久遠寺ヶ丘 雛乃@生徒会室
6/15 ④を分割しました。読みやすい長さにしたかったので。
『ちょ…うそ…。佩人先輩って……こんな表情、するの。』
透明状態で生徒会室に忍び込み、あまつさえ透明な指先で佩人のタブレットの画面を弄った張本人の透明娘は、間近で見る佩人の表情に焦りを覚えた。
そしてその焦りは……足元にあった佩人の鞄を蹴飛ばすという動きで現れていた。
「むむっ。まさか…さっきの透明女さんかな、この辺りにいるのは。」
佩人は獰猛な表情のままに、彼女が潜んでいる空間をめがけ掌を素早くあてる。
パウダービーズの入った薄めのハンドレストを掌にあてたときの感触。
控えめな柔らかな感触。
そしてそれは間違いなく透明娘の胸に佩人の掌が偶然あたり、制服越しにその部分をつかんでいる証。
その感触を確かめるように、佩人の掌は何度か蠢く。
そして。
堪能し終わり、生真面目な目線とは裏腹にすっかり口角が緩んだ佩人の左頬に、見えない空間から、見えない手の甲での平手打ちが強烈に決まり、高らかに音が響いた後で、
「いやぁぁぁっ!!!副会長におかされちゃぅぅぅ!!!」
という絶叫が防音の利いた生徒会室に響き渡った。
透明状態は彼女自身の放った悲鳴が原因なのか、既に解除されていた。
……いや。そんなことはしないし。
ここは佩人以外に人のいない生徒会室。
きっと、18歳未満お断りの小説や漫画だったら、あんなことやこんなことや…もうこれ以上は無いというほどのことを実行してしまうような状況なのだろうけれど、現実はそんなに簡単じゃないし、そんなことが犯罪であるということぐらいは、十分に佩人は理解していた。
そして、頬を張られたことで冷静になった自分の目で、目の前に具現化した後輩の姿を見つめる。
身長170センチの自分よりも数センチは高い身長。
昼休みはほとんど意識していなかったから印象に残らなかったが、本人が持て余しているのではないかと考えてしまうほどに手足は長く、全体に細く高いという印象を与える姿。
胸は…先ほどの感触通り佩人としてみれば残念な感じなのだが、日本人離れしている大きな瞳に困り眉…そして昼間と違い大きめの細めのフレームの黒縁眼鏡をかけた女の子がそこにいた。
「あのっ……ごめんなさい、変なこと叫んじゃって。」
真顔で自分のことを見つめる副会長に、身を縮めて女の子は謝る。
「いやぁ、気にしないでいいよぉ、そんなこと。実際に君の胸を撫でまわしたりしたのは俺なんだしねぇ。」
「怒ってますよね、先輩。」
「いやぁ、怒ってないよぉ。どっちかっていうと、どうしてここまで俺とコンタクトを取ろうとするのかってのが気になるかなぁ。」
生徒会室の応接用のソファ。
机を挟んで二人は緩く互いの感情を計っている。
だが。
悲しいかな、この学校の規則で午後6時以降は一度寮に戻るかそのまま夕食を採るためにホールに戻らなければならない。
時間は5時を過ぎていて、移動時間を考えればあと30分も時間は無い。
だから、佩人は質問する。
「君は誰だろうかぁ。少なくとも生徒会関係者ではないだろうし…君のような背の高くて可愛い女の子を覚えていないわけもないし…ねぇ。」
「はぁぅっ!か、可愛いなんてよしてください。噂通りなんですね、佩人先輩って。」
「どんな噂かは知らないけれどぉ…可愛いと感じなきゃ可愛いなんてことを俺は言わないよぉ。」
「もうっ!だからかわいいって…無しにしてください…恥ずかしくて、早口になりますからっ。」
頬を染め横を向く夕日にその横顔を照らし出された、佩人にこだわる長身の美形の後輩。
十分すぎるほどにツボだった。
「あのっ…名前は久遠寺ヶ丘雛乃です。中等部3年です。」
「うぉぉっ!!くおんじがおかぁぁぁっ!!!可愛すぎるヒロイン属性の名字だぁ!!」
苗字が更に佩人のツボだった。もちろん、雛乃という名前も十分に可愛いのだが、彼にとってはその苗字こそが全てだった。
雛乃にしてみれば、先ほどまでの凛々しくも凶暴な雰囲気はどこにいったんだろうと、そう思うだけなのだが。
「それでそれでぇっ。部活動は何っ?」
何を期待しているのか佩人は目を輝かせ雛乃の方に顔を寄せる。その距離15センチほど。
「あぁ…近いです、佩人先輩……部員一名の同好会なんですけど、知ってらっしゃいますか。」
「部員一名…俺が把握しているだけでも10以上あるけれど…同好会の紹介文とか会誌に載せたのかなぁ。」
佩人は少しだけ距離を取り真顔に戻り、雛乃の名前が載っていたがどうか記憶を手繰る。
そして。
「君の名前は見たことが無いなぁ。もしかして会誌発効後に設立したのかなぁ。」
「は…い。その通りです…やっぱり、佩人先輩ってすごい人です。」
「どうしてかなぁ。」
「だって、この学園の全ての活動の名称と代表者を覚えているってことですよね。私には絶対無理ですから。」
雛乃は佩人と目線を合わせ、真剣に佩人を褒める。
「うーん…仕事だしねぇ。それで、君は何という活動を立ち上げてその代表者になってるんだい。そろそろここを出ないと、君も俺も晩御飯がなくなる可能性があるうえに、特別学習候補になってしまうような気がするんだけどなぁ。」
褒められたことを微塵も感謝するでもなく、仕事として割り切っていることを臆面もなく佩人は伝えた。
「えっ!?もうそんな時間なんですか。えっと…私は休眠していた研究会の『魔術理論解明研究会』代表です。そして、今は、今朝配布されていた【 M・A 】の実証実験参加者です。」
雛乃は慌てて佩人に今の自分の立場を短く伝える。
「うん。実証実験参加者なのは、君がこうして姿を消したりあらわしたりしてるから理解したよ。それに、もう君の研究会のことも理解したからぁ…とりあえずホールに直行しないかなぁ。」
佩人は申し訳なさそうな表情で雛乃に提案する。
「ご…ごめんなさいっ。い…一緒に行ってもいいです…か、先輩。」
雛乃は頬を真っ赤に染め、謝りつつも佩人との同行を望む。
「構わないよぉ。ただし…俺がアプリ実証実験に参加する権利を持ってるってこと、誰にも話さないと誓えるのなら。」
佩人は、『誓えるなら』という部分に…冷たさと威圧感を漂わせて雛乃に伝える。
その気配は、やはり獰猛な気配を潜ませているような気がすると、雛乃は思うが。
佩人が自分の手を取り、足早に歩きだしたことに気がつき、頬を染めながら生徒会室を出てホールへと向かったのだった。