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透明女@エレベーターホール

6/15 改稿しました。文章を紡ぐことを思い出しています。

 この学園の建物の構造の奇妙さ加減はかなりのものなのだが、不思議と入学してから半年と経たないうちに、その構造が非常に練り込まれて作られているのだということに学生たちは気がつく。


 全ての校舎が、1階にコミュニティホールを持つ6階建ての管理棟に渡り廊下で連結され、その渡り廊下を支える支柱が管理棟を中心とした円を描くように配置されている。


 どの棟からも管理棟の3階を確実に通過する構造であることから、そこにはこの学園の事務局や第1職員室などがあり、この場所を通過しなければならないことが学園全体のセキュリティの向上に役立っていたりするらしいが…ともあれ。

 ここを中心と考え、東側通路(学生たちは回廊と呼んでいる)を5分ほど歩けば、課外活動棟への学園関係者確認用のセキュリティゲートがあり、佩人は学園から配布されているスマホをゲートの緑色に光を放つ部分にかざし通過する。

 もちろん、佩人以外にも昼休みということもあり数多くの学生がこの場には存在し、小学生から大学生までがゲートの場所の違いこそあれそれぞれの所属する部活動の部室や各委員会に割り当てられている会議室などに向かっている。


「いつものことながら……よくこれだけの学生がいて小競り合いが起こらないもんだなぁ。」


 佩人はそんなゲート周辺と並列4台で向かい合わせとなっている計8台のエレベーターの中から、生徒会関係者階である6階直通のエレベーターに乗り込む。


 15人が定員のエレベーターに、今は佩人一人が乗っている。

 少なくとも佩人の目線には、誰もいないようにしか見えなかった。

 だが、表示パネル前にいた彼の背後に気配は発生する。


 いつも周囲の気配に対して鈍感であることを心がけている佩人は、当然、そんな気配になど気がついてもいなかった。

 だから、


「副会長。姿を見せろって、大きな声で言ってみてくださぁい。」


 と、甘く柔らかく吐息さえ感じられるほどの距離で耳元に囁かれて、軽く数センチ飛び上るほど、驚いていたのだが。


「ちょぉっとまったぁ!ここには俺以外誰もいないのになぜ声が聞こえたりするぅ?!と、とうとう俺は禁断の力に目覚めてしまったのかぁ、こんな場所でぇっ!」

 おそらく、姿もなく彼の背後から声をかけた何者かが全く想像すらしていない方向に佩人が、その発想を振り切っていた。

「いや……ふくかいちょぉ?あのっ……。」

 佩人の表情は輝き、さらにその声音のテンションは上がる。

「うぉぉぉっ!まだ聞こえるぅっ!!!姿なき悲しき運命さだめを負った色っぽいお姉さんの霊の声が聞こえるぅ!」

「いや…だから白鷲佩人副会長っ!!!大変申し訳ないけど色っぽくも何ともない霊ですらない女が見えないってだけなんですけどぉっ!!」

 その声に佩人の妄想は一気に膨れ上がり、さらに大きな声でとんでもない方向の叫びをあげる気配を察し、女性(?)は動揺したままに叫ぶ。

 声に舞い上がり、すっかり大好きな漫画やアニメや小説の世界の設定をひけらかし、盛大に喜びと興奮の声をあげる見た目は最高に素敵だと言われる副会長は、途端に残念な気配を漂わせ、

「ええええっ!!色っぽいお姉さんじゃないのぉ?」

と、呟く。

「あー…はいはい。悪かったです、色っぽくないって言っちゃって…、で、先輩は今のこの状態に危機感とか不思議だなとかそんなことを感じないんですかぁ!」

 どこまでもずれていく佩人の発言に、透明なままの確かに艶のある色っぽい声かもしれないが幼い口調の女の子らしい声がエレベーター内に反響する。

「いやぁ、よくある話だし。」

「ないですぅっ!!」

「腹減ってるし。」

「お願いですから姿を見せろって言ってくださいっ。じゃないと、もう、私ただのバカじゃないですかぁ!」



 ポーンッ



 無情にも6階に到達したことを伝えるベル到着音が鳴り、『6階です』という到達アナウンスと共に扉は開く。


「んじゃね。生徒会室で飯食ってくるから、話はあとでね。」

 佩人は透明な空間に軽く手を振り、エレベーターを降りる。


 小学部から大学部までの児童会・生徒会・学生会の会室があり、全執行部役員が一堂に会せるだけの大会議室もあるこの階のエレベーターホールには、様々な年齢層の学生が互いの立場を尊重しながら談笑する姿があり、実務的な立ち話をする執行部役員メンバーの姿も垣間見えた。


「嫌ですぅ。お願いですから姿を現せと言ってください、佩人さぁん。」

 姿の見えない女は、扉からでた佩人の背後で、変わらず願いを告げる。

「なんだ……エレーベーターだけの幻じゃなかったのかぁ。がっかりだなぁ、ほんとに。」

「だからっ。どうして私を副会長の妄想の型に嵌めようとするんですかぁ。」

「面白いからだよ、透明女さん。」

 佩人は、勝手に姿の見えない女のことを「透明女」と名付け、適当に目線を向けながら、おかしなことを口走らなければ間違いなくかっこいいといわれる声で、端的にその存在を貶める言葉を吐く。

「ぁ…ぁはは……ここで号泣しちゃっていいですか。きっとバンシーみたいで楽しいことになると思いますよぉ。」

 涙声のままに、透明女は号泣することを宣言する。


 ……今、それをされると、間近の高等部生徒会室入口から神田補佐官が青筋を立てて扉を開け、自分に対しありとあらゆる罵詈雑言を浴びせかけられるのではないだろうか?


 佩人の脳裏に、かなり日常的に行われる、人格否定ともとれる罵詈雑言攻撃のイメージが明確に、それも瞬間的に浮かび上がる。


「それは……勘弁してください、透明娘さん。今から言うからそれだけは勘弁してください。」

 隼人は真顔になり、おそらく声の位置から想像して『そこにいるだろう』と思われる方向を向いて、「娘」と言い換えた後で迷わず、

「姿を現せ、透明女。」

とあまり感情の抑揚のない声で告げた。


「やっと…言ってもらえたぁ。」


 小さな喜びの声の後…。

 佩人の斜め右45度の角度…20センチほど前の透明な空間から白い色が生まれ、青い色が生まれ、桜色のスカーフが現れ、肌色ではなく白に近い首元の肌が見え、肩をすくませ小さくなるような姿勢にもかかわらず身長170㎝の佩人よりもやや高い場所から目線を向ける…そんなに胸のないすらっとした長身の泣きそうな表情の…中等部3年生の女の子が現れた。


「えへっ。」


 肩までの長さの髪を虹色のカチューシャで自然に後ろに流し、ほっそりした卵形の顔に垂れ目の大きめの瞳、そしてあまり意志が強そうには見えない下がり眉。唇は小さくて朱色よりも色が淡い。


 そんな女の子が今まで何もいなかった場所に現れた。


 まぁ。

 佩人の視線は全く違う方向を向いていたので、彼女がはにかんだように微笑んだのは見ていなかったわけだが。


「副会長をびっくりさせたら面白いかなって……そんなこと考えてごめんなさい。」

「いやぁ。謝る必要なんかないさぁ。透明になれる女の子って、生まれて初めて見たよ。」

 佩人はしげしげと彼女を見つめる。

「で…もう大丈夫かな、君の用事は。俺はこれから昼ご飯を食べるから、他の要件があれば放課後にでも。」

 そして、この一言を涼やかに残し、生徒会室の中へと消えていった。


 残された透明娘は…閉ざされたドアに向けて恨みがましい目線を送っていた。

そして、一言だけ…

「佩人先輩にもアプリ配布されてるんじゃないのかなぁ。気がついていないのかなぁ。」

と呟き、

「また、お邪魔しようかなぁ。佩人先輩って、ホントにアニメや漫画が好きなんだなぁってわかっただけで…よかったよぉ。」

と、閉ざされた生徒会室の扉を頬を染めて見つめてから、タブレットを取出し、

「透明人間になれるかも」

と呟いた。


 すると、現れた時とは逆の順番…体全てが見えなくなった後に服や身に着けていくものが透明化し、姿が完全に見えなくなった。

 

 だが。

 姿が消えたというだけであって。


 透明な彼女がエレベーターの昇降スイッチのタッチパネルに触り反応があったことで、彼女の背後にいた小学部の女の子の顔色が変わり、震えはじめたことや、エレベーター内で見えない彼女が数人の男子に結果的に密着され、その男子がしきりに不思議な表情をしていたこと…そして、彼女が課外活動棟の5階の、彼女が所属する部活動の部室に消えたことなど…佩人に理解できるはずも無かった。


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