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幕間〜陛下と妹姫



「イーラ!」


 兄様の前からドサッ、という音がしたのと兄様がイーラの名を呼んだのは同時でしたわ。

 あたくしは驚きました。何があったのか、と。

 兄様はあたくしより背が高いから、兄様の向こうにいるはずのイーラは見えないんですのよ。邪魔ですわ兄様。


「イーラ!?」


 だからあたくしがとっさに反応できなかったのも兄様が無駄に大きいせいですわ、きっと。状況が判断できなかったんですもの。恨みますわ兄様。

 あたくしはイーラの方へ駆けつけようといたしましたわ。


「イーラ……」


 いつのまにか、兄様は倒れ込んだイーラを抱えていましたわ。

 ……ずるいですわ。あたくしが抱き止めたかったですのに。イーラはあたくしによく仕えてくれていますし、亡き父様からの遺言もありますから、変な虫を寄せ付けたくありませんのよ。

 たとえ兄様であれ、誰であれ、あたくしがこの方ならばと認めた殿方でないと、あたくし許可は出しませんわよ、決して!


「兄様」


 あたくしは声をかけましたわ。


「兄様」


 あら兄様、美しい妹を無視するなんて、何て根性をしているのかしら。


「うげっ」


 だから、靴の先で蹴飛ばして差し上げましたわ。ほほほ、いい気味ですわ兄様。妹の攻撃がわからないなんて武人の風上にもおけませんわ! おーほほほ!


「リュクレース……だから嫁のもらぐふっ」

「あら兄様?背中に虫が」

 ……うふふふ。何を口にしようとしましたのかしら、兄様?


「わざとだろう!」

「当たり前ですわ?」

「肯定するのかよ!」

「それより兄様。ぼさっとなさらないでさっさとするべき行動をとってくださいまし? あたくしのイーラが倒れましたのよ」


 あたくしがさらに蹴りつければ、兄様は文句をいいながらも背筋がピンとなりましたわ。

 兄様、昔から目の前で大切な人がいきなり気を失ったり怪我したり病に倒れたりしたら、魂を半分ほど外へ飛ばしますのよ。

 だから蹴るなり叩くなり殴るなり驚かすなりしないと、こちら側に戻ってこないのですわ。イーラが倒れたからって、へたれないでくださらない? 兄様、あなたそれでも国主ですか。


(父様が死の間際に嘆かれていたことが起こりましたわ、父様)


 父様。兄様はご心配なさった通りになってしまいましたわよ。


 ――ファンティーヌの影響が薄れるといいのだが。


 まったく薄れていませんわよ父様。

 目の前でようやく現実に戻った兄様は、どこかまだ大切な人が目の前で倒れた衝撃から抜けきれていないように見えますわ。

 ……兄様、倒れた人を抱えるのにそのようにふらふらと歩くんじゃないですわ。

 あたくし、イーラを運ばせる人選、間違えたのかしら……。だからといって、あたくしのイーラを近衛兵なんぞに運ばせたくないですし。あんな筋肉マッチョ変態野郎どもが、あたくしのイーラに触れてしまう日が来たら、あたくしのイーラが汚されてしまいますわ。


(……兄様)


 あたくしは兄様の背に聞こえないとわかっていても、心中で語りかけましたわ。


(兄様が6年前から、イーラにあの方を重ねてみていたのは知っていますわ。ですけれど)


 イーラは、決してあの方ではありませんのよ。イーラはイーラですのよ。中途半端に想うから、兄様にも任せられませんのよ。

 まあ、この場で近衛兵以外にイーラを任せられるのは兄様、あなたしかいないから仕方ありませんけど。本当ならあたくしが運びたいのですわ。けれどもあたくし、イーラより小さいから無理なのですわ。兄様、もう一度蹴って差し上げましょうかしら。

 ……その時でしたわ。

 いきなり室内の空気がぶるりと震えたのですわ……空気が身震いしたら、あんな感じになるのかしら。

 少し近づいていましたから、イーラを抱く兄様が見てとれましたわ。ああ、その背を蹴りたい。

 兄様に抱かれたイーラは、体を震わせておりましたわ。ああ、兄様を蹴りたい。

 いいえ、震わせているのはイーラではないですわね。イーラはまだ気を失っていますもの。だから、正確にはイーラの体が、ですわ。イーラの体が自身が震えていたのですわ。

 ……それって、すごくやばいのですわ。


「皆の者、耳を閉じなさい、早く!」


 あたくしは室内にいた近衛兵ベルランと、兄様配下の隠密衆に命じましたわ。

 たとえ彼らが……筋肉マッチョ変態野郎で、そして兄様ラブで兄様に近づく女はみんな敵な行き遅れストーカーでも、使い物にならなくなったら困りますしね、一応優秀ですもの。

 修羅場とか、現場とかの“場”になれている彼らは、すぐに耳を抑えましたわ。そして、あたくし達から離れていきました。

 これは、あたくしの勘が正しければ、間違いなく“あれ”が起きますわよ。

 あたくしは“なれ”ていますし、図太くありますし、何よりイーラの主としてとうの昔に覚悟はしてましたのよ。


「兄様も、イーラを下ろして早く耳を塞いでくださいまし!」


 ああ、何もたもたなさっていますの! 使い物にならなくなったらどうしますの、あなたは国主、代わりはききませんのよ!


『あー…あ…』


 イーラの“蓄音機”が、音を出し始めましたわよ。まだ兄様は状況についていっておりませんわ……バカですわね、まったく。

 兄様の耳を塞ごうと体を伸ばして……あたくし、体が固まってしまいましたわ。

 イーラの“蓄音機”から流れ出たのは、かつて聴いたものと質が違いましたわ。

 かつて聴いたのは、風の音だとか、ドアの閉める音だとか、挨拶を交わす会話だとか、そんな“害”のないものだったのですもの。

 ……初めて聞いたり、修羅場等の現場になれていなければ、半日くらいは“音に当てられて”使い物にならなくなる程度に、害がないということですけれど。初めて聞いた者は、体がびっくりするらしいですわ。

 けれども、今回のそれはいままでのとは話が違いましたわ。

 それは聴くものが聴けば“武器”になるものでしたわ。例えば、イーラの家族を奪ったにっくき奴らのような輩に対しとか。

 イーラの“蓄音機”が奏でたのは、奴等がイーラの家族を奪う過程、でしたわ。イーラの“蓄音機”は、マトス事件の概要を奏でましたのよ。

 ……あたくしとしたことが、思わず耳を塞いでしまいましたわ。あたくし、自分の神経が図太い、太さは大根並みだと自負していましたが、まだまだでしたわ。

 そして、同時に恨みを強く感じましたの。奴らに対する恨みですわ……。

 父様から説明を聞いて内容は知ってはいましたけど、あんなに、あんなに……。イーラにあんなことを聞かせたなんて!!


「に…いさ、ま」


 兄様はというと、ぎゅっとイーラを抱き締めていましたわ。離さない、というようにぎゅっと。

 少し、兄様を見直しましたわ。神経、あたくしより図太かったのですわね。

 ……そして、いつのまにか“蓄音機”は静まり返っていましたわ。昔は、何度も何度も繰り返してましたのに。


「きらきらな王ってー、図太いー」


 室内には、いつのまにか魔女がいましたわ。イーラのお師匠、魔女ラシェル・ロマーヌ。独特の語り口の、善の魔女。ちなみに年齢不詳で、年齢発言は禁句ですわ。


「久々にー、おーきかったからー」


 魔女は少し解釈に困る話し方をしますわ。これは、久々にイーラの大きな力の発動を感じて来てみたら、ということかしら?


「ロマーヌ師、どうされましたの?」

「んー…力、止めに?」


 力を止めに来た?のかしら。


「ロマーヌ」


 あら、兄様。忘れてましたわごめんなさい?


「ロマーヌ、遅かったな。それと、図太さではない。愛の力、といえ」

「どーこがー」


 確かにそうですわ。あれは図太いから故ですわ。愛って何ですの、頭わきましたの?


「きらきら、すぶとーいぃ。だきしめるなんてー…ふけつー!」


 許せませんわよね。蹴りますわよね。


「だからー、イラストが目ぇー覚ましたらぁー……――図太いから陛下は平気だったというからね」


 最後をまともに話して、魔女は辺りを見回しましたわ。普段からなぜまともに話さないのかしら。


「意外と、図太い人が多いようだね?耳栓してないとは」


 まともな指摘に、あたくしは回りを見回しました。

 すると、皆が苦痛に耐えかねる、という顔でイーラを凝視していましたわ。心なしか、ベルランは涙を流していますわ。隠密衆はけろっとしていますし……あたくし以外、意外と図太かったのですわね。


「まぁ、陛下。離して、連れてくから」

「嫌だな、俺がつれて行く」


 魔女と兄様の間に火花が散りました。あたくしは思わず、


「ぐぇっ」


 兄様の背中をこれでもかと蹴りつけてやりましたの、おほほほ。


「さっさと解放なさいまし、兄様。そしてさっさとロマーヌ師にお任せなさって。彼女はイーラのお師匠様ですのよ、大丈夫ですわ」「……」


 兄様、にらみ返しても無駄ですわよ?


「あのお方の影がちらつく兄様に何ができるといいますの?」


 兄様、自覚ありというお顔をなさるのなら最初からおやめくださいな。情けなさすぎますわ、だから女装が似合いすぎますのよ。いつかカマ掘られたらいいのですわ。その時はあたくしが女王になりますから。


「ですので、任せましたよ、ロマーヌ師」

「まっかされたー」


 いうが早いか、魔女とイーラは姿を一瞬にして消しましたわ。

 後に残されたのは、呆然とするばか兄様があたくしに蹴られる姿でした。


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