮の遥か外なのだろう。

「この一戦で負ければ、その御神体も焼かれてしまうよ。我々の守護神ならば、我々を守る砦になるのは神意に沿ってるんじゃないのかなぁ?」

 普段苦手なボウモアを動揺させたのが嬉しかったのか、スコフィールドが珍しくいいつのる。怖い顔でボウモアが睨みつけても、怯まなかった。

「あの山車櫓は、ラルウの山神様が我々の所にお出ましになる際の乗り物だ。それを、山を守る聖戦に使用できるよう、神官にお伺いを立てる。それでいいか?」

 言い争いになる前に、ゴードリー王がとりなすように言う。

 この時のコトバガ、この会議の流れを変えた。

 ボウモアは、この地域そのものに忠誠を誓っているのだ。

 多くのベテラン職人が散逸するなか、ここに踏みとどまったのは、ボウモアの鍛冶の技術を認め、尊重してくれたラルウという土地と人々への恩返しがしたいからなのだ。

 配下の職人は、彼の愛する息子たちだ。

 彼らに伝える技術は、彼のかけがえの無い財産だ。

 彼は、ラルウのすべてが愛しいのである。

 だから、安全策を主張する。誰も傷つけたくなないから。

 決して臆病風に吹かれているわけではないのだ。

 そして、古風な職人であるボウモアには信心深いという側面がある。人を殺めることが出来る刀剣や鉄砲を作る職人にはそういった傾向があることを、私は失念していた。だから、説得のシナリオには組み込んでいない。

 私は、理屈だけでボウモアを説得しようとしていたのだった。なぜ、彼が頑な態度なのか、その本質を見ようとしなかったのだ。

 ゴードリーは、ボウモアの心が揺れた瞬間を狙って『地域を守る聖戦』という言葉使った。絶妙のタイミングで、心理の隙をついたのだ。


 一夜城か……。

 たしかに悪くない策だ。

 自分が相手の指揮官なら、忽然と現れた砦をどう見る?

 罠と見るか? 単なる遅延策と見るか? 一気に踏みつぶすなら、どのように部隊を動かす? 

 会議は、いつの間にか具体的にどこで迎撃するかといった議題に移っている。

 周辺の地形に詳しいベルズが、地図の作成者であるスコフィールドと、地形の分析をしていた。

 経理に明るいスプリングバンクが、用意できる新式銃の在庫チェックと、事業停止による損失の計算をしている。

 ふと、視線を感じて横を見ると、ゴードリー王が私を見ていた。

 彼の、男くさい唇にはイタズラを成功させた悪童の笑みが浮かんでいる。

 無邪気さと鋭い観察力、そして探究心と好奇心が同居する、この若き王には、人を引き付ける磁力のようなものがあり、私はそれに取り込まれつつあるのを感じていた。

 この時、私は、私のエゴでラルウの人々を利用し、実験材料にしようとしていることを忘れていた。

 

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