軍師 説得に奮闘する
「私が連発銃を使用した戦術を構築する際のポイントにしたのは、陸上戦の主役となる騎兵です」
戦場の華は、やはり騎兵だ。その機動力と突破力で相手の陣形を崩し、その後、歩兵が制圧するというのが、基本的な野戦の流れである。
特に、山岳地域を除くエリアに平坦な場所が多い、ここ北の辺境にあっては、騎馬が生活に密着していることもあり、騎兵の使い方にたけている。
私の弟が、この北の辺境で仮想敵にしていたのも、騎兵だった。
「古来より、騎兵に対抗しうるのは、堅陣を敷いた槍兵でした。狼に襲われた野牛の群れが、雌や子供の個体を守るように方円陣を敷き、外側に角を突きだすのと同じです」
狼の群れを引き合いに出したのは、わざとだ。ウルフェンの民は『草原の狼の子孫』を標榜している。
ウルフェン王国こそがこの騒乱の元凶であることを、聞く者の意識下に刷り込むための小細工である。
「先ほど申しました、狼を『騎兵』に、野牛を『我々』に、角を『銃』に置き換えて頂ければ、私が構想している戦略が想像できるかと存じます」
ここで、言葉を切る。
演説を聞いた者は、狼の群れに囲まれた野牛を脳裏に思い浮かべているだろう。実際に野生のトナカイや野牛が、包囲されているのを目撃したことがある者もいるだろう。
そうした、生々しいイメージを思い浮かべる為の時間を作ったのだ。
「野牛の角に相当する『銃』が、装填に時間がかかるマスケット銃ならば、一度突き損なえば、再び角を突きだすまでの間に喉笛を食い千切られてしまします。では、連発銃ならどうでしょう。すぐさま、突きなおすことが出来るのです」
このたとえは、イメージしやすかったか? かえって混乱しないか? 心配だったが、私が引用しようとしていた古代の兵士の『密集陣形』よりはマシだろうと、身近な例にしたのだ。
「また、角の長さを銃の射程距離に例えるなら、最新式の銃は三倍の角の長さがあるということになります。つまり、狼が野牛に食らいつくために駆ける距離が三倍になるということです」
ベルズが言うには、六発装填された新式ライフルを撃ち、再装填して、再び六発撃つのに要する時間はおよそ十五秒前後だという。
マスケット銃を二発撃つ間にこれだけの弾丸をばら撒くことが出来るのだ。しかも、有効射程距離はマスケット銃の約百メートルの三倍。これが、どれほど有利な事なのか、改めて認識する。
しかも、相手はこうした銃の存在を知らないのだ。完全に虚を突くことが出来る。
「機動力のある騎兵が防げるなら、歩兵の突撃も防げます」
ボウモアの手が上がった。いきなり発言をしないということは、冷静になった証拠で、私の提案を咀嚼してくれた証拠でもある。
「我々は遊牧民との交流もあるので、狼のたとえはよく理解できた。そして、我々にも勝機が残されているのも理解した。だが、相手は不利と見たら逃げ足の速い傭兵だ。初戦は勝てたとしても、次はどうだろうか? その次は? 最終的に我々は敗北してしまうのではないか?」
私とベルズの懸念はまさにそこだった。
撃退だけなら、一度は出来る。
しかし、手の内を見せてしまっては、もう虚を突くことはできない。戦闘を重ねれば重ねるほど、勝機は遠ざかってゆくのである。現時点の強みは、相手が我々の持つ切り札を知らないこと。だが、切り札は一度使ってしまえば、効果は半減してしまう。
ゆえに、一度の戦闘で、二度と立ち上がれないほど叩かなかればならない。そこが難しいのだ。
ボウモアの質問に対しての答えを求めて、ゴードリー王が私を羽ペンで差す。
私は、作戦の骨子を説明するため、壁に例の地図を張り出した。敵の進軍してきたルート。交戦場所。予想進軍ルートなどを書き込んだ地図だ。
「黒の矢印が、進軍してきたルート。〇印が交戦した場所と、日付は上の段が交戦開始日、下の段が交戦終了日。朱色の矢印が、予想進軍ルートです」
地図の記号を説明する。
交戦場所は、全て都市。殆どの国が城塞に拠って籠城戦を挑んだことがわかる。そして、カラム以外は即日落城だ。『交戦終了』などというぼやかした言い方をしたが、実際は落城だ。
統治運営を予定していない場所が落城したらどうなるか。しかも、相手は盗賊まがいの連中だ。想像に難くない。
「ご覧頂きましたとおり、敵の移動は、街道を使って最短距離を速やかに行われています。そして、先ほどの証拠物件が示したとおり、契約の期限が来年六月の末ならば、雪解けを待って……」
私の指がカラムから引かれた地図の朱色の線をなぞる。
小国家群からぽつんと孤立したラルウ王国とカラム王国を結ぶ雄一の街道、ルベル街道だった。ルベル街道は、ゴールドラッシュに沸く新興都市ラルウと古くからある小国家群とを結ぶ交易街道だったルートだ。まぁ、今は、すっかり寂れてしまっているが。
「……この街道を進軍してくると予想されます。時期は、雪解けの泥濘が解消された頃。五月末から、六月初旬」
私は、適当に街道の半ばを指差す。
「どこからも援軍がこないことから、『籠城戦』は論外。そもそも、我々には拠るべき城塞がありません」
王城とされている場所は『キングキャッスル』という名の劇場だったのだ。城の形はしていても、城ではない。
「ならば、採るべき方法は一つ。『伏兵』による『奇襲』。それで、一気に殲滅までもっていきます」
私の言っていることは、何一つ具体的ではない。それは承知の上だ。現地視察をしていないのだから、作戦の企画立案が出来ないのだ。準備の時間が無かったの悔やまれる。
すかさずボウモアの手が挙がった。ゴードリーが発言を許可する。
「どう見ても、我々が寡兵だ。にも関わらず、相手を殲滅が出来るという根拠を示して頂きたい」
当然の質問だ。これは、戦争ごっこでなく、演習でもない。
慎重論者のボウモアが質問してくるだけ、マシなのだ。頭から否定することだって出来るのに。
兵力の差は厳然としてある。
常識で言えば不可能だ。だが、我々には連発銃がある。そして、その運用を想定した戦術書も。
「具体策は? と、問われれば、検討中としか申し上げられません。ただし、作戦の骨子は解説できます。そこから、お話しましょう」




