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侍女と秘密―後編



 気を失ったあたしは、どうやら気を失ってる間に、6年前の記憶をもう一度なぞるように思い出してみたいだった――夢の形で。

 あの記憶は、ショックが大きいから、かなり大きなふたで封をしたつもりだったのに。……ふとした瞬間に思い出したりしないように。

 王家に保護されたあと、あたしは力の制御に腐心した。二年、かかった。

 制御には成功し、無駄にところかまわず“再現”しなくなった。今では蓄音機のようなこの力は、あたしが意識してスイッチをいれないと“発現”しない。……たまに再現しちゃったりしたけど、それは制御に成功したあとの最初だけし、かなり可愛らしい、害がない再現だった。

 だけど、今回は久々に派手なのをやっちゃったかもしれない。もしかしなくても、多分、あれを再現したと思う。

 だって、お師匠がいるから。


「イラスト」


 だれが絵ですかお師匠。

「弟子の名前を変に変形しないでください、お師匠」


 あたしが今いるのは、王宮内の使用人用の医務室の寝台の上。あたしは目覚めたら、目の前にはお師匠がいて、寝台に横たわっていた。

 なぜここが医務室かわかるかというと、何度もお世話になったから。……師匠のスパルタ式教育で。あの頃を思い出すと、いつも思う……よく無事に成長できたなあたし。


「いーじゃーんかーぁー」


 と、間延びしながら軽いノリで話すお師匠。よくないですからお師匠。てかお師匠、相変わらずの残念美女っぷり。


「なにがいーじゃんかですか。お師匠。はな○ソほじくりながら話すのやめてください。普通の椅子をロッキングチェアみたく前後に揺すらんでください」


 はな○ソて、あんたいくつの子供なのお師匠。……今、お師匠は普通の木製の四本足の椅子に逆に座っているんだけど。


(座りかたまで子供じゃないのよ)


 普通なら背もたれに背がくるけど、なぜ背もたれを手でつかんでんのよお師匠。背もたれは掴むもんじゃないよお師匠。椅子に後ろ向きに座るなお師匠。はな○ソほじくるなお師匠。


(お師匠がいるとシリアスな展開もシリアスじゃなくなる……)


 床にしゃがんでのの字書きたくなってきたよお師匠。どこまで中身子供なの……ここまで子供か。どこに弟子にぐちぐち説教たれられる師がいるってのよ?

 ……まぁ、ここにいるんだけど。段々情けなくなってきた。むしょうに泣きたい。

 ……そんなお師匠がここにいるということおそらく再現したのだ、あたしは。再現はお師匠にしか止められないから。


「てか、お師匠がいるってことは、あたし再現してたってことですよね」


 と、あたしは気が滅入るのをどうにか振り切って本題に入ってみた。

 お師匠との会話には法則がある。とにかく、話はこちらから振って、こちらが指導権を握るべし。


「してたー。ばっちぐー」【訳:ばっちし“発現”してたよ。】


 ……お師匠、標準語を使いましょうよ。


「被害は?」


 急かしたくなるのを抑え込んで、お師匠を誘導する。これは、お師匠とまともに会話するコツの其の一。

「えーとー?これくらいー?」


 と、お師匠はいうけど。

 どれくらいかわかるかっての、首をかしげるだけで!

 お師匠とのまともな以下略其の二。お師匠のザル感覚はアテにしない。具体的な数字や人数などの具体例をあげて聞くべし……久々で忘れてた。


「あたしが倒れた部屋内?」

「そーともいうー?」

【訳:そうなのよ】


 お師匠の疑問系ほど確かなことはないと、あたしは経験から知ってる。


(これでン百年生きてる魔女ってんだから信じらんない……)


 二年前、王家に保護されたあたしは、使い方がわからない力を持て余して、ところかまわず再現してた。内容も適当、ランダムにだ。でも、事件内容は再現してなかったけどね。

 困り果てた王家が白羽の矢を立てたのが、ラシェル・ロマーヌ御年推測三百超の魔女。なぜ推測で超がつくかといえば、本人いわく「三百越えたら数えるのめんどくなったー」から。お師匠は他が(自他じゃない)認める折り紙つきのめんどくさがりやなんだよね。

 今もだけど、当時あたしみたいな異能力を持つ人は他にはいなかった。

 だったらどうするよ、となって「善の魔女」の二つ名を持つお師匠の出番となった。お師匠はあれでいてお人好しだ。

 スパルタ訓練でやさぐれたあたしが「なんでそんなにお人好しなの、あたしなんかほっていて」とかいって拗ねて反抗したら、本気で「お人好しって、わたしがー?」と本気で悩んでしまったくらい、無自覚のお人好し。


「直接被害にあったのは、誰ですか?リュクレース様ですか、それとも陛下? それともナイスミドル? はたまた侍女三人衆?」


 との問いに、お師匠の返答は。


「姫と、きらきらな王と、素敵なおじさまナイスミドルと、あと三人――てか全員?」


 お師匠は、独特のセンスをもって人を呼ぶ。姫とはリュクレース様、きらきらな王は陛下、ナイスミドルはまんまナイスミドル。侍女三人衆は興味が持てなかったらしい。興味がないと人数だけしかいわないから。

 ちなみに、ナイスミドルって言葉はこの人から教えてもらった。お師匠の好みは“素敵なおじさまナイスミドル”。自分より実年齢が若かろうがおじさまらしい(お師匠は見た目だけなら三十路手前にしか見えない。魔力高すぎて止まったー、らしい。老化が)。

 お師匠の返答から、被害にあった=“再現”を耳にしてしまったのは居合わせた人皆様のようだ。外の近衛兵には聞こえなかったらしい。


「どんな被害に?何を“再現”してました?陛下とリュクレース様の会話?」


 あたしの予測は、全く違ってた。その返答に、あたしは固まって、すぐに背中に嫌な汗をかいた。


「んー…?」


 お師匠は、一拍おいて首をかしげた。


「マトス事件ー?」


 お師匠の疑問系ほど確かなことはないと、あたしは経験から知ってる。

 だから、本当なのだろうけど。けど!


(う……そ)


 お師匠の返答に顔だけではなく全身の血が引く。

 犯人たちを、廃人にしたあれを、倒れたあとのあたしはよりによって“再現”したらしかった。


「無意識なー?暴発ー?」【訳:あなたは倒れて意識を失ったあと、力を暴発させて無意識に“再現”したの】


 ……お師匠。嘘といって。

 あたしは気が遠くなって、寝台に倒れ混んだ。



◇◇◇◇◇



【マトス事件

 王都より東に位置するナルダスの町に住むマトス一家が、生存者二人を除いて刃物を手にした強盗に襲われた。犯人は犯行時に精神を病んでおり、真相を解明するのは無理のように思われる】


 それは“表向き”の話。実際は、犯人は最初から正気だった。動機は“不明”だけれども、明確な意思と目的をもって犯行に及んだ。

 そして、犯人達の心を壊して正気を失わせたのは、十二になる直前のあたし。

「お師匠……」


 あたしは反射的に寝台から降りかけて、強い目眩と吐き気に襲われた。タライ、プリーズミー。


「まだ、だめ」


 とまともな発言をしたお師匠(今晩から天変地異!?)にすぐに寝台に戻された。お師匠……まともな発言、できるんだよね、忘れてた。弟子は久々に聞いたよ……。


「イラスト、寝てなさい。からだが、まだ本調子ではないから。養生しなさい」


 と、まともな発言が続く。名前は間違ってますけども。


(あなた誰ですか……)


 心中穏やかでない上に焦っていたあたしは、この発言に一瞬我を忘れた。焦っていたことも一瞬だけ、吹き飛んだ。


(語尾伸ばしまくりーの子供じみた行動のお師匠ですか?なにか変なの食べた?!)


「イラスト……」


(やっぱりあたしの呼び方はまんまですか)


「……イラスト。私だって、頑張ればまともに対応できるんだよ。ただすごく疲れるからしないだけ。私、実年齢おばあちゃんよ」


 見た目が見事に裏切ってますけどね、お師匠。


「でも……陛下が、リュクレース様が……」


 あたしは、みんなを、廃人に……したかもしれないのに、こんなとこで寝てはいられないですってお師匠。


「ご無事か、知りたいんです」


 止めるなら、教えてくださいよ、お師匠。結果を。顛末を。プリーズテルミー。


(再現を止めたのはお師匠なんでしょう?)


「………………………………………………、イラスト」


 お師匠、間をあけないでください。どんだけためたんですか。


「再現を耳にした…………………………メンバーは」


 だからお師匠、間をあけないでくださいませんか。


「ぴんぴんしゃんしゃん」

 ……はい?

 お師匠の返答は意外だった。意外すぎてびっくりした。


(てことは?)


「だれも、まとも」


 なら、あたしは誰も廃人にしていないんですね?


「陛下たちはぴんぴんしゃんしゃん。たまには、あの自己ちゅー陛下に、いー薬ぃ」


 ……お師匠、言葉戻ってきてるって。はやいお戻りで。


「今回は、エーメさんのいってた“神様との制約”の対象にならなかった」


 エメ・マトス。あたしのばあちゃん(エーメじゃないのよ。お師匠伸ばして呼んでるだけ)。

 ばあちゃんは六年前のあの日、治らない病気を患っていて、その病気がいよいよやばいって状態だった。だから当時住んでた町から離れた町の病院に入院していたから、難を逃れた。

 数か月後に病気で亡くなるまで、ばあちゃんは自分が知りうる限りの知識をあたしに注ぎ込んだ。

 でも、そこには異能力の使い方の知識はなかった。“神様との制約”も、文面と簡単な言い伝えだけだった。


(家族で、他に力を発現させいたのは兄さんだけ)


 あたしには、小さな頃に出奔し行方知らずになった次兄がいる。生きてるかさえわからない。その次兄が、力を現していたはずだ。


「イラスト」


 お師匠、シリアスなのに……そのおバカな呼び名でちっともシリアスじゃないんだけど。てかあたしだけその呼び方? 陛下は陛下呼びになったのに。


「ただ単に、陛下たちが図太く制約の対象から外れたか。能力が発現した頃は垂れ流しだったの、覚えてる?」


 あたしは、お師匠に会って魔法で止めに入られるまで、ところかまわず再現していた。

 止め方がわからなかった当時のあたしは、再現に体力を使い果たして倒れるくらいだった。


「その時、誰か傷つけた?」


 と、お師匠は確認してきた。まともモードお師匠さま再来。


「真面目に答えなさい」


 ……まさかあなたからその言葉が出る日が来るとは思いませんでしたよお師匠。


「傷付けてなかったんでしょ?」


 あたしは頷く。半日くらい眠ってただけだ、力を目の当たりにして。力酔いだと聞いた。


「なら、今回もそうじゃないの?」


 どこが?


(犯人は廃人になったのに?)


「陛下たちは犯人より場馴れしてたんでしょ、きっと。狙われることも多いだろうから」


 お師匠、いわく。

 陛下たちは場馴れしてた。暗殺など狙われることもあるから。護衛や近衛兵、王妹殿下のリュクレース様も近い立場から、暗殺など以下略。


「この仮説だと、本職の方が場馴れしてないのは笑えるけど」


 と、お師匠。

 淡々と話すお師匠はお師匠らしくない。


「力が“発現”したときは“赤ちゃん”同然だったから罰にも値しなかったんだろうから、イラストは今も無事。なら、今回も無事だから大丈夫じゃない?」


 お師匠の、疑問系の言葉は経験から確実だとわかる。


「あたし、大丈夫?」

「だーいじょぶ。だから寝なさい」


 ぽんぽん、と背を叩かれたあたしは、なぜかすぐにまぶたが重くなって眠りに落ちてしまった。


イーラの名前は、昔に祭りをアルファベットにしてアナグラムにしたら人の名前っぽくなったので。リュクレースとお師匠はおフランス人名。あとは適当。


陛下の名前、まだでてきてませんね……


ちなみに、リュクレースは普段おっとりおとなしいですが(秘密―1参照)、陛下の前やら陛下の過去やらイーラの過去が絡むとおとなしくなりません。

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