侍女と暗殺事件―2
――近衛兵に囲まれた円の中に集められているのは、あたしを含めて五人。
あたし以外の残り四人は、困惑したり、泣いたり、青い顔でぼうっとしていたり、気を失いかけている子までいる。
あたしといえば、……あまりにも状況についていけなくて、口を開けてポカーンしつつ、突っ立ってます。泣いたりしている同僚の皆さんごめんなさい、ついていけない。あたしには無理。
そんなあたし達の前へ、円陣の内側を構成していた一人……近衛兵其の三がゆらりと剣を抜き、切っ先をこちらへ向けた。
(あたし、本日二度目よそれぇ!)
ニタニタ笑いながら(うっわあ、いやな顔)こちらを見下ろす近衛兵其の三(無駄に身丈でかいのよ!)は、切っ先をゆらゆら揺らして徐々に近づいてきた。
(なに、こいつ変態っ?!)
後方でドサッて音がして、シーリー! って泣きじゃくる声が聞こえてきた。もしや、気を失いかけていた子……倒れちゃった?
近衛兵其の三が一歩、一歩と少しずつ距離を縮めてくる。その度にあたしは反射的に後ずさったけど、これ以上後ろへいったら、残り四人が危ない……気がする。
(でもどうしろってぇのよ!)
円陣を構成している他の近衛兵らは何もしない。反応すら、ない。ナイスミドルに助けを求めて視線をやっても、笑顔でにっこりで首を振るだけ。だから、笑顔でにっこり笑っている場合じゃあないでしょうよ! 本日何度目、この突っ込み……?
(も、もう! あたしにどうしろってのよ……っ!)
背中に嫌な汗が伝わる。これが戦慄ってやつかー、やだ冷や汗で汗くさくなりそー、ああもうやだ! ああ、無意識に握りしめちゃった手が汗ばんでるしぃ。
……どうしてこうなったのよ? ただ、あたしは待機してただけなのに!? 『同僚である王妹殿下の侍女を一ヶ所に集めているんです』と、そういってたじゃない、ナイスミドル!
(て、待て)
あたしはなんかひっかかりを覚えて足を止めた。なんか、こう……喉に魚の小骨が引っ掛かって、あと少しでとれそうな。
何だろう。とれそうでとれない、このもどかしい感じ。わかりそうで、わからないこの感じ。
あたしがもどかしさにいらいらしはじめていたら、周りの同僚たちが目に入った。
確か、ナイスミドルは、実行犯がリュクレース様の侍女だったから、あたしたちを集めたとかいってたような。
――でも、たった五人ですが。
(侍女は数十人もいるのに、そういえば何で五人なのよ)
今ここにいるのはあたし含めてたったの五人。
なら他の数十人、どこいったわけ? ってことになるんだけど。他の場所にいるとか? ならこの場所の大々的でものものしい近衛兵の人数は何? あまり暇ではないはずの(陛下の身辺警護でしょ、業務内容は)彼らの、こんなにもたくさんの人数が一ヶ所に集まっている。
……そういやナイスミドル、これで全員って確認されて肯定してたよね……。
(ああ、そうか)
侍女全員が集められてるって思っていたから、ひっかかったんだ。案内される場所に、同僚がいるって思ってた。同僚含めた、全員が。
けれども、案内された場所にはたった五人で。
て、いうことは。
他の侍女はもうすでに調べ終わった後で、特に怪しい侍女だけを集めたとか?
それとも――……
(じゃあ、はなから数十人も集めるつもりはなかった、とか?)
ああ、そうだ。
最初から、侍女全員を集めるつもりはなかったんだ。最初から、集めるメンバーは決まっていたんだ。だとしたら、すんなりと納得できる……ような気がする。
それに、それに。
陛下が弑されたのなら、もっと空気が荒んでいるはずなんだ。荒々しいはずなんだ。この場の空気は、人が一人、殺害された――……そういうときの空気じゃない。
ましてや、弑されたのはこの国の陛下。国の最高権力者、国王陛下が弑されたのだったら、こんなに生温い空気じゃないはず。
人が死んだとき――特に不穏な死に方じゃなかったら、もっと空気がピリピリする。張り詰めるんだ。憎しみと、悲しみと、憤りと、恨み辛みとかの、いろんな激しい感情がこめられた独特の空気になる。
あたしの家族が目の前で殺されたとき、こんな空気じゃすまなかった。あのときは、何でって疑問がいっぱいだった。何であたしの家族がという恨みがこもった疑問、何であたしが生き残ったのという悲しみ、そして犯人への憤り。
あの、空気じゃない。一般人でもあんな空気だったんだ、陛下ならもっとすごいはずだ。
(こんなに、能天気な空気じゃない)
――なら、あたし達だけが選ばれた、この五人が集められた理由は、何なの? わざわざ、この場所に数人しか集めないことを伏せてまで集めた理由は。
おそらく、陛下は弑されてはいない。それは勘だけど、多分高確率で正解だ。なら、そんな話をでっち上げまでして、この五人を集めた理由は?
あたし達は、リュクレース様の侍女という点以外共通点がない。
リュクレース様にお仕えする立場の侍女は数十人もいる。それこそ三桁に近い数だ。
中には仲が良い侍女仲間以外に、いまだにお互いに知らない顔ももちろんある。あたしにとって、今回のメンバーはそんな顔ぶれだ。まったく知らない。
(最初からあたし達だけを集める、それが……目的? まさか…それが?)
そこに答えに繋がる何かがあるような気がして、あたしは必死に頭を回転させた。掴みかけた何かを必死に手繰り寄せる。
あたしは、いつのまにか呆けから目が覚めていた。
――その間にも、近衛兵其の三が距離をつめてきていた。ほんっとに、あんた変態だよ。こんな状況で、切っ先振り回すな、にたにたしながら振り回すな! 落ち着かないったらありゃしない!
思わず切っ先を見てしまい、焦りが生じてきた。
せっかく落ち着きはじめたのに。ちっ。
てか、剣を向けられるなんて経験、人生で一回だけでいいっての!
近衛兵其の三は、やたらこっちを見て笑っている。同じ笑みでも、ナイスミドルの浮かべていた笑みとは大違いだ。
そのナイスミドルはやっぱニコニコしている。他の近衛兵たちはやたら無表情。其の三、彼らを見習え。
やっぱ、これは国主たる陛下を弑した殺害犯を探す空気じゃないよ。
……其の三の変態は置いとくにしても(なんとなく、あれは別だ別)、ナイスミドルは笑っていたらおかしい。……いついかなるとかでもニコニコな変態の可能性もあるかもだけど、違うと思いたい。殺害犯を前にしてニコニコって嫌だ。にたにたも嫌だけど。
……なんだか、ナイスミドルって食わせもののような気がしてきた。そういや、ナイスミドルはあたしに他に何ていってたっけ?
『屋内にはまだ賊が潜んでいるかもしれません』
賊――つまり、実行犯だ。けど実行犯とやらは自害したともいっていた。
ならば、その賊は共犯者。
陛下が弑された、それは信じてはいない。信じたくはない。
なら、別の事件が発生し、その犯人の共犯者か仲間か何かが、あたしたち五人の中にいるってこと……になる。
ねぇ、何かすっごく嫌な予感。
『もし万が一、敵方が混じっていても人質に出来ますしね、逆もしかりです。人質にとられてもすぐに対応できますよ。――屋内では人質にとられても取りうる戦略が限られますから』
ナイスミドルの言葉を思い出したあたしは、あることに思い至ってしまって、血の気が引いてしまった。
(まさか……混ざってるのが、あたしたちを人質にさせる展開にもっていきたかったわけ?)
あたしは思わずナイスミドルを見た。ナイスミドルは一瞬驚いた顔を浮かべ、あたしを凝視した。しかしすぐに表情を消し、もはやデフォルト(?)に思えてきたニコニコ笑顔に戻った。そして、小さく頷いてウインクした。
(確信犯かよ!)
ナイスミドルの態度で、あたしの考えが正解に近いってわかってしまった。
ああ、やだ。
陛下を弑したってのがデマのでっち上げだと仮定して。なら何でこのメンバーか。それは、このメンバーでしかいけない理由がありということで。
つまり。
騙すなら、味方から。
このメンバーの中に、近衛兵が何らかの理由で捕獲したい誰かがいる。
つまり、つまり。
あたしたち五人の中に、捕獲対象が混ざってて、逃がさないために、「気づいてないよー。集めたのは別の理由なんだよー」と油断させるっての? あたしたちに目的を伝えてないのは、騙すなら味方からだから?
そしてあたしたちを人質にさせる展開にもっていきたかった。なかにいる共犯者に人質にさせるために。
この茶番劇は、共犯者――近衛兵たちの捕獲したい対象に勘違いさせるためにでっち上げ。
『……そんな大切なこと、わたくしに教えてしまってもよろしいのですか?』
『ええ、たとえあなたが敵方だとしても牽制になりますしね』
――あの会話をしていた時、ナイスミドルはこうなることがわかってたわけ?そもそも、最初から?
(この中に、近衛兵の捕獲対象が混ざってるって、ちょっと)
ちょっと、陛下の身辺警護が捕獲したい対象ってさ。……何だかすっごく嫌な予感しかしないんだけど?
ねぇ、捕獲対象ってさ。計画通りに人質にとったりするわけ? するんだよね? 確率高いからこんなことになってるわけで!
『もし万が一、敵方が混じっていても人質に出来ますしね、逆もしかりです。人質にとられてもすぐに対応できますよ。――屋内では人質にとられても取りうる戦略が限られますから』
え、やだやだ! 人質フラグなんてやだやだ! まだ母さん父さん兄さんたちのとこ逝きたくないって!
「さぁ……」
近衛兵其の三が、さらに近づく。「さぁ……」じゃねぇって! やばいよ!
――あたし達の中にいるであろう、捕獲対象をあぶり出すための作戦に巻き込むなぁあ!
これから始まるのは、陛下を弑した実行犯の共犯者のあぶり出しというデマ。
始めるのは、人質ということを人質役に伏せた、捕り物劇。
なら、あたしたちやっぱ人質か!!
ちらりと近衛兵其の三を見ると、あのにたり笑顔の笑み具合いが深くなった。舌で口の回り舐めてる……やだこいつやっぱ戦闘狂の変態じゃんかー!
『おっぱじめようぜ――騙しあいを』
――近衛兵其の三のにたり顔がそう告げているような気がした。
おっぱじめるな! 騙しあいが「騙死合い」にしか聞こえんわ!