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侍女と秘密―前編


 ――ばこぉんっ!

 勢いよくかつ乱暴に扉を開かれた。扉の向こうから登場なすったのは、あたしがお仕えするリュクレース様。

 って、リュクレース様破壊行為は駄目ですってあれほどいいましたよね!? ほら、扉付近の近衛兵がまたかって顔をしてますから!


「兄様ぁあっ!!」


 リュクレース様のハスキーな怒声が部屋中に響き渡った。リュクレース様ご乱心ー?!


「あたくしがお仕事で外出しているときに何をなさいましたの! このピーピー野郎!!」


 リュクレース様は、声の様子から判断するに、頭から湯気が見えてしまうくらい、激しくお怒りになっているようで。

 ……リュクレース様、何に対して怒っておいでですか? 伏せ字が発生する汚い言葉が出ちゃってますよ!?


(普段は大人しくて、おっとりで、ふわふわと綿菓子みたいな方なのに……)


 リュクレース様は、外見が凛とした美女だけど、中身はかなりずれた姫君だったりするのよ。ギャップての? 外見と中身の差が激しいわけ。そこがまた面白い方なんだけど。

 だから、リュクレース様が怒っているところをあたしは見たことがないし聞いたこともない。初めて見たわー……リュクレース様、こんな感じに爆発されてお怒りになるのね。うん、新しい魅力発見。でも殿方ドン引きしてますよリュクレース様。

 まあ、とにかく。

 リュクレース様が御年十四の頃(リュクレース様はあたしと同じ年)、実に四年前からお仕えしているわけだけれど、本当にお怒りの姿はおろか、片鱗すら見たことがないのに。


(リュクレース様がお怒りになるなんて、明日は雨嵐雷火事親父ね!)


「落ち着くんだ、リュクレース」


 と、陛下の声。


「無理な話ですわ!」


 と、リュクレース様。即答ですか。リュクレース様、鼻息が荒いですよ。ふんがふんがいってはいけませんよ……? リュクレース様、後生ですから落ち着いてください!


「勝手に、あたくしの侍女を解雇して自分のものにするだなんてことがあってはなりませんわ、横暴ですわ!!」


 リュクレース様は、頭から湯気が立ち上る勢いで叫ばれた。リュクレース様、後生ですから普段の振る舞いにお戻りください! ……って、今何て仰られました?

 えっと、まさか、まさか……その侍女って……?


「イーラは優秀だ。隠しているつもりだったのか、リュクレース?」


 そのまさかが来たーっ?!

 あたしは、現陛下が即位される4年前、前陛下がお亡くなりになる前年に、前陛下から直接リュクレース様の専任侍女にと命じられた経緯がある。

 でないと、たかが騎士の娘が王女(当時)の専任侍女(身の回りをすべて一任されている秘書兼側仕えみたいな)にはなれはしない。あたしは、数多くいるリュクレース様の侍女とは待遇とが違うというか、ちょっと訳アリなのだ。

 そして、なぜあたしが選ばれて、先代陛下が色々(侍女長や侍従長やらの承認とか、お仕えするために必要な誰それの推薦とか)すっ飛ばして直接お決めになったのか。

 それらはすべて、あたしの力が原因がある。


「イーラは少々どころではない能力がある。はたして、それを腐らせたままでいいというのか、リュクレース?」


 ああ、やっぱり。あたしの力がお目当てですか、陛下。

 陛下の発言にリュクレース様が息をのむのが伝わってくる。


「イーラは、一度聞いたことを絶対に忘れないと聞いた。しかも正確に寸分違わずに記憶し、楽器を奏でるようにその聞いたことを他者にも聞かせられると。違うか?」


 と、陛下がこちらを向いた。陛下に侍女ごときが背を向けられないので、礼を失しない程度にゆっくりと振り返る。

 すると、あたしの視線と陛下の視線が重なりあう。とても真摯な表情と力強く輝くその目でこちらを射ないでください。陛下にそんな気がないはずなのに、こっちが変に誤解しちゃいますから。本当に、美形って得ですよね。見つめただけで惚れられるってねー。

 視界に入ったリュクレース様は、こちらに視線で駄目よ!と語りかけてくる。はい、惚れませんてば。第一身分が違いすぎますから。


「そのような不可解な体質はあれど、前陛下より使うにあらずと勅命をいただいております。このような力を持てば、不要な戦を起こす因子となりますゆえ」


 そう、前陛下の勅命なのよ。


 ――『マトス、その力を使わぬように。だから、リュクレースに仕えなさい。リュクレースはゆくゆくは王太子が王となれば王妹となろう。王に次ぐ権威を持つだろう。さすれば、そなたの守りとなろう。これはひいては国の守りとなる』


 あたしがリュクレース様のもとにいる限り、誰も手出しはできない。このことは不要な争いも招かないことに繋がる。国の平和も守られる。

 だから、“専任”侍女なのだ――あたしに手を出させないために。

 あたしは何があっても、リュクレース様のお側を離れることはない。離れてしまえば、国に要らぬ争いを招き、そして渦中に放り込まれたあたしは必ず死ぬだろう。そして――あたしは自分の大切な人たちを傷つけて、悲劇を起こして、大惨事を招いて苦しめた挙げ句に死ぬだろう。あたしはそんな未来を招きたくない。

 ――陛下の命にそむいた不敬者と謗られてもいい。謗られるならば、リュクレース様に迷惑をかける前に自害するまで。あたしは自分より、先代陛下の約束とリュクレース様が大事だ。

 だから、あたしは。


「陛下のお言葉には従えません」


 陛下がこちらを真摯な熱い眼差しで見つめる。でもあたしは陛下に対し不敬な返答をする。


「陛下のお言葉には従えません」


 言い切った。あたし言い切った。陛下の顔は変わらない。悔いはほぼなかった。家族や一族は皆、6年前に鬼籍に入っているから、あたしは天涯孤独。


(でも、陛下)


 そんな顔を続けられると、いたたまれないんだけど。なんか良心すっごく痛むんだけど。でも、背に腹はかえられない。


「兄様……いえ、陛下」


 リュクレース様の表情はこちらからは窺えない。けれど、思いつめた声色から表情は想像はできる。

 きっと、リュクレース様は怒りや不甲斐なさ、陛下への緊張等が入り混じった表情を浮かべているはず……その声色だけで、あたしの胸が締め付けられてくる。

 お仕えする主に、このような感情を感じさせてしまうなんて、侍女失格じゃないの、あたし。


(どうして、こんな力が)


 ――あたしにはどうしてこんな変な力があるんだろう。


 ――イーラや、この力はね、神様と約束があるんじゃよ。けして破ってはいけない約束があるんじゃよ。


(……ばあちゃん……)


 ばあちゃん、あたしの力は。あたしの力は、存在するだけで大切な人を苦しめてるのよ。

 聞いたことを記憶しても、誰にも再現していないのよ。誰にも力があるっていってないのよ。あの頃から、一度たりとも。すでに知ってた人以外は!

 ばあちゃん、あたしどうしたらいいの……?


(体中が、だるい……)


「前陛下の勅命は、死してなお効力を持ちます。現陛下でさえ、覆せないんですのよ」


 リュクレース様、ごめんなさい。あたしなんかが侍女で、ごめんなさい……。


(あぁ、これではダメだ)


 表面上でも、気を強く持たないと。


「勅命については、俺も聞かされている」


 けれど浮上しかけたあたしの心は、陛下の発言で再び地中にめりこんでしまった。


(陛……下っ、陛下、知ってて?)


「では、なぜ!」


 たしかに、なぜ! ご存じなら、危険性もわかっておられるはずなのに!


「ならば危険性もわかっておられるでしょう、なぜ、いまさらなのです、陛下、なぜ!」

「――戦が、近い」


 陛下の言葉は、静まり返った室内に重く響いた。


「力が軍事に悪用されないよう、集めている。優秀な分、危険性が高まる。前陛下も、平和だという理由で、次代の王たる俺に任せなかった。しかし、今のこの情勢なら、王妹であるお前でも危ない」


 ……戦が、近い? あたしは、軍事利用されるの?


 ――昔、戦があったとき、王へ厚い忠誠を誓った騎士のご先祖がいたんじゃよ。


 あぁ、なんてことに。ばあちゃん、どうしたらいいの。


 ――そのご先祖は、力を使って大切な人を傷つけてしまったんじゃ。


 たしか、戦に関わったご先祖は。


 ――ご先祖の騎士は、力をひとを傷つけることに使ってはいけないという神様との約束を破ってしまったんじゃ。


 この力は、私利私欲に使うことならず。ひとを傷つけることに使うことならず。約束を破ったあかつきには待つのは。


 ――ご先祖は、罰として、ひとの心を失ったんじゃ。忠誠を誓った王さまを傷つけてしまったんじゃ


 約束を破れば、ひとの心を失う。結果、最も心を預けられた人を傷つけたご先祖。


 ――だから、もし使うことあれば、よく考えるんじゃよ。


 この力は、使うことなくても……不幸になる。使用しなくても、不幸になるなんて、そんな。


(……………)


 いきなり、目の前が真っ暗になった。そのままあたしは、気を失った。



◇◇◇◇◇



 あたしの生まれた家は、かなり特殊だった。

 代々変わった“異能”としかいえない特殊な力を持って生まれることが多かった。もしくは、成長してから発現させることがあった。

 過去にご先祖が犯してしまった過ちから、隠れるようにこそこそ生きてきたという。

 けれども、王家へはあの事件以来、一世代ごとに一人を騎士としてお仕えしていた。それは代々絶えることなく続けられた。これは、人質と監視を兼ねてだったらしい。

 ご先祖は、騎士だった。

 祖父も、騎士だった。

 父も、騎士だった。

 兄も、騎士だった。

 みんなみんな、騎士だった。

 しかしある日、力を欲した悪い輩に狙われて。

 あたしの一家は、鬼籍に入った。隠れていたあたしのすぐそこで。目と鼻の先で。

 あたしの力が発現したのはその時だった。あたしが十二になる直前だった。

 もともと耳がよかったから、そんな力が出たのか。

 もともと記憶力がよかったから、そんな力が出たのか。

 たまたま、蓄音機が家にあったから、そんな力が出たのか。

 今となっては、わからない。

 しかし、あたしは。

 耳にしてしまった、家族に起きた悲劇を。

 結果――大音量で、“再現”してしまった。

 あたしが耳にした悲鳴を、助けを呼ぶ声を、断末魔を、刀が肉を切る音を、血が飛び散る音を、すべて、すべて。

 突発的に“生まれた”あたしの力は、赤ん坊同然だった。“再現”はとことん忠実に“再現”してしまった。

 結果、犯人は心を失った。正気を失い、廃人となった。

 ……それが、六年前。あたしが、王家に保護された経緯。


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