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軍師 会議が踊るのを見る

 まず、挙がったのはボウモアの手だ。

「かの『ブルーナン騎士団』が当地を標的にしている根拠をお示し頂きたい」

 そうだという風に、六人の工房頭がうなづく。その間にスコフィールドは落書きを完成させ、それをチラリと私に見せた。

 ドワーフに模したボウモアと六人の小人がその石板に描かれており、飾り文字で『ボウモアと六人の小人たち』と題名が書かれていた。

 私は、吹き出したくなるのを無表情のまま抑えた。こっちは、決死の覚悟で会議に臨んでいるに、気が抜けてしまう。

 スコフィールドは、ジロリとボウモアに睨まれて、あわてて石板の落書きを消していた。見つかったらまずい事くらいは、理解しているのだろう。

「アーリーの商隊が、ビフィータ王子から傭兵団に与えられた許可書の写しを入手している。参考資料として提出する」

 ゴードリー王は、ボロボロの羊皮紙を円卓に回す。私が気が付いたのは、ここにいる全員の識字率が百パーセントということだ。

 辺境の地にありながら、ラルウの教育水準は高い。

 

 『余、ウルフェン王国後継者たるビフィータ・フォン・ウルフェンは、貴殿を反乱鎮圧の先兵として任命するものなり。反乱鎮圧の一環として、別紙指令書もとおり作戦行動を行うべし』

 と言う主文に、辺境各地の制圧に加え、給水ポイントとしてのラルウの制圧が書かれてある別紙が添付されていた。

 主文には、署名のみ。押印はない。当たり前だ、まだ正式な後継者ではないのだから。

 要するに、私人による私兵の略奪行為。これが北部辺境の実状なのである。

 本物は、ブルーナン騎兵団が保管しているだろう。これは、先触れの軍使が各地に運ぶ写しである。

 どうやって手に入れたか知らないが、おそらくどこかで軍使が一名行方不明になっているはずだ。

 好きに暴れていいという期限は一年と書かれていた。

 この地方の雪解けは三月末から四月。道の泥濘が解消するのは五月なので、冬季駐屯地とされたカラム王国から、ラルウまでの距離を考えると五月半ばから六月初旬が敵襲来の時期と考えていいだろう。

 猶予は半年を切っている。

 全員が資料を確認したのを見計らって、ゴードリー王が口を開く。

「我々が攻撃目標にされていることは、ご理解いただけたと思う。そのうえで問いたい。我々は戦うべきか、逃げるべきか」

 ゴードリー王が『逃げる』という言葉を使ったのはわざとだ。わざとネガティブな言葉を選んで、なんとか主戦論に導きたいという願望が、透けて見えた。

 ここでゴードリー王は一旦言葉を切り、一同を見回した。

 再びボウモアの手が挙がる。

「検討するまでもありませんな。住民を避難させる。これしかない」

 ボウモアは『逃げる』という言葉を、わざわざ『避難』という言葉に訂正してきた。『逃げる』という言葉がもつうしろめたさを『避難』という不可抗力の一時措置に変えて軽減したのだ。

 もう、『主戦派』と『避難派』の火花は散っている。

 予想通り、ボウモア配下の六人は同意を示して頷く。

 つまり『避難派』は七票、『主戦派』は四票という状況だ。議長役のゴードリー王は主戦派だが、両票が拮抗した時の決戦投票の場面でないと投票権がない。

 票差があるように見えるが、ボウモア一人を説得できれば、満場一致でブルーナン騎士団に抗戦するという意思統一が出来る。

 そのために、徹夜でブルーナン騎士団に勝てる可能性がある策を練ったのだ。

 ベルズの手が上がった。

 議長役のゴードリー王が、ベルズに発言を許した。

「ラルウは、過去の未曽有の危機を乗り越え、復興の半ばにあります。ようやく市民の生活も安定しつつあります。それを、理不尽な暴力に踏みにじられていいのでしょうか? 再び復興のための長い道のりを辿るのは、塗炭の苦しみを市民に強いることになります。そして、抜本的な問題解決がなされないままですと、何度でもこのラルウは踏みつぶされてしまうのです。なれば、ここは断固『迎撃』し、撃退すべきです」

 淡々と発言するベルズの顔を見ながら、ボウモアの顔がみるみる紅潮してゆく。そして、挙手を待たずに、拳で円卓を叩いた。

「簡単に『迎撃』だの『撃退』だの言っているが、軍を有していたカラムでさえ、三日と持たず敗退したのだぞ! 住民を危険にさらす気か!」

 そう言い放つ、ボウモアの火を吐くような視線を、ベルズは平然と受け止めた。

 ラルウの二大実力者であるボウモアとベルズの対立に、ちょっと腰が引けたようになっているゴードリー王に目礼し、ベルズはむしろ静かな口調で話し始めた。

 激した相手に、強い口調で応じても、まともな話し合いにならないことをベルズは知っているのだ。そこは、商人としての経験だろう。

「ここで、ポイントになるのは『水』だ。我々に残された財産の一つだろ? 辛うじて我々が飢えないでいられるのは、この水の恵みによるものだ。ところが、敵はこの水を独占したがっている。この苛酷な環境で、水まで取り上げられたら、我々はもう生きて行けない。そういうところに、追い詰められているんだよ」

 ボウモアが口を引き結んで黙り込む。今、ベルズが語ったことは、百も承知なのだ。しかし、嵐が通り過ぎるのを待つ以外、何も手段がない。技術の伝承と住民の生存を第一義に考え、リスクを回避するならば、これしか選択肢はないのだ。

「ベルズよ、お前の商隊は五十名。相手は百戦錬磨のブルーナン騎士団二百名を中心とした、五百名のならず者だぞ? 兵力に差がありすぎる。勝ち目はないぞ」

 激しているかと思いきや、ボウモアは案外冷静に敵の兵力などを見積もっている。くえない親父だ。

「たしかに、正面からまともにぶつかれば、我々に勝ち目はない」

 当たり前だとでも言うように、ボウモアが鼻を鳴らす。

「だが、我々にあって、彼奴らに無い物は何か? それは、優れた銃の存在だ。考えてもみろ。有効射程距離は、マスケット銃の約三倍、これを連続して六回撃てる銃だぞ。装填スピードと命中精度を勘案すれば、たった一丁の我々の銃で、敵の銃兵数人分の働きが出来る」

 口調こそ静かだが、ベルズの言葉には迂闊に反論できないほどの気迫と誇りが籠っていた。スコフィールドも、落書きの手を止めて彼に注目するほどの。

 

 

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