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退魔連盟ーAlone dog―  作者: 川童九里
第一章:プロローグ
3/9

青城創也と暗い穴

「さて、んじゃあまずは最も基本的な所、退魔連盟の成り立ちからだ」

 紫堂は煙を吸い込み、一拍置いてから朝顔に向き直った。

「遡る事二十年弱、昭和から平成へと移る近現代に、日本における人と妖魔の停戦条約である人魔大協約が締結された。この時、その協約の円滑な運用を目的とした互助組織として発足したのが退魔連盟だ」

「…………なんていうか、思ったより新しいんだな。妖怪だの幽霊だのとの戦いって平安とかそれくらい時代のイメージだったんだが」

「ああ、そのイメージは間違っちゃいない。実際、最も人と妖魔の戦いが激しかったのはそこらへんだしな……まぁ妖魔と戦うんじゃなく、和睦なんてものを目指したのは、そのときが初めてだったって事だ」

 なるほど、と頷く朝顔に、紫堂は更に続ける。

「んで、この退魔連盟の業務の目的だが、第一が『人と妖魔の共存共栄の一助となること』。そしてその裏にあり、お前がメインで関わる事になるもう一つの仕事が『今の平穏状態を乱そうとする輩をぶち殺すこと』だ。簡単に言えば、原則的に妖魔は敵ではなく、その中で大きな罪を犯したものだけが排除対象になる、というわけだ。具体的な対象に関してはおいおい学んでいくとして……ここまでで何か質問はあるか?」

「……今の所は」

「よし、じゃあ次は契約条項についてだ」

「…………契約条項?」

 聞き慣れない言葉に、朝顔が首を傾げる。

「ああ、ぶっちゃけ実務的には退魔連盟の成り立ちとかよりよっぽど重要な事だ。具体的に何か、といえば俺とお前の間で個人的に結ぶ、術式的強制力が掛かった半永久的な命令の事だ」

「あー、…………分かりやすく頼む」

 良く分からないといった表情の朝顔に、紫堂は笑って答える。

「何、俺の下で働く間は、今からいう事を決して破るなというだけだ。それも大して難しい事じゃない…………いいか、良く聞け? 守るべきはたった一つ、『金の絡まない殺しをするな』だ。後で退魔連盟の規約も読んでもらうが、何を優先しても守るべき誓いはこれだけだ。簡単だろう?」

「…………もし、破ったらどうなる?」

「俺がお前の息の根を止める。どんな手を使ってもな」

 それだけだ、と表情を変えずに言った紫堂に、朝顔は軽くため息をついた。

 ……所詮、選択肢など有りはしないし、さして難しい条件だとも思わなかった。

「……分かった。それを守れば良いんだろう」

「よろしい。それじゃあ手を出せ、朝顔」

「……? 何だ……イッ――」

 差し出した手に紫堂の指が触れた瞬間、痺れる様な痛みが走り、朝顔は顔をしかめた。

「……これで完全に契約完了だ。お前が誓いを破れば、一発で俺に分かるようになった。仕組みとしては――いや、言っても分からんか」

「…………そうだな」

 素直に頷いた朝顔の顔を紫堂はしげしげと眺め、不思議そうに尋ねた。

「……お前、戦ってるときとキャラが違うって言われないか? 馬鹿にされたら噛み付いてくるかと思ったんだが」

「……事実だから仕方ないだろ。魔術なんてもんを知ったのも、実際にかけられたのも、昨日が初めてなんだから」

「違う違う。魔術じゃなくて『導術(どうじゅつ)』。外来の悪魔との契約によって行使されるそれじゃなく、人類、ひいては全ての有魂(ゆうこん)動物が使える可能性のある生命の神秘だ。お前が使う技だって基本的には導術の一類型だし……ここら辺の区別つけられる様になっとかねぇと、これから苦労するぜ?」

「………………精進します、だ」

 不服そうに呟いた朝顔を見て何故か満足げに頷いた紫堂は、派手な金色の腕時計に目をやり、口を開いた。

「……そろそろ良い時間だな。試験前にやっときたい事もあるし、移動するぞ」

「……また拘束するとか言わないよな?」

「必要がなければ、な」

 いやらしく笑った紫堂に、朝顔は今日何度目かのため息をついた。


「で、何してんだあんた」

「ん、いやここら辺なら人目につかんかと思ってな」

 先ほどのベンチから百メートルも離れていない公衆トイレの影に、紫堂はゴソゴソと何かを並べていた。

 当然朝顔は気になって覗き込んだものの、紫堂の背が邪魔をしてイマイチ良く見えない。

 そうこうするうちに作業が終わったのか、紫堂は立ち上がると朝顔に少し下がれとジェスチャーした。

「んじゃ、始めるぞ。ビビって大声出すなよ? 朝顔」

「いや、何するか説明しろよ。それでビビるなって言われても、反応に困る」

「あ〜……いや、面倒だから省略。頑張れ」

「おい」

 朝顔が文句を言う間に、何か黒っぽい粉を先ほど作業していた当たりの草むらにかける紫堂。

 変化は、すぐに現れた。

「……穴?」

 朝顔が怪訝な表情で言った通り、草むらの中に真っ黒な穴が出現していた。

 大きさとしては人がすっぽり入りそうな――フラフープ程度と言えば良いだろうか?

 あまりにも黒いその穴は、本能的な恐怖を見ている者、主に朝顔に与えていた。

「おい、まさかと思うがこれに入れなんて――」

「入れ」

「躊躇ねぇなおい――ってまっ」

 いつの間にか後ろに回り込んでいた紫堂に蹴り飛ばされる朝顔。

 勢い余って穴の部分に手をつくと、そのまま全身が一瞬で吸い込まれた。

「……さて、俺も行くか」

 誰に言うでもなく呟くと、紫堂は悠々と穴に足を踏み出した。


「痛っつ……あの野郎覚え……何だ、ここ」

 空中に発生した穴から転がり落ちた朝顔が見たのは、まるで倉庫の様な雑多な空間。

 民族衣装の様な仮面や、やけに長く血のように赤い布といった恐ろしげなものから、何の変哲も無い目覚まし時計といった日常的なものまで規則性も無く転がっている。

 全体的に茶色っぽい壁を白熱電球が照らしていた。

「……こりゃ一体……ぐえっ」

「おー、相変わらず汚ねぇなぁ」

 後から来た紫堂に当然のように踏みつけられる朝顔。

 非難の目を向けるも、既に犯人は奥に見える扉へと向かい一切の遠慮なくそれを開け放っていた。

「おーい、ソーヤ! 客だぞ、出迎えろ」

「…………」

「おーい!」

 再び紫堂が叫ぶとほぼ同時に、奥から誰かがドタドタと走り出してきた。

「開店前だ馬鹿野郎! 不法侵入を感知して来てみれば――あんまり嘗めてると叩き出すぞ光雲!!」

「そんなツレナイ事言うなよ。ガキの頃から顔なじみ、俺とお前の仲じゃないか。少しくらい多目にみてくれたって――」

「親しき仲にもって知らねぇのか! つうか少しどころじゃねぇだろてめぇの狼藉は! いい加減に――」

「お、新作出来てるじゃないか? いくらだ?」

「聞け! 人の話を!! あとそれは非売品だ値札見えてんだろ!!」

 奥の部屋から飄々とした紫堂の声と若い男の怒号が響く。

 あまりの騒々しさに、朝顔は今が早朝である事を忘れそうになった。

「おーい何してんだ朝顔! お前も早くこっち来い!」

「あん? 珍しいな、誰か連れて来てるのか?」

「ああ、新しい駒だ。ほら、早くしろ!」

 自分を呼ぶ紫堂の声に軽くため息をつくと、朝顔はゆっくりと体を起こし奥へと向かった。

 そこには、ヘラヘラ笑った紫堂とそれに肩を抱かれるしかめっ面の若い男――ソーヤが立っていた。

 ボサボサの黒髪に、クマが浮かんだ目、だらしなく緩んだTシャツとスウェットの上から半纏を羽織ったその姿は、派手なスーツを着込んでいる紫堂と並ぶと、より一層貧相に見えた。

「お、来たな朝顔。こいつは青城創也(あおしろそうや)、俺の幼なじみで導具屋だ。ソーヤ、咲原(さきはら)朝顔、俺の犬だ。よろしく頼む」

「……あんたも大変だな咲原さん。こいつの相手は苦労するぞ?」

「……もう、大体分かってるっす」

 ソーヤが苦笑しながら差し出してきた手を、朝顔もため息混じりに握り返した。

「…………で、今日は何の用だ光雲。別にだべりに来た訳じゃないんだろう?」

「ああ、もちろん。こいつをこの格好のまま連盟本部に連れていく訳にはいかないからな。ついでに戦闘着でもしつらえようかと思ったんだ」

「……ああ、なるほど」

 ソーヤが頷いたのを見て、朝顔は自分もソーヤに負けず劣らずだらしない格好をしていた事を思い出した。

「んじゃ、寸法するか……何かデザインに希望は?」

「俺は特に――」

「ああ、あるぜ。とっておきの案がある」

 自分の言葉を遮った紫堂に、朝顔は訝しげな視線を向けた。

「おい、まさかてめぇと同じ様な派手なのにする気じゃ――」

「違う違う。もっとずーっと良いもんさ。ほらソーヤ、耳貸せ」

 にやりと笑った紫堂の顔に、朝顔は不安を感じずにはいられなかった。


 三十分後、信じられない早さで完成した『戦闘着』を身に纏い、朝顔は鏡の前に立っていた。

 待ち時間の間にシャワーも浴びたので先ほどまでとは見違える程『まともな』容姿になっている。

 だが、やはりというかなんというか、その服のデザインに、朝顔はもの申さずにはいられなかった。

「おい紫堂。やっぱり、これって……」

「まぁ、見ての通り、だな」

 漆黒のジャケットに同色のパンツ。まぶしい程白いワイシャツに、これまた黒いネクタイを結んだ姿。

 どこからどう見ても喪服だった。

「……いや、正直メチャクチャ派手とかよりはよっぽどマシなんだが……なんでこのチョイス」

「何、皮肉さ皮肉。『今日がお前の命日だ』的な」

 ああそうかよ、と朝顔がうなだれるのと同時に、ソーヤが部屋に入ってきた。

「おい、光雲。防刃・防弾加工、耐熱・耐術・対衝処理、特殊術式機能その他諸々、高速仕上げと合わせて計二百万だ。さっさと払え」

「ああ、朝顔につけといてくれ。何、一ヶ月以内には払うだろ」

「は?」

「はぁあああああああ!?」

 さらりと放たれた紫堂の言葉に、ソーヤと朝顔が(程度は違うが)それぞれ驚愕の声を上げた。

 だがそれに対しても紫堂は動じず、不思議そうに口を開く。

「おいおい朝顔、まさか払ってもらえると思ったのか? 社会ってのは厳しいんだぞ?」

「いや、仮にそうでも二百万て……つーか必要経費じゃないのかこういうの!?」

「残念ながら個人の装備はそれぞれが用意するのが基本だ。諦めろ」

「おい光雲、てめぇ――」

 ピクピクと眉を動かしながら凄むソーヤに紫堂はビシリと人差し指を向けた。

「ソーヤもそんなに心配するな。こいつの役職は執行官だ。少し事件があれば二百万なんぞすぐに溜まる」

「何……?」

 執行官、という単語を聞いて、ソーヤの顔色が変わる。

 一瞬横目で朝顔を見ると、再び紫堂に向き直った。

「……こいつのキャリアは?」

「ド新人だ。まだ精神監査も受けてない」

「………………話になんねぇな。あの仕事が勤まるって確信でもあるのかよ」

「もちろん。戦力的にも精神的にも何ら問題は無い。もしこいつが払いきる前にくたばったら、俺が代わりに払ったってかまわん」

「…………驚いたな、お前がそこまで言うのか……いいぜ、面白い。ひと月だけ待ってやる。だが払えなかった時は覚悟しろよ」

「心配すんな。万が一の時はこいつの心臓でも魂臓でも売っぱらってやるからよ」

「おい」

 不穏な単語に思わず朝顔が突っ込む。

 しかしそれを意に介さず、紫堂は続けた。

「ああ、そうだ。ソーヤ、後一つだけ頼みが有る」

「……なんだ、改まって」

 怪訝な顔をしたソーヤに紫堂は一拍息を吸い込むと、告げた。

「連盟本部まで送ってくれ。思ったより時間がない」

「……断る。俺の工房はタクシーじゃない、自分で作った穴で戻ればいいだろう」

「……もし遅れるとコイツの連盟入りが白紙に戻るから払う当てがなくなるんだが……そうか、ソーヤは朝顔の命をご所望かー」

「………………」

「……そうか、ソーヤは――」

「――あーもー分かったよ馬鹿野郎! 後で追加料金請求するからな!!」

「サンキュー、あ、分かってると思うが朝顔につけといてくれ」

 ガチャガチャと慌ただしく動くソーヤとそれをニヤニヤ眺める紫堂を見ながら、朝顔は早くも紫堂の誘いに乗った事を後悔し始めていた。

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