軍師 策を練る
「色々と、助かった」
私が礼を言うと、ベルズはよせやいと手を振った。
食料品のストッカーには、当面困らないだけの保存食料が収められていて、これもベルズに命じられて商隊の誰かが運び込んでくれたらしい。
ベルズは、そのストッカーからラベルも貼られていない透明な瓶を取り出し、この宿直室唯一の家具であるキャビネットからマグカップを二つ取り出す。
キャビネットの中身の食器類も、用意されていてるのだ。ベルズは実に根回しが早い。
瓶のコルク栓を抜く。
きつい蒸留酒の香りがした。
「ジャガイモから作った酒らしい。やっと嗜好品が売買されるまでに、ラルウは回復したんだ」
二つのマグカップに、ジャガイモの蒸留酒を注ぐ。その一つが私に差しだされた。
「ラルウにようこそ。ここが、居心地良くなるのも、悪くなるのも、君の技量次第だよ」
カチンとマグカップを打ち合わせる。
そして、一気にジャガイモ酒をあけた。
ただ、辛いだけの酷い酒だった。まるで、消毒薬だ。
「うへぇ、こいつはひどい」
ベルズが大げさに顔をしかめ、カップの中の残りを、迷った挙句に口の中に流し込むようにして飲んだ。
体質なのか、私は酒に酔ったことはない。酒は好きではないので、付き合い以外で自ら飲むことはないのだが、勧められたら水のように何杯でも飲めた。だから、酔っぱらって醜態をさらしたことがない。
酒が好きなのと、酒が強いは必ずしもイコールということはないということだ。
ベルズは、酒は好きだが弱いという事だろう。
もう眼のふちを赤くしている。
「説得には『理詰め』が必要だ」
唐突にベルズが言う。道すがらずっと考えていたことが、アルコールの急な酔いによって、口から思考が零れ落ちたのだろう。
「ゴードリー王とスコフィールドは戦う気でいる。そのために、地図を作り分析を重ねてきた。タラモアデューは『死にたがり』だ。戦は望むところだろう。ボウモアは鍛冶の技術を伝える事が最優先事項だと考えている。リスクは避けたいはずだ。私は……」
ベルズは一瞬口ごもった。しかし、意を決したかのように言う。
「私は、我々が育て必死に守ってきた『技術』が実戦で通用することを証明したい。我々の魂の結晶を、泥水をすするようにして取り組んできた技術を、珍品扱いしやがった連中を見返してやりたいんだ」
ベルズはここで言葉を切り、本心を吐露してしまったことを恥じるかのように自嘲の笑みを浮かべた。
そして、再び口を開いたときには、幾分穏やかな声になっていた。
「今までの私なら、ボウモアと同じく『避難』を主張したたろう。だが、私はリスクを承知の上で、君の戦術理論に賭けたいと思ったのだよ」
聞いたか? 弟よ。お前の本は読者第一号の心を震わせたぞ。君が、文字通り命を削って作った本は、人の心を動かすことが出来たんだ。私は君が誇らしい。
「確かに、説得には『理論』が必要だ。時間は少ないが、迎撃の草案を作ろうではないか」
読者第一号の望みをかなえてやろうぜ。弟よ。君と私の二人で……だ。
「ゴードリー王の執務室にあった地図が必要だ。それと最新の敵兵力の分析結果、使用可能な武器弾薬の在庫表も欲しい」
ベルズは飛び上がるようにして、掛けた椅子から立ち上がり、ポケットからメモを出して、何かを書き込んでゆく。
「提供できる労働力、兵員として使える人数は役所から引っ張れるか」
私の要求にこたえながら、ベルズがメモを取る。酔いは吹っ飛んだ様だった。
「スプリングバンクと手分けして用意しよう。二時間くれ」
サーベルをガチャつかせてベルズが出て行く。
当初の計画では、もう少しこのコミュニティになじんでから、探りを入れつつ実戦テストにもってゆくつもりだったが、事態がここまで切迫していたのは想定外だった。
ベルズは私がここを実験場にしたがっている事を知っている。知っていて、ラルウを救うためあえて私の策に乗っているのだ。
商人らしい合理性。ブレない最終目的がベルズにはあって、それに近付く為には手段を択ばない傾向がある。そのために、根回しも十分で、最大限に交渉能力を使う。
ナカラでも、大商人として成功するほど有能な人物なのだ。死なせるには惜しい。
結局、荷解きもせぬまま、夜明けを迎えていた。壁には、ゴードリー王とスコフィールドが作った地図が広げられていて、傭兵団の現在地と、今までの進攻ルート、そして今後の予想進路が細かく書き込まれていた。
肥大化しつつある傭兵団との兵力差は大きい。
兵の練度も段違いだ。
これだけ見れば、状況はラルウにとって絶望的と言える。
だが、我々は地形を熟知している。
出荷待ちの最新式連発銃が二百丁もあり、弾丸も十分ある。銃を使役できる基礎知識もある。これは、我々が持つ数少ない有利な点だ。
もっとも頭が痛いのは、兵力が少ない事。
ベルズの隊がたまたま帰還していたので、多少なドンパチに慣れた者が五十人ほどいる。ラルウの防備を考えるなら、あと最低でも五十人は必要だ。これは、住民から志願兵を募るしかない。
仮に百名の民兵を組織しても、敵はその五倍以上の兵力を有している。百人規模の分隊で四方から攻められれば、ラルウはひとたまりもない。
誰かが救援に駆けつけてくれるアテもないので、籠城戦は下策。そもそも籠城は敵戦力を引きつけ、遊軍がその脇腹を衝いてこそ効果がある戦法なのだ。
ならば、野戦しかない。五倍以上の優勢な敵を破る策。最新鋭の連発銃なくしては、不可能だ。




