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退魔連盟ーAlone dog―  作者: 川童九里
第一章:プロローグ
8/9

悪意の山

「よっ、と……これで全員かしらね」

 狼男、チビ老人、モサ髪女の順に敵を後ろ手に縛りあげると、正美は確認する様に周囲を見渡した。

 朝顔によって盛大に破壊された室内は半ば廃墟と化しており、元の整然とした雰囲気は跡形も無い。戦闘試験も含んでいた事からやむ負えないとはいえ、修繕・偽装班からの小言を想像すると少しだけ頭が痛い。

 と、その横合いから、朝顔の声がかかった。

「おーいパイセン、まだ一人残ってるぜ」

「え? ……あーそういえば居たわね」

 初撃で気絶したまま放置されていた角張り顔を引きずってきた朝顔を一瞥すると、正美は懐から一枚の木の葉を取り出した。

 そしてそれをそのまま額の前に持っていくと、静かに一言呟く。

「――『葉貨交換(ようかこうかん)』」

 その声に呼応する様に木の葉は白煙へと変わる。

 そして次の瞬間には正美の手に文様が刻まれたロープが握られていた。

「すげーなパイセン、消えるだけじゃなくて手品も出来んのか」

 感心した様な朝顔の声に呆れを含んだ視線を向けながら、正美はそのロープを朝顔に投げ渡した。

「……手品じゃなくてこれも能力。というか、さっきからたまに言ってる『パイセン』って何?」

「ん? 先輩を逆から言ってるだけだぜ? 他意はねえよ」

「…………どことなく馬鹿にした響きが含まれてるのは、まぁ、気のせいって事にしときましょうか」

 そりゃどうも、と返しながら角張り顔を縛る朝顔を横目で見ると、正美は三人へと向き直り、指を鳴らした。

「――強制人化・精神覚醒」

 その発せられた言葉の通り、三人に変化が現れる。

 狼男は始めに見たハゲ頭に戻り、チビ老人は身長が伸びて白いヒゲがその顔を覆い、モサ髪女は爪と髪が縮み高校生程度の少女へと姿を変えた。

 そして、全員が人間へと変化したタイミングでそれぞれがそれぞれの大きさのうめき声を上げた。

「…………ぅ」

「…………ぐ、ぬ」

「…………な、んだ?」

「……おはようございます、皆さん。今の状況が分かりますか? 記憶に障害が無いといいのですが」

「…………? ――――っ!」

 正美の声かけに最も早く反応したのはハゲ頭だった。

 一瞬で状況を把握し、反射的に腕に力を込める。

 だがその成果といえばわずかに肩が動く程度だった。

「ああ、無駄な抵抗はやめてください。血族回路が封じられた状態ではそのロープは外せませんよ。引きちぎるなんてもってのほかです」

「……ちっ、万事休す、か」

「そーそー、何もかも諦めてさっさと喋っちまった方が身の為だぜ? これ以上痛い目は見たくねぇだろう?」

「……ややこしくなるからあんたは黙ってなさい」

 思い切り煽り始めた朝顔を制すると、正美は三人の隣に転がされた角張り顔にも同じ能力をかけた。

「…………ぅ」

「――さて、ではあなた方四人に質問します。詳しい事情聴取は後で行うのでとりあえず名前と妙に焦っていた理由だけ教えてもらえますか?」

「………………」

 見渡す正美と、目をそらす三人、そして状況が飲み込めていない角張り顔。

 それを見て、今度は朝顔が口を開いた。

「なぁ、やっぱりもう一回締めて――」

「このアホを止めるのも面倒なのでさっさと答えてもらえませんか?」

 朝顔をアホと断じるついでに漏れ出た正美の苛つきを感じ、ハゲ頭が諦めた様にため息をついた。

「……ガルムだ。血族は人狼」

「本名もお願いします」

「……狗伏条間(くぶせじょうま)だ」

「結構。他の方も覆名(ふくめい)と血族、本名を順にお願いします」

 正美は事務的に手帳にハゲ頭、ガルムのプロフィールを記入すると他の三人にも同じ問いを投げかけた。

「……覆名ゼルド、血族は小精霊、本名が日陽廉我(ひようれんが)です」

「……レム、爪魔、()紅花(フォンファ)

「…………あー、覆名ジー、血族が魂鬼、本名、白樺明次(しらかばみょうじ)

「………………はい、結構です」

 (チビ)老人、(モサ髪)女、角張り顔の順に情報を記録すると、正美は再び木の葉を取り出した。

「――『葉化分身(ようかぶんしん)』」

 そう唱えると先ほどと同じ様に木の葉が煙に変わり、今度は正美と瓜二つの姿をした分身が正美の目の前に出現、扉の方へと走り出した。

 その背中が扉の向こうへと消えるのを見届けると、朝顔は小声で正美に訊ねた。

「……なぁアレ、何しに行ったんだ?」

「……とりあえず、四人のデータの照合と応援要請に行かせました。この結界の中だと電波が通じませんし、時間ももったいないので」

「……なるほど」

「――――ふっ」

 二人のやり取りを遮る様にハゲ頭が鼻を鳴らした。

 そして、それに反応した二人の視線に気付き疲れた様に口を開く。

「……失礼。応援、間に合うといいなと思ってな」

「……さすが、人間状態でも耳が良いようで何よりです。そう思う根拠について教えてもらえますか」

「…………言えないな。言いたくても言えない様になっている」

 ハゲ頭のその言葉に、正美の眉が動いた。

「…………そんな戯れ言を信じるとでも?」

「……凄むなよ。退魔連盟の一級捕縛官様なら俺が嘘ついてるかどうかくらい判断出来るんだろう? 無駄な脅しはやめようぜ」

「……チッ」

 ハゲ頭の言葉に正美は目を細めた。

 確かに四人を縛っているロープには嘘発見器としての機能もあり、それはハゲ頭が本当の事を喋っている事を示している。

 なるべく手の内を隠しておくつもりだったが、ハゲ頭には読まれていたらしい。

 自身の甘さに歯がみしつつ、正美はその事実から分かる『黒幕』の姿を想像した。

「……絶対言令? 契約条項? いずれにせよ妖魔を完全に縛る程の力……まさか」

「……おーいパイセン。どういうことだよ? 一人でブツブツ言われてもわかんねぇんだけど?」

「…………敵が想定外に大物である可能性が出てきたってこと。まだ確信は得られないけど……」

 朝顔の質問にそう返して唸る正美に、ハゲ頭が言葉を投げる。

「生憎、答えそのものは言えないが、ヒントになりそうなものは教えられるぜ? どちらかと言えば見せられる、だが」

「――それはありがたいですね。で? 引き換えに何が望みですか?」

「…………話が早くて助かるね」

 にやりと笑うハゲ頭にため息を返し、正美は再び口を開いた。

「…………一応、聞くだけです。あまり無茶な事を言われても承服しかねますので、それをお忘れなく」

「何、そんな大層な事じゃない。頼みは二つ。こっから先、あんたの『姿を消す能力』を俺たち四人を含めた全員にかけること、そしてあんたらが移動する時は俺たちも一緒に移動させることだ」

「…………?」

 奇妙な要求に疑問符が浮かんだ正美に対し、補足するようにハゲ頭は続けた。

「……あんたらも分かってることだろうが、時間が無い。旦那……あんたらが考える黒幕はもう間もなく薬を回収しにやってくる。そのときに人化して両腕縛られた状態じゃ生き残れる可能性はゼロだ。こうなっちまった以上、あんたらに協力し行動を共にするのが生き残る上での最善だろう? 縄をほどけとは言わねぇから、とりあえず一緒に行動させてくれ」

「…………なるほど。分かりました」

 少し考えて頷いた正美に、朝顔が驚いた様に声をかけた。

「おいおい、良いのか? いくら嘘が見抜けるったって、そんな簡単に信用してもよ?」

「……別に信用しているわけじゃないわ。応援部隊に伝える為に情報は多い方が良いし、何よりせっかく確保した容疑者をみすみす死なせる訳にもいかないってだけ。さっきのこいつらの態度を見る限り、黒幕が部下の命を何とも思っていないっていうのは確かだろうしね」

 ……了解、と朝顔が鼻を鳴らしたのを確認すると正美はハゲ頭へと向き直った。

「話はまとまりました。それで? そのヒントとやらを教えてもらえますか?」

「……オーライ、んじゃあとりあえずそこのベランダの窓にまで連れてってくれ」

「……朝顔、四人を抱えて持っていきなさい」

「俺かよ。つーかいきなり名前呼びか」

「咲原執行官候補だと長いでしょう? 私は呼び捨てる時は名前呼びする主義なの。ちなみにあなたに運ばせるのは、私は能力をかけるのに忙しいから……一応言っておくと、査定に響かせたくなかったら上司からの指示には大人しく従っときなさい。今後の為にも、ね」

「……へーへー分かりましたよ……お前ら、運ばれ心地は期待すんなよな」

 ブツブツ言いながら四人に向き直った朝顔は、そのまま無造作に手を伸ばした。

「うおっ」

「くっ」

「むう」

「ちょっ」

 ハゲ頭、女、老人、角張り顔をそれぞれ脇に抱える(女と老人)か服を掴む(ハゲ頭と角張り顔)かして持ち上げると、朝顔は言われた通り、ベランダの前へと移動した。

「で、どうするんだよ? まさかここから飛び降りろって言わねぇよな?」

 ベランダに通じる窓の外は明らかな高層階の景色で視界を遮るものは何も無い。少し視線を下げると小さい、それでも十階程度はあるだろうビルが遠くにいくつも並んでいた。

「あ、ああ、それに関しては心配ない。奥にあるものを隠す為にどこぞの高層マンションの風景を投影してるだけだ。扉の先は全く別の場所に繋がってる」

「ふーん……いろいろやってるもんだな」

 運ばれ方にやや面食らっている様なハゲ頭からの返答に感心した様に返すと、朝顔は窓を開けてもらおうと正美の方へ向き直った。

「おーいパイセン、これ開けてくれ」

「あー、はいはい、ちょっと待って。今結界開くから」

 正美はいつの間にか作り出していた新しい分身に手を振ると、さっと窓に駆け寄りその窓枠に手をかけた。

「なぁ、アレは何用の分身だ?」

「…………迎撃用。万一敵に突入されたとしても奇襲で仕留められるならそれにこした事は無いからね。ま、そう簡単に破られる結界は張ってないけど……っと、開いたわよ」

「……それは無駄だと思いますがね」

「あん?」

「……どういう意味ですか?」

 二人は老人の呟きを聞きとがめたが、老人は無言で首を振った。

「……行きましょ。いちいち反応するだけ時間の無駄みたいだし」

「……了解」

 朝顔が同意するのを確認すると、正美はその引き戸を開け放った。


「……これ、は」

「…………はー、すげぇな」

 正美が驚愕し、朝顔が感嘆の声を上げるほどその空間は広大だった。

 先ほどまで居た場所がどんなに広くともマンションの一室といったレベルだったのに対し、今立っている場所はまるで体育館。それも小中学校にあるようなものではなく、ホールがいくつもある市民体育館の壁をぶち抜き、一つにまとめたらこれくらいになるのではないかという圧倒的な広大さだった。空間の脇に目をやると小さな扉がいくつかあり、それぞれがまた別の部屋に繋がっている事が想像出来た。

「こんな広い異空、維持するだけでも大変でしょうに……一体何のために」

「……そりゃあ、原料を捌く為だろう」

 困惑する正美に対し、先ほどから黙り続けていた角張り顔が声をあげた。

「……原料? 何言ってるの? 霊薬の原料は天然の薬草や安価な化学物質がほとんどだし、実際メロウが売ってたのも――ッ」

 そこまで言った所で何か思い当たる事があったのか、正美は声を詰まらせた。

「――あんた達、まさか!」

「おい、パイセン」

 角張り顔に詰め寄ろうとした正美の機先を制するように、朝顔の声が響いた。

「……なんか、臭くねぇか?」

「えっ……?」

 朝顔に言われて軽く鼻を動かした正美は、その臭いの原因に思い当たり目を見開いた。

「――――ッ」

「あ、お、おい!!」

 臭いの発生源に向かって走り出した正美を追いかけた朝顔は、正美が脇にある扉の一つを開け放ったところで、その臭いの原因に確信を持った。

「……こいつは、また」

「なんて……事を……」

 呆然と立ち尽くした二人の前に現れたのは。

 大小さまざまな体躯の。

 しかし、どれも一様に内蔵部分が切り取られた。

 異形の死体の山だった。

含魂霊薬(がんこんれいやく)……そう、こっちが本命だったわけね」

「…………それ、何だ?」

 小声で訊ねた朝顔に正美は表情を変えずに説明する。

「……さっきも言った様に『免許を持っていれば取り扱う事の出来る』霊薬は通常の物質、天然の薬草や化学物質を適切な割合で調合する事で作られるものよ。含魂霊薬はその名の通り、魂、いわゆる幽体器官を混合する事でより直接的に、より強力に、効能を発揮させられるように改良された霊薬なの。特に妖魔や異能者の様に発達した幽体器官を混ぜたものほど効果が大きいとされているわ。だけどその製造方法や使用目的から製造、所持、使用の全てが禁止されているの」

「はぁ〜、まぁ、こんなざまじゃなぁ」

 呆れた様に言った朝顔は、そのまま抱えている連中に視線を流した。

「……しかしアレだな。妖魔ってのも存外俗っぽいっていうか……同類ぶっ殺してでも金が欲しいもんかね」

「……違う」

「あん?」

 朝顔の嘲りに(モサ髪)女が反応した。

「金儲け、違う! 私達、無理矢理! あの方、使うために!」

「あ〜、興奮してるとこ悪いんだが正直なんとなくしか分からな――」

「なるほど、やはりそういうことですか。ということは本当の敵は……」

「…………」

 自分を置いて納得した様な正美に、無言で説明を求める朝顔。

 それに気付き、正美はゆっくりと口を開いた。

「……つまり、彼女らは部下ではなく奴隷だった、少なくとも含魂霊薬に関しては売り物として作っていた訳ではない、ということ。ここまでは分かる?」

「それは、まぁ」

「…………それじゃあ『敵が妖魔とは限らない』ってことは?」

「――――!?」

 思わぬ正美の発言に、朝顔は驚愕の表情を浮かべた。

「待て待て、それじゃあ何か? 妖魔を四人奴隷化した上、こんだけの妖魔を殺して薬の材料にした『人間』がいるって事かよ?」

「……そうです。そして恐らく、そちらの方が可能性が高い」

「……理由は?」

「大きく三つ。一つは妖魔に対しても有効な強制契約、強制命令といった力は人間の術者の方が圧倒的に使い手が多いため。これは連盟成立以前に『契約術』として妖魔を使役していた一派の術式が拡散したためだと言われているわ。二つ目は含魂霊薬を使うメリットが妖魔側だと著しく低いため。妖魔の幽体器官は通常の動物や異能者のものと比べて発達が著しく、多少他者の幽体器官が混入した所で過剰反応は起こさない。含魂霊薬を使用する主な理由は幽体を用いる事による即効性と過剰反応による魂臓のリミッター解除だから、妖魔があえて使う必要はほとんどない。で、三つ目。これが決定的なんだけど、妖魔を殺すのを何とも思っていない、どころか妖魔を喜んで殺し、含魂霊薬を戦闘に用いる人間の集団を私や退魔連盟の職員はよーく知っているためよ」

「……なんなんだ、その、人間の集団って」

 神妙な面持ちで訊ねた朝顔に、正美は一拍置いて答える。

「――討魔連合(とうまれんごう)。妖魔を恨み、それと共存を唱える退魔連盟を憎む、討魔士達の一団よ」

「……討魔士……? そんなのが、いるのか……」

「いや、これ、講習でやってると思うんだけど」

「…………」

 目線をそらした朝顔に呆れ顔を向けつつ、正美はとにかく、と話題を切り替えた。

「敵の正体が見えた以上、これ以上長居する必要は無いわね。対討魔士用の部隊を呼んだら――ッ」

 と、そこまで言った所で正美の目が大きく見開かれた。

「――ウッソでしょ」

「……パイセン?」

「結界消失、それにこれは――!!」

 正美が言葉を言い切る前に、背後のマンションの一室へと繋がる扉が爆炎によって吹き飛ばされた。

「……討魔士、葛霧昌吾(くずきりしょうご)

 そう呟いた正美の絶望的な表情が、襲来者の実力を物語っていた。

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