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退魔連盟ーAlone dog―  作者: 川童九里
第一章:プロローグ
7/9

乱闘試験(後)

(全く……もう少しスマートに出来ないもんかしら)

 自身の存在を隠蔽しつつドア口付近から朝顔の戦闘を眺めていた正美は、イライラと足踏みしながらその端正な顔をしかめさせていた。

(速攻で人狼型を沈めた身体強化は良いとして……探知能力が低すぎる)

 自分にははっきりと見えているチビ老人に対処しきれず、手や顔に赤い線が増え続けている朝顔に対し落胆の色が隠せない。

(『幽体化』なんてのは割とポピュラーな能力だってのに……あんなのに苦戦するようじゃ、話になんないわね)

 そう結論づけてため息をついた。

 『幽体化』とはその名の通り、自身の状態を異相のずれた存在、『幽体』へと変化させる能力である。

 この状態となると通常の方法では目視不可能になり、一般的な物質である『実体』からの干渉をほとんど受けなくなる。

 逆に『幽体』が『実体』に干渉する事も(肉体と密接に結合している『幽体器官』のような例外を除き)ほぼ不可能であるため、攻撃の際は実体化しなくてはならないのが、この能力の弱点だった。

(ま、だからこそアイツも何とか躱せてるんでしょうけど)

 朝顔が先ほどからかろうじてとはいえ致命傷を避け続けている要因は『実体』から発せられる『攻撃の意志』、いわゆる殺気を読んでいるためだろうと正美は判断していた。

 つまり、死角を突かれようと、予期せぬ奇襲だろうと『攻撃』でさえあれば察知出来るのである。

 現に幻影に対しては最初の一回を除き惑わされている様子は無く、的確に本体の攻撃だけに反応していた。

 逆に言えば攻撃で無かったり、殺意が薄かったりすれば感知できないという欠点はあるが、身体強化と合わせて人間相手ならばほぼ無敵といえる戦闘力である。

 だが……幽体をも駆使して戦う、術士や妖魔相手ではやや物足りないと言わざるを得ない。

(そもそも人間相手なら勝てて当たり前だしねー……まぁ、紫堂さんが推薦するくらいだし、何かはあるんでしょうが)

 その何かが、分からなかった。

(正直、敵のレベルが低くて助かったってとこかしらねー。『部分幽体化』とか『幽体器官破壊』とかの高等能力使われてたら詰んでそうだし)

 ――妖魔の能力は遺伝的要素と、生まれてから十数年の血族回路の発達によってほとんど決まってしまう。そうして得た能力の使い方を精錬する事は出来るが、回路の発達が終わってしまったり、そもそも大前提として親から良い能力を継承出来なければ、如何に長く生きていたとしても、その力が劇的に成長する事は無い。

 熟練の戦士が生まれの違いで幼児にすらねじ伏せられる、これが妖魔の格差社会の現実である。

 正美を始めとした妖魔は、生まれてからずっとその世界で生きているため、相手の『格』を測る感覚が人間以上に敏感だった。

(ま、もうすぐ五分だし、状況が変わらなそうなら私も動きますか――――ッ!?)

 時計を流し見し、戦闘風景へと視線を戻した瞬間、明確に朝顔と目が合った。

 正美の『認識阻害』という能力はその名の通り、能力をかけた物体に対する自身が許可した存在以外からの認識、感知、探査を無効化するものである。隠蔽出来る物体は自身から一定距離にある全て、阻害出来る認識は五感、幽体知覚、探査導術及び能力、果ては生命探知機等の精密機械にまで至る。

 認識出来ないだけで触る事は出来る、つまり攻撃は当たる、という最大の弱点を除けば、偵察から要人暗殺にまで引っ張りだこの高等能力である。

 正美は事前の作戦会議で、自身のこの能力についても朝顔に説明していた。

 その時の会話を思い出す。


『――いい? 戦いになったら私は敵から隠れて採点を行います。もしもの時に連携を取りやすいよう、あなたからの認識は阻害しませんが、先に言った弱点の関係上、不必要に視線を向ける事は避けてください。まぁ万一リタイアしたくなったら、計三秒以上視線を向ければ助けを求めていると判断して手を貸しますので、その判断はご自由に』

『へーへーりょーかい。つまりあれだろ? あんたを狙わせて戦力分散したい時はそっちを向けば良いんだろ?』

『囮的なサポートをするつもりはありません!!』


(……いやまさか)

 目が合ったのは一瞬だったし、その後こちらを見ている気配はない、と正美は嫌な予感を振り払った。

 ……さすがに自分の査定をする相手をそんな風に囮にする程、馬鹿だとは思いたくない。

 だが、朝顔の視線は、もう一つの可能性、助けを求めるものとも明らかに違っていた。

(手を出すな(・・・・・)、ね)

 朝顔の視線をそう解釈すると、正美は鼻を鳴らした。

「……仕方ないわね。どう対処するのか、見せてもらおうじゃない」

 そう呟いた正美の表情は、ほんの少しだけ微笑んでいた。



「……ぬう」

 何度目かの交差の後、幽体化したチビ老人は小さく唸った。

 モサ髪女の爪射ちにより逃げ場を制限し、わずかに生まれた隙を突いて致命傷を狙う、という今の戦術は大まかに見ればハマっていた。

 この面子の中では攻防力共に頭一つ抜けていた狼男を一方的に叩き伏せる相手に対し、ここまで戦えているのがその証拠である。

 だが、一見押している様に見えても、かすり傷程度しか付けられていない現状はチビ老人達にしてみても好ましいものではなかった。

 そもそもの前提として時間が無い上、いつもう一人――正美が参戦してくるか分からない以上、このまま膠着(こうちゃく)状態を続ける訳にはいかない。

(やむ負えませんね……もう一人に取っておくつもりだったのですが……)

 明らかな妖狐の血統、しかも高等能力持ち相手に切り札を残せない己に歯がみする。

 だが、この異常な反応速度と身体能力を持つ人間を仕留めるには、もはやそれしか手は無かった。

(――レム殿)

 正美からの奇襲を警戒し、高速で飛び回っているモサ髪女に目配せする。

 それなりに長い付き合いの相手である。意図が伝わったのが良く分かった。

「では……行きますかな」

 誰に言うでもなく呟くと、幽体化を解く。

 同時に、幻影を五体現出させた。

「――――?」

 標的――朝顔の表情が、怪訝に歪む。

 それも当然。朝顔を囲い、飛びかかる様に現出した幻影に対し、本体が立つは真正面。

 しかも、刀を振り、当たる直前で実体化していた今までと異なり、わずかに離れた位置への出現である。

 違和感を感じないはずが無かった。

(『今更幻影に惑わされるとでも?』と言いたげですな)

 朝顔の心情を推察し、笑う。

 笑ったまま、無造作に飛びかかった。

「――――」

 怪しみながらも、十分な反応距離、対応時間を持って迎撃の構えをとった朝顔は――。

「――――え?」

 拳撃を打ち出した直後、思わずと言った風に声を漏らした。

 ――目の前の実体が、真後ろから飛びかかってきていた幻影の位置に、一瞬のうちに移動していた。

 『幻影跳躍(イマジン・ジャンプ)

 幻影を消費して本体をその位置へと運ぶ、チビ老人が使用出来る唯一の準高等能力である。

 短距離空間跳躍に分類されるこの能力は、幻影という標識が必要であること、そしてそれに起因した一拍の間がある事から、高等能力からは除外されているものの、ある限定された状況においては標識無しの空間跳躍よりも有用な戦闘技術となりうる。

 すなわち、今の状況。

 敵の虚をつく、外しの技術として。

「――――ふっ」

 一拍の気合いと共に振り抜かれる刃。

 まんまと釣り出された拳は止まらず、朝顔の首に刀が届く。

 ――その刹那。

「――――っの!!」

 朝顔の身体強化、そのギアが跳ね上がる。

 通常の身体操作では止まらない、止められるはずも無い『出かけ』の拳撃が凄まじい速度で反転する。

 直撃すれば粉砕必至。

 『不殺』からはかけ離れた肘鉄をかろうじて制御し、己が首を刈らんと迫る刀へと叩き込んだ。

「――――」

「ええ、そうだろうとは思ってましたよ」

 確かに刀を捉えたはずの肘が空を切り、完全に思考が停止した朝顔の足下から声がかかる。

 そこには既に腕を振り抜いた、チビ老人の姿があった。

「それくらいの反応はすると思っていました」

 始めから狙いは首ではなかった。

 急所を狙われれば、死にかければ、限界まで力を出す事は想像出来た。

 ……その限界が、規格外であろうことも。

 恐らく連続して首を狙えば対応しきっただろう朝顔は、急所ではない末端を突然狙われた事で、反応する事が出来なかった。

(急がば回れ、まずは足を封じるのが基本でしたな)

 想像以上の難敵に功を焦った自身を恥じつつ、作戦――機動力を失った朝顔をモサ髪女が蜂の巣にする――を実行するため、幽体化を発動する。

 発動、しようとした。

「がっ!?」

「……ようやく、捕まえたぜ」

 突然の激痛に、能力発動が阻害される。

 ……何が起こったのか分からなかった。

 だが、自身を地面に叩き付け、そのまま押さえつけているのが朝顔の靴だと気付いたとき、チビ老人は驚愕の声を上げた。

「ば、っかな! 何故、貴様動ける!?」

「……いやぁ、さすが二百万。そこらの服とは強度が違うね」

「は……?」

(服……? 服だと――っ!?)

 朝顔の言葉により、更なる混乱に陥る。

 確かに、足を切るには服ごと切断する必要があった。

 確かに、今までは肌の露出した部分しか切っていなかった。

 だが、だがしかし、そんな――。

「あ――」

 気付く。

「ああ――」

 視界の端に入ったあるもので、失策に。

「あああああああああ――!」

 それは、根元から折れてフローリングに突き刺さる、自身の愛刀の姿だった。

「うあああああああああああ!」

 一瞬足が離れた隙に何とか幽体化しようとするも間に合わない。

 朝顔の蹴りが全身を捉え、そのまま壁に叩き付けられたチビ老人は、そのままずり落ちると動かなくなった。

「……二人目、っと」

 感情を込めずに呟いた朝顔は、そのまま衝撃的な出来事に動けなくなっているモサ髪女へと向き直った。



「あ、ああ」

 膝から崩れ落ちながら、モサ髪女は自戒する。

 なぜ、今の一瞬、爪を射ち出さなかったのか、と。

 そうすれば、仮に倒せなかったとしても、チビ老人は逃がす事が出来たのではないか、と。

 ……分かっている。出来なかったのだ。

 敵の男が自身にぶつけてきた、圧倒的な殺気に気圧されて。

『――動くな、殺すぞ』

 視線が合っただけではっきりそう幻聴するほど濃厚な殺意は、仲間を傷つけられた怒りを、時間が足りない事への焦りを、そこから沸き上がる戦意を、全て根こそぎへし折っていた。

「――よう」

「ひっ!」

 自失しているうちに目の前まで迫ってきていた朝顔に、恐怖の声を上げる。

 それを見て、朝顔はつまらなげに鼻を鳴らした。

「おーい先輩、これもう勝ちでいいんじゃ……え? あーはいはい、了解――おい、あんた」

「っ!?」

「そんなビビ……いや、いいや。えーと、なになに? 『降伏する意志があるなら武装解除及び人化し、両手を頭の上へどうぞ』……だそうだ、どうする?」

「……ぐ」

 朝顔からの勧告に我に返ったモサ髪女は、軽く歯噛みした。

 己に勝ち目の無い事は既に分かっている。

 二人掛かりでまともに当てられなかった攻撃が、一人で当てられる訳も無く、そもそも既に敵の間合いだ。

 だが、そんな事実よりも何よりも。

 二人をあれだけ痛めつけた相手に、抵抗もせず捕縛されるという無様は我慢出来なかった。

「――――」

「おい、どうし」

「シネ!!」

 言うが早いか、爪を最大にまで巨大化させる。

 成人男性の身長をゆうに超える長さとなった爪は、この間合いならば射出するよりも遥かに速く敵に届く。

 勝負がついたと油断している相手ならば、貫かれてもおかしくない。

「……はぁ」

 などという考えはやはり甘いとしか言いようが無く。

「……やっぱりお前、三人の中で一番弱いわ」

 朝顔からの屈辱的な一言に憤る間もなく、モサ髪女の後頭部はバスケのドリブルの要領でフローリングへと叩き付けられた。



「これで最後、と」

 モサ髪女が完全に気絶しているのを確認すると、朝顔は正美の方へと向き直った。

「で、どーよ先輩。俺は合格か?」

「……五分十七秒、まぁ及第点、ってところね」

 正美は時計を確認してそう言うと、ゆっくりと朝顔へ近づいてきた。

「正直驚いたわ。一人目はともかく、二人目をよく倒したわね。能力が分かってた訳でもないでしょうに、足を狙ってくるって読んでたの?」

「え、あー、いやぁ」

 素直に感心する正美に対し、朝顔はバツが悪そうに頬を掻いた。

「……まさか、偶然だった訳?」

「いや、狙いはほとんど同じだった。実体化してる間に何とか驚かせれば、始めにあいつを投げた時みたいに、攻撃が当たると思ってよ。何となく敵の位置は掴めてきてたから、タイミング見計らって腕で受けてやろうと思ってたんだが……」

「……半分くらい偶然じゃないの。策自体も装備の良さに救われてるし……全く……本気も出さずに負けそうになる奴は不合格にするわよ?」

「んだと? 運も実力のうちだろ? つーか、本気も出さずにってのはどういう意味だ!」

 抗議する朝顔を一瞥すると、正美は深く息を吐いた。

「……私が何にも知らないと思ってるのね。仮にも優秀と言われてる固道武術士が、身体強化しか使えない訳ないでしょうが。いくつか例外の流派もあるけど、そうだとしたら強化が弱すぎるし……ホントあんまり嘗めてるとしめるわよ?」

「……そんなもん、あんたが殺すなっつったからだろうが。うちの流派の術は殺傷力が強すぎるんだよ」

「……ふーん、ならいいけど」

 正美は全く信じていない様子で鼻を鳴らすと、まぁいいわ、と話を打ち切った。

「とりあえず、こいつら縛っちゃいましょ。妙に焦ってた理由も気になるし、急いでね」

「……りょーかい」

 朝顔は正美の評価への不服は隠さないまま、作業に取りかかり始めた。

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