いつもの朝② @時貞ホール
コミュニティーホールは寮生活をしている中等部・高等部の学生たちで混雑していた。
中等部・高等部寮は、楕円形をしたこの建物の長辺側に面した位置に、徒歩で10分ほどの距離で配置されている。
そして、巨大なホール内の入り口から食堂につながる幅の広い廊下で、佩人の日常は明確に始まる。
「副会長、おはようございます。今日もお姉様の声でお目覚めですか。」
長く幅の広い廊下…学生たちはエントランスと呼んでいる…には数か所の休憩スペースがとられている。
その一番人通りが多く密集する場所…ホールに一番近い休憩スペース…に身長150センチに満たない解けば腰まで届く黒髪を耳の上でツインテールにし、校則通りに制服を着こなした女の子が待ち構えていた。
そして可愛らしい容姿のその女の子が、学園副会長である佩人に、開口一番に彼を罵る言葉を、可愛らしい幼くも大きな声でぶつける風景は、今ではすっかり朝の名物となっている。
「おはよう、神田事務補佐官。相変わらずひどいことを言うやつだな、君は。」
「事実を正確に述べているだけですが、何か。それともお姉様の呼びかけに副会長がどのようにお返事をなさっているのかをここで盛大に暴露しても私としては何の抵抗もない…モガッ。」
「はいはい、そこまでだよぉ、補佐官。朝ご飯、一緒に食べようかぁ。スペシャルプレート、朝から奮発しちゃうからさぁ。」
佩人は小柄な補佐官の口を塞ぎ、そのままお姫様抱っこで軽々と彼女を抱え上げ運ぶ。
抑え込んだ唇から、「この義姉フェチ」「離せこの下郎」「毎朝こうやって運ぶなって言ってるだろう」など、様々な罵詈雑言が漏れてくるが、佩人は意に反さない。
…というかうかつに離すとどうなるかが目に見えているので離せないのだが。
そして、食券を買う自販機まで彼女を拉致同然に運んでいく。
全く。
いつもと変わらないにもほどがある。
佩人はそう思っていた。
ぶすっとした表情を隠さず、目の前のまだ少女の面影を残しているともいえる女の子は食事をとり続ける。
佩人も、奢ったスペシャルプレートとは異なるA定食を食べる。
一通り食事をとり人心地ついたころ。
「副会長。今日の生徒会執行部の予定をまとめておきましたので、今から送付します。」
と、鞄からタブレットを取出し、生徒会専用のネットワークを介してメールを送付する。
「ありがとな。今日って…ああ、生徒総会か…だからいつも以上にピリピリしてるんだな、君は。」
佩人は緊張感のない声で副会長に確認する。
「…どうして貴方という人はそんなに緊張感もなく総会に臨めるんですか。」
またもや目の前の幼い顔立ちの補佐官の額に青筋が浮かぶ。
「ああ。そんなに青筋たてない。可愛い顔がだいなしぃ!!ったいって、かんださぁんっ!!!」
にっこりと微笑み、ズガンッという音が響きそうなほどに机の下の佩人の左足のつま先を踏みつける補佐官。
「か…可愛いとかいうなっ!!!この女たらし副会長がぁっ!!」
声と表情が違う。
表情には…明らかに羞恥と喜びがあるのに、行動は粗暴で残虐だった。
踏み抜かれたつま先に身悶えする佩人を置き去りに、彼女は食器を片づけ素早く踵を返し立ち去る。
白地に群青の縫い取りが施されたセーラー服。リボンは学年で色違いで補佐官の場合は高等部1年生の鶯色。
スカートは膝丈のプリーツスカート。
スカートにも上品な群青の意図で施された精緻な刺繍が施されている。
佩人にとって、今ではすっかり見慣れた制服だが、小学部入学式で新入生をエスコートしてくれた先輩たちを初めて見た時には、こんなにきれいな女性がいるんだなと本気で感動したものだった。
まぁ。
現実はこんなもんかなぁ。
本当はそんなに痛くも無かったつま先を軽く振りながら、時貞総合学園高等部生徒会執行部副会長である白鷲 佩人は、席を立った。
午前中の授業は卒なく終わる。
後期の始業日とはいえ、始業式があったことぐらいで他はさほど変わることも無い。
学級の運営役員を決定する必要性があるが、そもそも佩人は生徒会副会長なので関係が無い。
他の学校から転入生が来るようなことも、80%がエスカレーター式に進級し、残り20%も高等部入試で定員が満たされている状況ではほぼありえない。
だから、変化はない。
そんな学園生活を恵まれた平和な環境だと思える自分がいるのも事実だが、変化のなさに退屈を覚えている自分がいることを佩人は理解していた。
4時間目の終了のベルが鳴る。
今日は生徒総会。
一応曲がりなりにも副会長なのだから、今日は生徒会室で食事をとろう。
そう考えた佩人は、高等部校舎3階の教室から2階に降り購買部でパンと飲み物程度の食事を購入してから特別活動棟5階の生徒会執行部室へと向かった。