鍛冶頭 ボウモア
まだ話したりない様子のスコフィールドを置いて、我々は逃げ出すよう彼の工房を出る。
「あいつは、新しい銃を作ること以外に興味はないんだよ。悪く思わないでくれ」
そう言いながら、次にベルズが向かったのは鍛冶工房だった。
聞けば、鍛冶工房は七つあり『完全分業制』が敷かれているそうだ。
銃身を作る工房、輪胴を作る工房、引き金や輪胴が回転するカラクリを作る工房などがあり、各々の工房から上がってくる部品を組み立てる工房が最終工程となるらしい。
各工房には責任者がいて、そこで行われている工程には厳重な守秘義務が課せられているらしい。
全体を把握しているのはただ一人、最終工程の工房を仕切る責任者にして、六人の工房頭の総責任者であるボウモアだ。
スコフィールドが『苦手』と称していた人物だ。
ベルズは、その最終工程を担当する、通称『第七工房』のドアを叩いた。
「ベルズじゃないか! この野郎、生きていたか!」
工房の入り口は殺風景な事務所になっていて、そこに一人の男がいた。
きちんと整えた髪、きれいに剃りあげた頬、工場用の作業着もアイロンをかけたばかりのように、きちんと織り目が見えた。意志の強そうな角ばった顔。太い眉の下にはぎょろりと大きな目があった。
この人物が、ラルウの生命線である工芸品のや刀剣や銃を作る鍛冶職人の頂点、ボウモアだった。
「おまえこそ、老けたんじゃないのか? 背中が曲がっているぞ」
ベルズが、まぜっかえしながら、ボウモアと抱擁する。二人は幼馴染で、ラルウでともに育った同年代の友人だ。
「こちらは、軍師として招いたダーハ氏。傭兵団対策を行ってもらう」
ベルズが私を紹介する。私に向けたボウモアの眼にはあからさまな警戒の色がある。無理もない。ここは、秘密の中枢なのだ。正常な反応と言える。
違う意味で屈託がないゴードリーとスコフィールドが異常なのだ。
「少数の兵力で、拠点を防御する策を研究しています」
私は簡素な自己紹介をして、私にとっては新しい習慣である『握手』を求めて手を差し出した。
「鍛冶職人のボウモアです」
これだけを口にして、ボウモアは握手に応じた。ゴツゴツした職人の手だった。
彼は、私に不信感と不満を感じている。
本当は、この事務所にすら私を入れたくないのである。
だが、ベルズの手前それを口に出さないだけだ。
「工房の見学を……」
ベルズが口を開いたが、最後まで言わせずボウモアが言葉を被せる。
「申し訳ないが、それはできない。各工房長との面談もご遠慮願いたい」
まぁ、当然の反応だ。工房は秘密の中枢。その責任を負う者として、まっとうな反応ではある。
「おれが見込んで招いた客人だぞ」
ベルズが鼻白らむ。私に気を使っての言葉だ。ボウモアのこの反応は、ベルズにとって想定の範囲内だろう。
「ここのセキュリティも私の管轄だ。貴様といえども仕来りには従ってもらうぞ」
やれやれと言うように、ベルズは肩をすくめ「頑固者め」と呟く。その呟きは聞こえただろうが、ボウモアは口を引き結んで、腕組みしたまま動かない。
「明日、王から招集がかかるぞ。用意しとけよ」
そう言いのこして、ベルズは第七工房を辞した。
次に向かったのは、治安官事務所である。警察署に相当する組織だが、この小さなコミュニティでは必要最低限の人員でいいらしい。
常勤の治安官はたったの五人。王城で門番をやっていたのは、臨時招集の予備治安官で、ベルズが言っていた通り『青年団』みたいなものだ。
この予備治安官は、持ち回りで二十五名ほど。これらが、消防も警察も兼ねているそうだ。
この治安官を束ねているのが、銃のスペシャリストであるタラモアデューである。
彼は数年前、私と同じように行き倒れだったところを保護された人物で、その恩返しなのか、危険を顧みず銃のテストを行う試験官を引き受け、ラルウの銃開発に貢献した人物だった。
もともと、マスケット銃を持っていたことから、どうやら脱走兵らしいのだが、過去は一切口にしない。
独学で、連発銃の操作を習得し、今ではラルウで一番の銃の使い手となったらしい。
その腕を買われて治安官になっているのだ。
何度か試作品の暴発事故で大怪我を負っており、顔も手も火傷や裂傷で酷い有様だが、本人は全く気にしていないそうだ。
治安官事務所は、ダテツ街道に最も近い場所に立っていて、もともとは入管管理事務所があった場所だ。簡易留置所もあるので、その施設をそのまま利用している。
鉄の鋲が打たれた頑丈なドアを開くと、横十メートル奥行五メートルほどの殺風景な空間があり、ソファーベッドが一つ、コーヒーテーブル代わりの木箱が一つ、抱き合わせで四つの机が中央に集められ、そこからやや離れて独立した大きめの机が一つあった。
配置から考えて、そこに座っているのがここの責任者のタラモアデューだろう。
壁際には武器が納められたキャビネットが一つ置いてあり、長銃が四丁立てかけてあるのが見えた。
タラモアデューと思しき人物は、机で拳銃を分解掃除していて、その手を休めず、目だけを我々に向けた。
 




