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侍女と事件発生



 ――さぁ、始めようじゃないか。いまが、まさしくその時だからね。



◇◇◇◇◇



 あたしがキーアに連れられたのは陛下と面会した、あの豪勢な部屋だった。

 時刻は夕刻過ぎ、陛下はいつもこのプライベートな居室で早い夕食をとるのだという。……お腹すいた。


「陛下、キーア・ターナーまかりこしました」

「ご苦労」


 陛下は、ずいぶんとくつろいだ様子であたしたちを出迎えた。

 楽にしていると、この男は色気が出るようだ。こう、じわじわーってにじみ出る感じ。気を引き締めてないから? 美形って何してても得って、神様二つも三つも四つも幾つも与えすぎだと思う。まあ、残念なところもあるけれど、与えすぎてお釣りが来ると思う。

 その美形が、こっちを見つめてくる。熱いうるんだ深緑の瞳で、真剣に。だから、勘違いしますよー。なまじキーア経由で守りたいとかきいてますからねー。そんなあっつい眼差しくれないでって! 火傷通り越して溶けるから。


(あー、何で美形って存在するのー。不公平ー)


 美形うらやましい、とか思っても、やっぱ美形見ると自分面食いだなーって改めて思う。

 美形美人美女の皆様に、こうやって落とすのー? って聞いてみたいわ。

 それで他の皆様に聞きたい、確認したい。こうやって落とされるのー? って。女たらしってこんなのかしらねー。

 あー……、顔が赤くなってきたのがわかる。やべ、何であたしこの人、気になってんの。気になってんの、何でいやマジで。美形マジック? 美形だから? ほんとすごい、たらしだねー。こうやって人はたらされていくんだねー。……あほらしくなってきた。


(よく考えてたら、中身があれでも顔いいのよね)


 へたれだし、女装似合うし、なんか説明足らないし。あのときは頭に血がのぼってたみたいだけど。


(……中身は好みのタイプじゃないんだけど。こう見つめられると)


 中身が好みでなくても、勘違いでも、恋に落ちていいやって思ってしまう。へたれだけど。

 勝手に想うくらいはいいよね。相手の心は絶対に手に入らない身分の御仁なんだからさ。


「陛下、マトスさん。いつまで見つめあってんですかー……?本題移りましょーよねー?」


 と、なんかいい(?)空気になってるとこ悪いねー、と言われたような気がした。いや、なってませんから。あたしだけだから。


(いまあたし流されてた、流されてなんかなびきかけてた?!世間のおのぼせあがってる貴族のお嬢さん方みたいに落ちかけた?!あたしが!)


 あたしは思わず頭をブンブン横に振りたくなった。


(あたしの忠誠心はリュクレース様、リュクレース様!それに、あたしの好みはむきむき!細マッチョ!)


 ――その時、横でキーアがそれ陛下に恋って呟いたのが聞こえたけど、なしなしなし!なしの方向で!


「俺はこのままでいい。マトスを見たままでいい。このままで話そう」


 と、陛下。視線だけで魚が焼けそうだ。じゅうじゅう焼けそうだ。

 声まで色気にじんでやがります。なに、見た目の他に武器あったの。無駄にいい顔いい声でその眼差しを注がないでください。あたしは魚じゃない。


「……陛下。わたくしは、」

「堅苦しい侍女言葉は、やめてくれないか?」


 と、吐息混じりに。陛下……、本題は?

 この人と話すと疲れる。いちいち色気やら熱視線にやられているのがバカらしくなってきた。やっぱ王宮辞していい? 山籠りして煩悩退散三昧の日々を送るから。滝行とか。


「……国背負ってる方が何いってんですか……。まあいいですよ。

 んで陛下。あたし、リュクレース様のお側は離れたくありません」


 陛下が口を開きかけた、その時。

 ぱりんと高い音がして、一陣の風が吹き込んだ。


「陛下っ!」


 ――居室の窓に嵌め込まれたガラスが、いきなり割れて。ごう、と低い音が響いて風が渦巻き、ガラスの割れた破片を巻き込んでいく。陛下に向かって、風が進んでくる。あたしはすぐさま陛下の前におどりでた。ほとんど、反射だった。


「イーラ!?」


 陛下があたしに手を伸ばす。引き寄せて、胸の中に抱き締めようとする。キーアが、見事な反射神経であたしと陛下の間に割って入って、陛下を背に庇って、陛下を突き飛ばして――ガラスの割れた破片が躍り狂う風の中へ。

 しかし、いつのまにかいた怖い顔をした近衛兵の其の三(いやほんとどこにいた?)が、キーアを蹴り飛ばして、陛下を背に庇って、陛下を今度こそ安全な方へ突き飛ばした。見事にキーアの首に入った。

 陛下はこちらを見ながらあたしの名を呼んだ。あたしは暴れ狂う風の中へ、後ろ向きで倒れ込もうとしていた。近くにキーアが倒れていて、うめいている。

 近衛兵の其の三は、鬼のような形相で――まさしく怒髪天――、なにかを呟きながら片腕をこちらにのばし、あたしを間一髪で引き寄せた。さっきまで近かった風の音が耳から離れていった。


「曲者だ、であえであえ!」


 近衛兵の其の三が叫ぶ。どこからともなくわらわらと近衛兵が駆けつけ、キーアを捕捉し、陛下を守るように陣を組んだ。陛下はゆっくりと立ち上がりながら、腰にはいていた剣を抜き、それだけで射殺せそうな視線をガラスの方へ向けた。

 辺りは、いつのまにか殺気に満ちていた。

 ガラスの向こうには、暮れて薄暗い空を背景に人が浮いていて、こっちを見て笑っていて。あたしはぼうっとする頭で、ここ三階なのに、そこバルコニーがないのに、とか思って。


「まだ、といったじゃないですか!」


 って、取り押さえられたキーアが呟いたのが聞こえて。微かに、ほんの微かで。本当なら聞こえないくらいの、声。それが聞こえたから、あたしの力のひとつ? とか頭の隅っこで思って。

 でも、冷静な頭がそう考えても。気持ちは、別だった。感情は、別だった。


「…あ…」


 だめ。

 聞いちゃだめ。

 きっと、今から聞く声はなんか嫌な予感がする。そんな直感があった。


「イーラ、見つけた」


 あたしの力が発現したのは、十二になる直前。

 だからそれ以前の会話とかは“記憶”していない。頭の中にないはずの、声。 なのに……“わかる”。頭で、“理解”してる。頭に残っていた思い出の声から、頭が勝手に判断する。


(兄さん……だ)


 この声は、兄さんだ。次兄、アルス兄さんだ。あたしが小さい頃に、出奔した……あたし以外に唯一力を発現させた、兄さんだ。

 そこに、いないはずの人がいた。


「さぁ、始めよう」


 その声が、得体が知れない怖さを含んでいて、あたしは陛下の服をぎゅっと掴んだ。手は、震えていた。


「兄さん……?」


 あたしと一回り近く離れている次兄。今となっては唯一の血縁、そしてあたし以外の能力者。


「迎えにきたよ、イーラ」


 その声がしたとたん、陛下の視線に込める力が増す。

 

「アルス様!今はまだ!」

 と、キーアの声が。

 ……様? 兄さんに、様?


「やはり、キーア。おまえが二重スパイか?」


 あたしを抱き寄せている近衛兵の其の三が、あたしの耳元で殺意がこもる声で呟いた。あたしに向けられてないってわかってるけど、怖い。ほんと怖い。


「今はそんなことどーでもいーですよ! バカ近衛兵、イーラ様離さないでくださいね!」


 ……あたしも、様?


「誰が!」


 あ、近衛兵そういいながらあたしを離した。

 あたしはそのまま陛下の胸元へ。陛下は片腕であたしを抱き締めた。陛下、痛い。陛下の香りがぐっと近くになる。陛下、近い。ドキドキしてきたけど、苦しさでずきずきしてきた。……とにかく痛い。


「キーア、今がその時だ」

「貴方は、イーラ様が幸せならいいんでしょう?!」

「でも、今の国ままじゃ幸せになれない」

「だからって壊すんですか!」


 キーアの声は必死で。あれ、抗ってる?


「壊す? キーア、勘違いしていないかな。違うよ、治すんだよ? この膿だらけの国をね、治療するんだ」


 兄さんの声は、くつくつと笑いを含んでいた。話す内容はどこまでも笑える内容ではなくて、とても現実離れしているように見えた。


「僕らの力に制約をかけたのは、この国の王家の血筋だ。何が、神様との制約?馬鹿馬鹿しい」


 どういう、こと、兄さん……?

 まさか、神様との制約は、嘘っぱちとか言い出すの?


「陛下は、そんな制約はしない!」


 神様じゃなく、陛下、が? 陛下が制約を……?


「それに、あの魔女もを苦しめているんだ。善の魔女を、自分の国だけに押し込めるためにしたことはなんだい? 魔女の記憶を、封じさせたろう? 僕のひいじいさんの封じの力で」


 お師匠まで、被害を?


「それは、先々代でしょう! 先代も現陛下もそんなことはしない、きちんと魔女の記憶の封じは解かれた! 悪いことをした先々代は弑されたじゃないですか!!」


 ……えっと、悪いのは先々代?


「そうだ! この力を、イーラのこの力を軍事利用はさせない! このままじゃ彼女は狙われる。だから、そのために、俺の目の届く場所に置いておきたかった!」


 陛下、信じていいの……?


「僕たちに制約という名の呪いをかけたやつの子孫が何をいうのさ?

 自分達の国以外の駒になったら、裏切ったら心を失うなんて呪いをかけたのにさぁ!

 ごぉっと、風が吹く。


「こんな国のままじゃ、イーラは幸せになれない!」

 兄さん、それは違う。


「だから、どうするの、兄さん!」


 あたしは。


「何が正しいか知らないけど、それは、あたしのためじゃない!!」


 あたしはびっくりした陛下の一瞬をついて、を押し退けて兄さんと対峙した。


「あたしが幸せなのかは、あたしが決めること!」


 あたしの幸せを勝手に決めつけないで、兄さん。あたしの幸せを決めつけて、他の人に迷惑かけないで。だから、だから。


「兄さん!」


 兄さん、あたしの幸せを奪うなら、覚悟して。リュクレース様の側で今まで培ってきた生活を、奪うなら。陛下やリュクレース様、他の人たちを傷つけるなら、あたしは。神様の制約が、神様の制約ではなく、過去の人間による制約なら。


「あたしはこの力で守りたいものを守る」


 誰も、傷つけさせやしない。兄さん、覚悟。


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