治安官 タラモアデュー
タラモアデューは、さりげない仕草で上着で机の上の分解掃除中の拳銃を隠し、この殺風景な空間の唯一の家具であるソファーを指し示した。
『そこへどうぞ』ということらしい。
分解された拳銃は機密に類する。彼の行動は理解できる。立場が逆なら、私もそうするだろう。
タラモアデューは、一言も口を挟まずにベルズの話を聞いている。が、注意は明らかに拳銃の方に向いていて、早くこの会談を切り上げたいのが見え見えだった。
『無関心』それが、タラモアデューの私に対する反応だ。
適当に相槌をうちながら、彼は組んだ自分の手を見ている。裂傷跡と火傷跡に覆われた手だった。
私はこのタイプの男を知っている。わざと危険に飛び込み、自分の運命を試そうとするタイプ。要するに『死にたがり』だ。
彼は脱走兵だったらしい。どこかの戦場で、何か心に大きな傷を負うような出来事があったのだろか。
「明日、招集がかかる。傭兵団対策の案件だ」
ようやく、感情らしきものが、タラモアデューの目に現れる。
死地に赴けと言われた兵士の覚悟のようなもの。だが、その感情の揺らぎはほんの一瞬で、すぐに無関心の靄に覆われてしまっていた。
「承知した」
タラモアデューが承諾する。今日我々が聞いた、彼の唯一の言葉だった。
「変人ばかりですまんね」
コツコツとサーベルの柄頭を指先でコツコツ叩きながら、ベルズが言う。この癖は何か懸念がある時の彼の癖だと、私はこの二週間あまりの共同生活で掴んでいた。
「議会のメンバーは、鍛冶頭ボウモアとその弟子の六人の工房頭、俺と商隊副官のスプリングバンク。設計技師のスコフィールドと治安官のタラモアデューの合計十一名。議長は、もちろんゴードリー王だ」
なるほど、鍛冶が基幹産業なので、工房サイドが過半数を握っているというわけか。
「ボウモアと六人の工房頭は、『避難』を主張するだろう。鍛冶職人の技術の伝承を最重要視しているボウモアは、弟子たちを守ろうとする。戦場に出すなどとんでもない事なのさ」
避難すれば、とりあえず人命は助かる。ただし、収奪され打ち壊された町を再建する余裕はラルウにはない。
避難しても結局は国家消滅となるなら、撃退すべしというのがベルズの考えなのだが、具体策が全く思い浮かばないのが痛かった。
だが、今は私の弟が構築した戦術がある。
なんとか、勝算を見せつけてボウモアを説得したいとベルズは思っているのだ。そのために、私は生かされた。そして、捨てたはずの名前を名乗る羽目になったのだ。
二度とラルウにちょっかいを出さないように、徹底的に叩く。理論上は可能だ。だが本当にできるのだろうか?
「ラルウには十年……いやニ十年は時代を先取りした技術がある。これを、埋もれさせてなるものか!」
没落するラルウを、技術革新を拠り所に支えてきた男たち。避難派にせよ、抗戦派にせよ、思いは同じなのだ。
私がここで成すべきことは、彼らのその執念を利用してラルウを巨大な実験場にすることだ。戦術理論の検証が、私の命がけの北行きの目的なのだから。
ベルズは、おそらく私の意図に気が付いている。それでもあえて、私に賭けたのは、一度壊されたら二度とラルウは立ち上がれないとわかっているからである。
『利害の一致』
ベルズは、私にそう言った。戦も商いの一環と考えるベルズらしい言葉だった。
失敗はすなわち、貧しくとも懸命に生きようとするラルウの人々を、殺戮の渦中に放り込むことになる。それなら、一時避難して嵐が通り過ぎるのを待った方がましだ。
だが、それは抜本的な解決にはならない。必要があれば、何度でもラルウは蹂躙される。あっさり死ぬか、緩慢に死ぬかの区別でしかない。
―― 戦って勝つ ――
真にラルウが生き延びるには、これしかないのだ。
そして、このことは、ゴードリー王は理解している。
あの精密な地図が証拠だ。ゴードリー王は戦う気でいる。戦って勝つ方法を、今も考え抜いているのだ。
私への宿舎として用意されたのは、子供たちに読み書きを教える小さな学校の宿直室だった。
畑仕事や養殖場での仕事や鍛冶の仕事に人々が出ている間、子供たちはここに集められ、まとめて面倒を見る。
そうすることによって、若い世代は男女とも子育てから解放され、労働力を提供できる。学校兼保育施設には、一線を退いた高齢者がボランティアで、子供面倒を見ており、私は、読み書きなどを担当することになる。
貧しいラルウでは、十四、五歳になればもう立派な労働力だ。大人に交じって働くことになる。
私が預かるのは、それ以下の年齢という事になる。
握手に続いて、子供の世話など、ナカラ時代の私を知るものが見れば、卒倒するような光景だろう。
最低限の生活用品は、宿直室に用意してあった。商隊に預けてあった、私物はすでに運び込んであって、室内の清掃も済んでいた。
机の上には、『胡椒箱』とランリョウ刀が置いてある。
そういえば、寸鉄も帯びずにこれだけ長く外出したのは、ずいぶん久しぶりだ。
 




