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退魔連盟ーAlone dog―  作者: 川童九里
第一章:プロローグ
2/9

契約

「くっあぁ…………疲れた……」

 大きく伸びをしながら、雨見礼子はパソコンから目を離した。

 あれから――紫堂から理不尽な脅迫を受けた後から、受験者の代理でテストを受け、その後自動消滅するプログラム、名付けて仮想受験者(ウラグチダミー)を作製し、かつて自分が設置したセキュリティーを丁寧に破った後、それをシステムの根幹にタイマー付きでセットする、という作業を徹夜で行い、たった今それが終わったのだった。

 時計を見れば既に時刻は午前五時を回っており、出勤時間を考えるとあと一時間程度仮眠が出来るか否か、むしろ無理矢理体を起こしてしまった方がましではないかと考えられる時間帯だった。

「はぁ……なんでこんな事に……」

 嘆きつつ、コーヒーでも飲もうと隣の部屋、リビングへと向かう。

 そこにはこんな真似をするハメになった元凶、紫堂がソファーで眠り、床には紫堂に連れてこられた少年が転がっている……はずだった。

 ――ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。

「………………何……これ…………」

 雨見の口が歪んだ形で硬直した。

 ――目に入ったのは、鈍色の芋虫、としか形容出来ないもの。

 床に転がっていた少年が消えている事から、おそらくはアレがこうなったのだろうが、身長(体長?)くらいしか共通点がない。

 それが、金属音の様なものを立てながらのたうっている。

 と、雨見の視線に気がついたのか、それとも歩く振動を感知したのか一瞬それの動きが止まり。

 ――ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ。

 更に激しくのたうち、雨見の方へと這い寄って来た。

「うっきゃああああああああああ!!」

 奇声を上げ、芋虫を回避する雨見。

 一般的な感性を持つ女性として、生理的に受け付けなかった。

「紫堂さん! 紫堂さん!! 紫堂さあああああああん!!!」

 ソファーから足が見えていた、恐らくは自分より対処出来るだろう男に飛びつく。

 飛びつかれた方、紫堂光雲は飛びついた女とは真逆のテンションで、不機嫌そうに口を開いた。

「…………何だ雨見、朝っぱらから……頼んどいた仕事は、終わったのか?」

「終わりました! 終わりました!! 完璧に終わりましたけどなんですかアレ!!」

「ん、ああ……アイツも、起きたのか」

「……起き、た?」

 それはどういう事だろうと一瞬思案した雨見に、紫堂は事も無げに返す。

「安全装置だよ安全装置。奴が目を覚ましたら拘束するようにしこんでたんだ」

「……拘束、ですか」

 改めて、まだのたうっているソレを見る。

 よく見ると鈍色の体は幾重にも巻き付いた鎖で構成されており、全身を縛り付けた、と言えば確かにその通りなのだろうと考えられた。

「……昨日もいったように、そいつは凶暴なんでな。ここで暴れられても面倒だし、念のためだ」

「……本当に連盟に入れちゃって大丈夫なんですか? この子」

「何事にもリスクはつきものだろう?」

「……………………」

 あっけらかんとした紫堂の言葉に、雨見は我が身かわいさに自分がした事の重大さを改めて感じ、憂鬱となった。

 と、紫堂が無言で書斎へと足を向けたのを見て、雨見は慌ててそれを制止した。

「あ、ちょ、紫堂さん、一応私物とかあるので――!」

「別に気にしねぇよ――お、これか」

「私が気にします!! ってパソコン開かないで!!」

 叫ぶも既に時遅く、紫堂は画面を覗きながらフムフムと軽く頷いている。

 そしてひと際大きくよし、と頷くと、泣きそうになっている雨見へと顔を向けた。

「――上出来だ、ご苦労さん。今回の報酬は昨日も言ったように既に振り込んである例の金だ。またなんかあったら頼むわ」

「もう二度とごめんです……というか、私の仕事内容分かるんですか?」

「何となくだがな。少なくとも変な小細工はしてなさそうだから、十分だ」

「そう、ですか……」

 釈然としない表情の雨見を尻目に、紫堂は芋虫を抱えると、あ、そうだ、と思い出したように振り向いた。

「――じゃあ俺らはこれで帰るが、一つ忠告しておく」

「……なん、ですか?」

 緊張が走る。

 紫堂は、たった今、裏仕事を終えた共犯者に真剣な表情で一言。

「――――趣味のフォルダはもう少し分かり辛くした方が良いぞ」

「余計なお世話です!!」

 怒号を背に、紫堂は雨見の自宅であるマンションの一室を後にした。


 雨見宅からほど近い公園のベンチで、紫堂はゆっくりとタバコに火をつけた。

 早朝の空気はしっとりと冷たく、肺に満ちる煙とはまた違う刺激で、まだわずかに呆けている頭を覚ましてくれる。

 夜型の人間に見られがちであるが、紫堂はこの朝の空気もまた嫌いではなかった。

 ――ガチャリ

 自分の前に転がしてある芋虫が身じろぐのを感じる。

 そろそろ顔くらい出してやるか、と指を鳴らした。

「ぶっはああああああああぁっっっ! てっ、めぇ……紫堂光雲!! よくもこんな――もがっ」

 うるさかったので芋虫に戻す。

 が、今ので元気を取り戻したのか、激しく暴れ始めたため今度は鎖の音がうるさくなった。

 紫堂はそれを一瞥して小さく舌打ちすると、仕方ねぇなとため息をついた。

「おい、朝顔(あさがお)! 大声を出さない、暴れない、逃げない、以上三点が守れるなら、拘束を解いてやる……どうする?」

「………………!!」

 紫堂の言葉が聞こえたのか、朝顔と呼ばれた芋虫はピタリと動きを止めると、おそらく首があるのだろう部分をわずかに動かした。

 それを見た紫堂はよし、と頷くと再び指を鳴らした。

「ぶっはぁあああああ!! ……あー、疲れた。無駄に体力使っちまった」

「暴れるからだ、馬鹿が」

 紫堂の罵倒に不服そうに鼻を鳴らすと、芋虫、もとい朝顔は紫堂の隣にどっかりと腰を下ろした。

 年の頃は十七、八だろうか。特徴的な、白から紫へとグラデーションするウェーブがかった髪とやや目つきが悪い所を除けば、いたって普通の青少年といった感じである。いや、顔全体として見ると割と整っており、体が細身である事も考えると中性的な美形と言ってもギリギリで許されるレベルであった。

 ……服装が通っている学校の制服だろうよれたワイシャツと薄汚れた紺のスラックスでなければ、もっと断定的に美形と言えたかもしれない。

 そんな朝顔に向かって、紫堂はタバコをくわえ直しながら声をかけた。

「……さて、昨日した話は覚えているな?」

「…………てめぇらの仲間になれ、ってアレか」

「そうだ。正確には俺の犬……じゃなくて手駒…………じゃなくて部下になれ、というアレだ」

「てめぇ……」

 朝顔の非難の目を無視して、紫堂は続ける。

「じゃあ、業務内容も覚えているだろう? 確認だ、言ってみろ」

「…………金と引き換えに化け物をぶっ殺す、だ」

「惜しいが違う。正確には『重大な協約違反を犯した化身型妖魔、異能者及び術者の協約の規定にそった処断と現象型妖魔の削除、及び外来神魔とその傀儡の撃滅に関わる業務』、だ」

「長ぇよ……」

 げんなりした様子の朝顔に、紫堂は分かってねぇな、と呆れたように返した。

「仕事の理解は重要だぞ。百年前みたいに手当たり次第に妖怪をぶっ殺してりゃ良いって訳じゃねぇんだからよ」

「…………そうなのか?」

「何だ、そこは覚えて……いや、言ってなかったか」

 うっかりしていた、と顎をなでる紫堂を朝顔は訝しげに眺める。

 とぼけたように見えて、否、見せているが、この男がとんでもない強者だということを、朝顔は知っていた。

 出会ったのは昨日が初めて(紫堂の方は前々から調べていた様子であるが)、別件の戦闘の後、気が高ぶっている所に上から目線で妙な勧誘をされ、苛ついたので襲いかかり……返り討ちにされた。それも完膚なきまでに。

 人の事は言えない自覚はあるものの、この体のどこからそんな戦闘力が出るのか、朝顔には理解出来なかった。

「――おい、今の説明聞いてたか?」

「…………いや、聞いてなかった」

「チッ……寝ぼけやがって。いいか、もう一度しか言わねぇから良く――」

「おいまて。俺、まだあんたの仲間になるなんて言ってないぞ」

 朝顔の言葉に、紫堂はピクリと眉を動かした。

 そしてすぐさま、何を言っているんだと口を開く。

「――昨日も言ったように、てめぇの性分をなんとか利用出来るのはうちの仕事くらいだ。つーかそもそも、うちに入らないんならてめぇは処分するしか無くなる。それが分かってて言ってんのか?」

「……分かってる、つもりだ。だが――」

「だが…………何だ?」

 答えを急かすような紫堂の言葉に朝顔は一瞬顔を曇らせると、ボソリと返した。

「…………お前の下につくのが気に食わない」

「……ガキかてめぇ…………いや、そうか、ガキだったな、うん」

 紫堂は一瞬呆れたように額に手をやったが、すぐに持ち直すと、その手をそのまま、指をさす形で朝顔の顔に突きつけた。

「……いいか? 俺以外の真っ当な連中がお前みたいな異常者を使おうとすると思うな。はっきり言えば、てめぇはとっくにさっき言った『処断』の対象になってんだよ。俺が匿うのをやめれば、すぐにでも連盟はお前を殺しに刺客を放つぞ」

「…………いいぜそれでも。この一ヶ月、俺を殺そうとする奴らとは何人ともやり合ってきたし、返り討ちにしてきた。いつか負けて死ぬだろうがそれはまたその時だ」

「…………武士かなんかかてめぇは。そうするうちにてめぇの家族や知り合いまで戦いに巻き込まれるとは考えねぇのかよ」

「…………!!」

 家族と聞いたとたん、朝顔の表情が曇った。

 それを、紫堂は見逃さない。嫌らしく笑うとねちっこい声で告げた。

「……なんだ、お前にも家族の情ってやつはあるんだな。安心したぜ…………だったら話は簡単だ。俺の下につけばいい。『家族を守る為に』な」

「………………」

 紫堂の言葉に朝顔はきつく目を閉じた。

 だが、すぐに目を開くとはっきりした声で。

「分かった」

 と告げた。

「…………よし、契約成立だな。説明を始めるぜ」

「……ああ、分かった」

 いつの間にか短くなっていたタバコを携帯灰皿に突っ込むと、紫堂は新しいタバコに火をつけた。

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