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退魔連盟ーAlone dog―  作者: 川童九里
第一章:プロローグ
5/9

霊薬と幽体器官と魂臓と

 退魔連盟本部の最寄りから地下鉄と私鉄を乗り継いで数十分、都心の経済を支える中流層が数多く住むベッドタウンの片隅に、朝顔は降り立っていた。

「なぁ、ホントにこんなとこに妖怪の巣があるのか? 普通にのどかな住宅街って感じなんだけど」

 脇に立つスーツ姿の金髪美女に訊ねる。

 聞かれた美女、九瀬正美(二十五歳)は煙と共に元の狐耳ロリの姿に戻ると、呆れたように返した。

「……今時山奥に隠れ住んでいるのはよほど太古から生きている偏屈か、そこでしか生きられない天然記念物だけです。『変化(へんげ)』が出来る大抵の妖魔は明治時代頃から人に混ざり始め、退魔連盟が出来た今ではそのほとんどが人として生活しています……講習、聞いてなかったんですか?」

「あー、そういやそんな事言ってた気もする」

 あっけらかんと返した朝顔に、正美は大きくため息をついた。

 既に下手な敬語も消え完全に自分を嘗めている……というよりはあえて喧嘩を売りに来ている少年に、失望を隠しきれない。

 (これじゃあ、ただのチンピラじゃない……)

 態度だけの問題ではない。基本的な知識も無く、大した脅威も感じないこの少年が、使い物になるとは思えない。

 “あの”紫堂光雲の推薦ということで期待が大きかった分、落差が大きすぎた。

 と、自分の顔を朝顔がじっと見ている事に気付く。

「……何ですか? 私の顔に何か?」

「……いや、戻るんなら何でさっきでかくなったのかと思って」

「…………電車に乗る為です。無賃乗車を防止するため、人化を行わない状態での交通機関の利用は協約で禁止されていますから。人への変化は精神年齢に影響を受けまるので、私のような老化が遅い一族は見た目の変化が起こるんです。ちなみに今戻ったのは人間状態では認識阻害が使えないためです……他に質問は?」

「……あんた、ババアじゃなかったんだな」

「…………よほど減点されたいようですね」

 冗談っす、と手を振った朝顔に、正美は再び大きなため息をついた。

「……さっさと行きましょう。目的地はすぐですから」

「了解っす」

 あくまでもふざけた態度の朝顔に、正美の不安は更に大きくなっていくのだった。


「ここっすか」

「ここよ」

 二人の目の前に立つのは何の変哲も無い二階建てのアパート。

 建築されてからそれなりに年月が経っているのか、コンクリートの壁は所々剥がれ、脇に見えるサビだらけの階段には蔦が巻き付いている。

 その二階の角部屋、二○六号室が今回の目的地だった。


「霊薬の密売?」

「そうです」

 下校中の小学生を躱しながらアパートへと向かう道中、試験の説明の途中で出た聞き慣れない単語に、朝顔は反応した。

「霊薬……魂臓(こんぞう)や血族回路といった幽体器官(ゆうたいきかん)に作用させることを目的として調合された化学製剤の事です。九将式や固道武術といった『導術』の習得に必須であるほか、妖魔や異能者のヘルスケアにも重用されます。魂臓に接続する事で様々な超常現象を引き起こす『導具』と合わせて幽体学の二大発明と呼ばれており、退魔連盟によって厳しい流通規制がかけられています。特に服用するだけで様々な効果がある霊薬に関しては製造、販売側はもちろん、購入側にも取り扱い免許が必要になっており、今回あなたには一般人に霊薬を違法販売した妖魔の摘発をサポートしてもらいます。具体的には販売者が雇っているだろうボディーガードの制圧ですね。まぁ、ほとんど奇襲のようなものですし、大した使い手ではないと思いますが、何が起こるか分からない実戦ですので、気を引き締めて下さい。なお今回の働き次第では採用が白紙に戻る可能性もありますので無様な姿はさらさないように。以上、何か質問は?」

「……前半部分で分かんない単語が何個かあったけどやる事だけは分かった」

「…………わかんない単語、一応言ってみなさい」

「魂臓、血族回路、幽体器官、九将式、導術、導具、異能者……くらいかな?」

「……専門用語ほぼ全部じゃないの……ホントに講習受けたんでしょうね?」

 自分と同じくらいの背丈の男の子が蹴り飛ばした石を華麗に躱しながら、正美は思わず素になって頭を抱えた。

 それを見てさすがにバツが悪かったのか、わずかに視線をそらしつつ朝顔が返す。

「いや〜だって、初めて聞く単語だし、一発で理解しろって方がおかしいっていうか……ね?」

「ね? じゃない。はぁ……分かったわ、暇つぶしがてら説明してあげます」

「どうもっす」

「…………はぁ……」

 今日何度目か分からないため息をつくと、正美は口を開いた。

「……まずは大前提として、『幽体』って何か分かる?」

「…………幽霊の、体?」

「……ええ、ええ、その程度の理解でしょうね、分かってましたよ……『幽体』っていうのは私たちが普段目にする物質である『実体』と異なり、通常の方法では観測・干渉不可能な次元位相がずれた物質の事よ」

「…………お、おう」

「分かってないわね……まぁ普通考えられている『幽霊』と同じよ。特殊な能力でもないと触る事はもちろん、見る事も出来ない物質が『幽体』。ソレで出来た内蔵の事を『幽体器官』と呼ぶの。ここまではオーケー?」

「……まぁ、一応」

 本当に『一応』理解した様な態度の朝顔に頷いて、正美は続ける。

「さっき言ってた『魂臓』や『血族回路』はどちらもこの『幽体器官』の名前よ。『魂臓』は全ての幽体器官の中心で他の幽体器官にエネルギー、『導力』を供給する器官なの。名前の由来はかつて生命エネルギーの塊と考えられていた『(たましい)』と良く似た役割を持っているから。この魂臓があるから幽霊も生まれるし、超常現象も引き起こされる。余談だけど魂臓の有無で生物の分類を行う試みが近年活発になっていて、ほ乳類を始めとした有魂動物と無魂動物の遺伝子的な差に付いても――」

「あ、そこら辺の専門知識は良いっす」

 妙に深い知識まで披露し始めた正美に、朝顔がストップをかけた。

 どう考えてもそこまでの知識が今回の仕事に必要だとは思えない。

 正美もそれに気付いたのか、少し赤くなって顔をそらした。

「と、とにかく、魂臓はそういうものって事。で、その魂臓の一部が変形し、そこから導力を注入される事で様々な機能を発揮する様になった幽体器官をひとくくりに『回路』と呼び、妖魔の持つ次世代にまで遺伝していく回路を『血族回路』、異能者の持つ一世代のみにしか発現しない特殊な回路を『固有回路』、霊薬等を用いて人工的に作り出した回路を『導術回路』と、それぞれ呼ぶのよ」

「ふーん……ん? でも確か幽体器官には触れないんだよな? どうやって薬で干渉させるんだ? さっきの話だと霊薬は別に幽体じゃないんだろ?」

「――――!」

 朝顔の質問に正美は驚いたように目を見開いた。

「な、なんだよ」

「…………あんたにしては鋭いわね。そう、一般的には化学物質じゃ幽体には干渉出来ない。けどね、それだと血族回路も固有回路も発現しないはずなのよ」

「? どういう……?」

「……遺伝子によって次世代に継承されるのは生産するタンパク質の情報よ。タンパク質は通常の物質だから回路を作り出す事は出来ない……もっと言うならそもそも幽体器官自体が作り出されないはずなのよ」

「?? じゃあ、なんで?」

 困惑する朝顔に、正美は楽しそうに告げる。

「つまりは幽体を作り出したり、干渉したり出来るタンパク質や化学物質が存在するって事なのよ!」

「………………」

「……何よ、反応悪いわね」

「…………いや、溜めた割に当たり前っていうか、つまり最初の説明が間違ってただけ――痛ってぇ!!」

 思い切りスネを蹴られ悶絶する朝顔に、正美は咳払いをした。

「”一部の例外を除き”通常の物質では幽体には干渉出来ない、これで満足ですか?」

「えーえー結構っすよ」

 ヒリヒリと痛むスネをさすりながら、今度は朝顔がため息をついた。


 時は進み、二○六号室前。

 朝顔と正美は並んでドアの前に立っていた。

「……作戦はさっき説明した通りです。上手くやりなさい」

 正美の言葉に、朝顔は指で小さく丸を作り、了解の意を示す。

 そして一拍呼吸を整えると、呼び鈴を鳴らした。

「…………」

「…………」

 反応がない。

 もう一度押す。

 ……それでも反応がない。

 仕方が無いので連打する。

 ようやく、奥から足音が聞こえてきた。

「……あのー、どちらさま?」

 ドア越しにくぐもった男の声が届く。

 朝顔は軽く鼻を鳴らすと、一瞬で表情を崩した。

「なぁ、なあなあなあなあなぁ!? こ、ここか!? ここだよな!? ここで売ってくれるんだよな!? あああ、神様! あんたサイコーにファンキーだぜぇ!?」

「おい、待て…………なんの話だ?」

 中からの若干困惑した声に構わず、朝顔は続ける。

「く、くく区する、薬だよ!? き、聞いたんだ! ここですげぇ薬売ってくれるってよぉ!! た、た、た頼むぜ! おれぁ魂まで震えるサイコーな体験をしたいんだ!!」

「…………意味が分からないし人聞きが悪い。警察呼ぶぞ?」

 本気で迷惑そうな響きを含んだ住人の言葉に、朝顔は先ほど正美から聞かされた切り札を出す。

「め、め、メロウって奴から聞いたんだよ!! こ、ここに来ればあ、あの色んな化け物が見える薬をくれるってさ!! ほら、め、名刺だ! 渋られたらこれ見せろって! た、頼むよ! 金ならあるんだ!!」

「…………!」

 メロウという名前とその名刺を取り出した瞬間、ドアの向こうの空気が変わった。

 わずかに思案するような間の後、低い声で返す。

「…………名刺、見せてみろ。ドアの郵便受けに入れるんだ」

「あ、ああ! ああ!!」

 慌てたように手を震えさせながら、ドア下部にある郵便受けに紙切れを突っ込む朝顔。

 十秒後、露骨な舌打ちがドア向こうから聞こえた。

「チッ、あの野郎、面倒な客よこしやがって……分かった、少し待ってろ」

 そう言い残し、ドア向こうの気配が遠ざかっていくのを確認すると、朝顔は軽く息を吐いた。

「……すごいですね。すぐにでも隔離病棟に入れるのでは?」

「…………せめて役者になれるって言え」

 正美の煽りに力なく返すと、朝顔は再びため息をついた。

 ――先ほどのメロウという名前は、数日前に捕まった霊薬の売人兼仲介屋のものである。性格はお調子者で守銭奴。その手口としては、インターネット等で知り合った『オカルトマニア』と呼ばれる人種に『世界の真実が見える』、『夢で未来が予知出来る』などといった触れ込みで霊薬を売り込み、その中でも特に『ハマった』大口顧客に生産元(このアパート)を紹介し、その仲介料で大収入を得る、というものである。

『絞り上げたらすぐにペラッペラ喋ってくれたわ』

 とは、正美の談。

 妖魔界隈での大物と繋がっていたらしく、その背景もあって好き勝手にやっていたらしい。

「あの男の紹介を無下にすると後々面倒だからね。上手くいくと思ったのよ」

「……だからって何で俺があんな演技しなきゃいけないんだ? ドア蹴破って突入すりゃあいいじゃねぇか」

 作戦がハマってご満悦な正美に朝顔はグチグチとこぼす。

 それに対して、正美はやれやれと肩をすくめた。

「無理矢理押し入って『空間跳躍』でもされたらどうするの? こんな小物相手に専門部隊を出す程退魔連盟も暇じゃないし、そもそも調合師を捕まえなきゃ意味ないんだから、私が中に入って結界を張る隙くらいは作ってもらわないと…………まぁ、メロウがウソを言っている可能性もゼロではない訳だし、多少の保険をかけるって意味もあったけど」

「おい……もしその情報がウソで、俺が通報されてたらどうするつもりだったんだ?」

「…………試験中の事故だし、保釈金くらいは出るんじゃない?」

「おい」

「――妙ね」

 今にも噛み付きそうな朝顔を無視して、正美がぼそりと呟いた。

「あん? 何がだ?」

「――薬を持ってきてるだけにしては時間がかかりすぎてる。何か相談でもしてるのかしら?」

「……逃げる算段でも立ててるんじゃないのか? 『妙な狐耳のチビが客の隣に立ってんだけど』ってよ」

 朝顔の軽口に正美はむっとしたように反発する。

「私の『認識阻害』を馬鹿にするつもり? あまたの敵陣に侵入し、斥候部隊にその人ありと言われたこの私の技を。なんならあなたの認識からも消えて一方的にボコボコにしてあげましょうか?」

「へーへー悪うござんした。つか敵ってなに――っと」

 気配に気付き、会話を打ち切る。

 その五秒後、再びドアの向こうから先ほどと同じ声がかかった。

「…………さっきから、何かブツブツ聞こえてたが、一人で何やってたんだ?」

「え? な、な、な、何ってそりゃー神との交信よ交信!? ほらほらほらほら、俺って敬虔なアレ教徒だからっつうか!? ああ、新たな世界に導いてくれてマジサンキューってしないとね!?」

「…………そうか」

 もはや呆れを通り越して哀れみすら感じさせる口調のドア向こうの男と、自分の隣で能力を誇ってドヤ顔をする狐女に若干のいら立ちを覚えつつ、朝顔は狂った表情を保つ。

「で、でででで、どうなんだ!? う、売ってくれんのか!? な、な、なあなあなあ!?」

「あ、ああ、そう、だな」

 ドア向こうの男の声音に何か渋る様な響きを感じ、正美が朝顔の足をこずく。

「……もし何か理由を付けてきても押し通しなさい。何としてでもドアを開けさせるのよ」

 分かってるよ、と目線で返すと、朝顔は狂った顔で続ける。

「ななななぁ、頼むよぉ、最近はこれしか生き甲斐が無くてさぁ、色んなとこから金かき集めてきたんだ!? なぁなぁ頼むよ! うううううう売ってくレヨォオオオオオオオ!!」

「わ、分かった分かった! 分かったから、声を、抑えろ」

 慌てた様な声の後、鍵と鎖を外す音が聞こえ、そして。

 扉が、開いた。

「――――」

「…………おい、どうした?」

「ふぉえ!?」

 達成感で一瞬素に戻っていた朝顔は、慌てて顔を元に戻す。

 その隙にドア向こうの男――背の高さは朝顔より小さい、角張った顔の男――の隣を正美がすり抜けていった。

「…………ホントにどうした? テンションが……」

「い、いやぁ何でもねぇよ!? ちょっと電波受信しちまってよ!? かか神様もひでぇよな!? いきなり『おっぱい』とか脳内に送ってくるんだからよ!?」

「……ああ、それは……大変だな」

 訳が分からなすぎて深く関わりたく無いのが丸わかりな男の態度に、朝顔は軽く胸を撫で下ろす。

 そして、とりあえず正美に渡されていた金を使って取引を終えようと、口を開いた。

「で、で? 薬はどこにあるんだ? は、早くくれよ!?」

「……いや、その、受け渡しは……中で行う」

「ほ、ほ、ほ? そ、そりゃまた何で!?」

 思わぬ提案に声がうわずる。

 どうせ最終的には暴れるのだから中に入った方が都合はいいのだが、相手の意図が読めなかった。

「……あまり、取引を見られたくないんだ。ただでさえ、あんたの声で誰かに見られる可能性は上がってる。中でならいくらでもごまかしがきくんだよ」

「いい、いやぁなるほど、そうかそうか! いや悪いね気ぃ使わせてマイブラザー!?」

「だから、声のトーンを……いや、もういい」

 ため息をつきながら背中を向ける男に若干の違和感を覚えつつ、朝顔はその敷居をまたいだ。


「おおおおおお、ひ、広っれー!!」

 部屋の中に入った朝顔は、半分素でそう叫んだ。

 きれいに磨かれたフローリングの床、日の入る大きな窓、最新のシステムキッチン、そして何より、小さな道場程もある広い空間の開放感が素晴らしい。

 ……どう見ても外の崩れかけアパートの部屋には見えなかった。

 これにはさすがに違和感を感じると思ったのか、男がおずおずと口を開いた。

「ああ、これは……まぁ、説明しても分からないだろうから、不思議パワーでこうなっていると考えてくれていい」

「おおう、不思議パワーマジファンタスティック!! 神様も粋な事するよねー!!」

「おーい、何やってんだお前ら、こっちだこっち」

 朝顔の狂ったセリフを遮るように、横合いから声がかかる。

 目を向けるとそこには、大柄で筋肉質なハゲ頭の男、もっさりとした髪の毛の女、そして異常に背丈の低い老人の様な顔をした男が、穏やかな表情で立っていた。

 そして、先ほども声をかけたのだろうハゲ頭の男が、手招き混じりにもう一度言った。

「こっちだこっち。薬は書斎に保管してあんだよ」

「おおおおうそうなのかーい!? ご親切にどーも!?」

 狂った調子で返し、ヘラヘラと笑いながら、怪しまれないように観察する。

 正美の話では、調合師は恐らく一人、用心棒は居ても二、三人だろうとのことだった。

 他にも隠れている可能性が無い訳ではないが、立ち姿や気配から前の三人が用心棒、先ほどまで自分の相手をしていた男が調合師ではないかと朝顔は当たりをつけた。

(――しっかし、警護対象を応対に出すたぁ随分ずさんな……いや、こいつも妖魔らしいし、イカレ野郎程度なら自分でなんとか出来るって判断なのか……?)

 などとやや戦闘モードに入った頭で流れるように考えつつ、その書斎とやらへ近づいた。

「おほほーう、こここーりゃあすっげえな」

 中をのぞいて感嘆の声を上げる。

 先ほどの部屋に比べれば劣るものの、決して狭くはない空間に、薬が入っているのだろう白い紙袋が山のように積み重なっていた。

「すすすすっすげーや! こんだけありゃあ月まで飛んでいけそうだ!」

「はっはっは、さすがに全部売る訳にはいかないが、出来る限り考えてやるよ。

金は持ってるんだろう」

「あ、あああ、こ、ここに――ッガ」

 ハゲ頭に言われ胸から茶封筒を取り出した次の瞬間、後頭部に強烈な痛みが走り、朝顔は薬の山の中に倒れ込んだ。

 とたん、慌てたように先ほどまで朝顔を応対していた男――角張り顔が、ハゲ頭に近づいた。

「ほ、本当に殺したのか!? こ、こんなイカレ野郎、適当に何袋か薬を渡してやって追い返せば良かったじゃないか!?」

「……時間が無さ過ぎる。いいか、俺たちは何があっても、旦那にバレるわけにゃあいかねぇんだよ」

「そ、それはそうだが……」

 口ごもる角ばり顔に、モサ髪女がテンションの低い声で告げる。

「あの方、するどい。万一、こいつ、見られる。私たち死ぬ」

「それはこいつを殺したって――」

「死体は『アレ』の下にでも埋めておけばあの方は気付きませんよ。あの方が興味があるのは『原料』と『製品』だけ。『廃棄物』には興味がありませんから」

「う……」

 ちび老人の反論に角ばり顔が何も言えなくなったのを見て、ハゲ頭はため息をついた。

「……納得したか? じゃあ確認だ。こいつは運が悪かったと思って、旦那が来るまでに後片付けを終える。メロウの野郎にはこいつの持ってた金を渡して、二度とうちと関わるな、と伝える。以上、やるべき事に異論は?」

「なし」

「ありませんね」

「…………」

「おい」

 渋い顔の角ばり顔をハゲ頭が睨む。

 一瞬だけ逡巡すると、角ばり顔は、諦めたように口を開いた。

「…………ない」

「――よし、んじゃあさっさと――」

「いいやあるね。異論はありまくりだ馬鹿野郎が」

「……は?」

 予想外の場所からの声に、一同が一瞬フリーズした瞬間――。

「どっらあああああああああああああああああああ!」

 朝顔の拳がハゲ頭の顔面を捕らえ、そのまま部屋の反対側へと殴り飛ばしていた。

「な、お前生きて――グッ」

「……寝てろ」

 驚愕の表情を浮かべた角ばり顔を掌底一発で気絶させると、即座に臨戦態勢になったモサ髪とちび老人に警戒を移す。

 始めに動いたのはモサ髪だった。

「……消す」

「遅ぇよ」

 包丁程にも伸びた爪による突きを難なく躱すと、みぞおちに肘を打ち込む。

 その隙に後ろから飛びかかって来た老人の刀を見もせずに片手で白刃取りすると、そのまま目の前で悶絶している女へと叩き付けた。

「グエッ」

「ギャッ」

 無様な叫び声を上げ転がっていく二人を見送ると、伏兵がいないか気配を探った。

「――て」

「ん?」

 怒りを含んだ声に目を向ける。

 そこでは、顔面を押さえたハゲ頭が憤怒の表情でこちらを睨んでいた。

「てめぇ――何者だ! ここが何だか分かってんのか!? ああ!?」

「……お前すげえな。結構強めにいったつもりだったんだが、さすが妖魔ってやつ?」

「答えろ!!」

 怒鳴り声を上げたハゲ頭に対し、全く臆する様子無く朝顔は肩をすくめた。

「……いやぁ答えろって言われても、俺、今の立場あんまよく分かってない感じだし? ……仕方ねぇから名乗りは譲ってやるよ、九瀬ちゃん」

「――上司をちゃん付けで呼ぶな。『さん』か、せめて『先輩』をつけなさい」

 へいへい、と生返事をする朝顔の隣に、突如現れた(ように見えた)正美にハゲ頭は驚愕の声を上げた。

「なっ、て、てめぇガキ! どっから入りやがった!?」

「……答える義理はありませんね。ですがまぁ、せっかくのご指名ですし、口上だけは上げさせてもらいましょうか」

 軽くステップを踏みハゲ頭の正面に向き直ると、懐から令状を取り出し、告げる。

「――退魔連盟執行部、一級捕縛官九瀬正美! あなた方を霊薬密造とその販売の罪で――」

「――逮捕する!!」

 最後の締めの部分だけ奪い取った朝顔に、正美の視線が突き刺さった。

次回更新:7/20(日)(予定)です

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