戦う侍女―後編
あたしの力は、蓄音機。録音(記憶)した音や声を再現し、相手に聞かせることで攻撃したり、自分で聞いたことを伝えたりする。
使い方ひとつで、攻めも守りにも利用できる力だと、お師匠にいわれた。
そんなお師匠は、あたしが再現し、相手に聞かせることを奏でると呼んでいた。
奏でるのは、あたしの記憶。耳を介して記録された記憶だ。
今回あたしが奏でる記憶として選んだ記憶は、ふたつある。
そのふたつを選んだのには理由がある。
あたしの力が発現したのは、十二になる直前。
だからそれ以前の会話とかは記憶していなかった。それでも、頭の中にないはずの、声が理解できた。
それは、再現する蓄音機の力が発現する前の話。
記憶する力の効果も、発現する前だと思っていたけど。
もし、違っていたら? あのとき、聞こえるはずのない兄さんの声を拾ったのが、その記憶によるとしたら? “記憶”していたから、声を拾ったとしたら?
もし、再現が発現するまでの昔の記憶も再現できるとしたら?
「“ ”」
再現は、既に開始している。
再現は、最初は音がない。しばらくすれば、あたしのからだが震え、周囲へ振動を伝えるだろう。それは、準備が整った合図。
あたしは媒介。力は動かすための原動力。記憶は力を原動力にして脳内から外へ出ていく。
それが、あたしの力の流れ、種明かし。これはお師匠との修行で得たこと。……すごくスパルタな修行で得たことは、ひとつひとつがあたしの武器であり、あたしを守る盾だ。
「さあ、奏でなさい!」
あたしは一気に力を解き放った。
「イーラ、何を?!」
兄さんが、驚愕の色に顔を染めた。よほど驚いたらしい。
さっきまでは、相手に――兄さんに感づかれないためにも、兄さんの出方をうかがいながらおさえていた力の出力を、一気に最大にしたのだ。
あたしの言葉を皮切りに、空気がぶるっと一度大きく震え、すぐに振動を始めた。
さあ、あたしのターンが始まる。
◇◇◇◇◇
あたしたが最初に再現するのに選んだのは、まずあの事件の記憶だった。
あたし以外の命が、簡単に奪われてしまったあの日。
あたしより体の大きい幾人もの大人たちが、当時のあたしより長く生きてきた彼らが、抵抗もむなしく簡単に、あっさりと命を落としてしまったあの日の記憶。
――耳をつんざく、耳をおさえてもなお聞こえる悲鳴。肉を断ち切る刃物の嫌な音。人を刺す音、刃を体から抜く音、広がる血の音。
普段の笑い声からは想像できない家族の悲鳴、聞いたら正気を失いそうになる絶命の際の断末魔。
それらの再現を耳にして狂っていく犯人……実行犯の叫び声。
兄さんに、自分が何をしたか知ってもらおう。実行犯がいたから、兄さんは差し向けたのだろう、自分の手を汚すことなく。
だから、直接は知らないはずだ。伝聞で間接的に知ってはいても、あの日に、皆がどんな目に遭ったかは詳しくは知らないはずだから。
だから、教えてあげる。
みんなの最期を。みんなが味わった苦しみを。あたしの悲しみを、恨みを、憤りを。
(う、うぅ、父さん、母さん……みんな!)
あの当時の記憶を思いだし、あたしの目から次から次へと涙が溢れ、次第に大きくなる感情の高ぶりから赤くなってきた頬を、冷やすように伝い落ちていく。
父さん、母さん、兄さん。他の一族たち。従兄弟、従姉妹、叔母叔父。みんな、みんなの悲鳴が、断末魔が周囲をつんざく。
お師匠が結界を張っているから大丈夫だ。修行の時、いつもあの人は結界を張って再現から逃れていたし。
だから、思いっきり音量をあげた。
兄さんが、顔をしかめはじめた。両手を耳に当て、音を遮ろうとする。でも、無駄。無駄よ、兄さん!
自分が何をしたか、その身にきちんと刻んで!
――そして、当時のあたしの悲鳴が続く。
被害者で加害者になった、あたしの叫び。犯人への憎しみ、怒り、恨み、怨み。家族を突然失った悲しみ、哀しみ、辛さ、痛さ。
それらをすべて、すみからすみまで忠実に再現した。特に、家族の悲鳴は音量を限界までひきあげた。
――兄さんは、どう思うのだろう。
あたしは、兄さんに知ってほしい。兄さんがしてしまったこと。理由がどうであれ、過ぎたことであれ、兄さんはしてはいけないことをした。それは許されない、許してはいけないこと。だから、実の兄だからって容赦はしなかった。
だから。
家族を失った事件の再現の後に流したのは、幸せだった頃の記憶の数々。
『あーにーちゃん、あーにーちゃん!!』
したったらずな幼いあたしが、兄さんの名前をうまく呼べなくてあーにーちゃんと呼んで、兄さんの後をついてまわっていた記憶も。
『みーんな、みーんな、だいちゅき!』
誕生会を開いてもらって、みんなに抱きついて回った日も。
『おとーちゃん、おにーちゃん、おかえりなひゃい!』
はじめてひとりで父さんと上の兄さんのお出迎えにいって、実は兄さんがずっと見守ってくれていたのも知ってる。
――あたしの考え通り、力が発現する前の記憶の数々の再現は可能だった。
あたしは、思い出せるだけ全て再現していく。兄さんが、顔を手で覆った。膝をつき、うつむいた。風が、やみ始めた。
でも、あたしは止まらない。箍が外れたのかもしれない。でも、どうでもよかった。幸せと感じた思い出に、あたしは浸かり、抜け出せなくなったのだ。
みんなで迎えた誕生日。
みんなで迎えた新年のお祭り。
みんなで行った家族旅行。
みんなで参列し祝福した結婚式。
みんなで過ごした、他愛のない、楽しくていとおしい毎日。
あたしが幸せと感じていた、大切な思い出。あたしが思う幸せの中身。
――家族と過ごした大切な思いでの数々。あたしが幸せだと感じた瞬間の数々。
あたしが感じた幸せとは、何か。それを兄さんに知ってもらいたかった。
そして、あたしはいつのまにか、再びあの日の再現へとつなげていた。
このときのあたしは、完全に暴走していた。
それを、何回も何回も、繰り返した。
あたしは、何回繰り返したのだろう。
「もう、いい。もういいんだ、イーラ」
いつのまにか、風はやんでいた。兄さんは、だらんと体の力を抜いて横たわっていて、周囲を近衛兵達が囲んでいた。それはこのあいだの円陣を思い起こさせた。
「イーラ」
あたしは、泣いていた。いつのまにか、陛下に後ろから抱き締められていた。いつのまにか、再現は終わっていた。
「イーラ」
あたしは、ぼうっとしていた。
なんだか、疲れた。
からだに力が、入らない。
視界がぶれ、あたしの思考はブラックアウトした。
「イーラっ!」
最後に、陛下の息をのんだ悲鳴が聞こえた。
ごめんなさい、陛下、そんな顔をしないで。
少し、眠いから寝ます……。