軍師 対策会議に出る
敵の傭兵団は『ブルーナン騎兵団』であることがわかった。
地方の食い詰めた兵士や、逃散した農奴の集団だったが、頼りないナカラの正規軍に代わり一揆の鎮圧や、暴動の制圧に出動するにつけ実力を蓄えた連中で、小規模な局地戦では無類の強さを見せるという噂だ。
基本的な編成は軽騎兵を中心とした歩兵との混成部隊で、独立した遊軍として後方攪乱などを行わせるにはうってつけの部隊だと言える。
荒っぽい事でも知られており、盗賊まがいの事も平気でやるし、人さらいなどにも手を染めているという噂だ。今この北部辺境の小国家群が置かれている惨状は、これを裏付けるものだ。
作戦の概要は、ベルズに話してある。
基本は銃の連射による『弾幕防御』だ。矢弾を防ぐ盾を連ねて即席の野戦陣地を構築し、従来のマスケット銃では成しえない連続射撃で敵を接近させない戦法。
ただし、我々はアマチュアで、相手は戦場慣れしたプロだ。こういった奇策は何度も通用するものではない。仮に初戦は勝てても必ず対策を立てられてしまう。
だから、一回の勝負で完膚なきまでに叩く必要があった。
そのためには敵を分散させることなく、一ヶ所に集中している状態を作らなければならない。そして『十字砲火』の中に敵を取り込む。これは、二つの陣地から異なる角度で銃弾を浴びせる戦法だ。
相手に攻撃陣形を作らせないことも肝要だ。そうなれば『伏兵』しかない。今まで、野戦を挑んできた国は小国家群にはない。城塞を頼りに籠城戦を挑んだ国ばかりだった。そして、全部打ち砕かれてしまった。
つまり、行軍中は油断しているはずだ。我々は城塞に籠りブルブル震えていると思っている。それを逆手に取る。
弟の戦術書を信じるなら、それがベストの選択だ。
正午を知らせる鐘が鳴る頃、私とベルズとスプリングバンクの三人は無精ひげを剃り、水浴びをして身を清め、服も新しいものに変えて会議に出かけた。
現時点で検討すべき点は全てした。あとはラルウを主戦論の流れに持ってゆくだけだ。
会議は王城の中の会議室で行われる。
ここはもと舞台セットの保管庫だったガランとした広い場所で、地下に位置しているので窓すらない。
大きな円卓がそこに置かれており、議員はここに着席するというわけだ。
ゴードリー王は既に会議室に来ていた。設計技師スコフィールドもすでに来ていて、何やらゴードリー王と打ち合わせをしていた。
ベルズによれば、スコフィールドが遅刻もせずに会議に顔を出すのは珍しいそうだ。
「やあ、軍師殿。ご足労頂いてすまないね」
快活にゴードリー王が私に声をかけてくる。彼の目は、奇術師の公演を待つ子供のように期待と好奇心に輝いていた。
私とベルズが彼の地図を所望したのを知っているので、何を我々が仕掛けるのか、お楽しみといったところだろう。
スコフィールドは、ちらっと私に目を向け目礼しただけで、何やら設計図らしき物をゴードリー王に提示し意見交換をしている。
この会議で、新式の銃の開発許可を決裁してほしいとう交渉をもちかけているのだが、ゴードリー王は今回の議題は敵襲に対する対応の検討のみだと断っている。
試作品なら、工房責任者のボウモアと設計責任者のスコフィールドの内部決裁で済む話なのだそうだが、ボウモアとの交渉が苦手なスコフィールドは、この機会を利用してゴードリー王からのトップダウンにさせようとしているらしい。
だが、それもボウモアの到着とともに時間切れになってしまった。
スコフィールドは、明らかに会議に対する興味を失った様子だが、席には大人しく座る。
ボウモアの弟子たち六人の工房長が着席すると、議長役のゴードリー王が立ち上がって口を開いた。
「前置きは省略させて頂く」
ボウモアが、子供の無作法を見咎めた父親のように眉をひそめるのを無視して、ゴードリー王が続けた。
「今回、諸君に集まってもらったのは『ブルーナン騎士団』のことだ」
ボウモアは私を全く無視して、ゴードリー王を注視している。
スコフィールドは手元の石板に何かを書き込んでいる。一見、メモをとっているようだが、実はボウモアの似顔絵を落書きしているだけなのが、私の所から見えた。
私は円卓から外れた小さな机に座っており、オブザーバー扱いなのだった。
六人の工房頭は、昨日私と顔を合わせていないので、好奇心を抑えきれずにチラチラと私を盗み見ている。
いずれも、若い。ボウモアから見れば、まるで息子のような年代だった。彼らがこのラルウの基幹産業を支える者たちである。
治安官のタラモアデューは、視線を円卓の上に落としたまま、微動だにしない。眠っているわけではないのが、瞬きをすることで分かるだけだ。
「現在『ブルーナン騎士団』は、カラムを占拠し、越冬を行う構えだ。雪解けを待って我が国に進軍するとみられる。その対策をどうするか、忌憚のない意見を賜りたい」




