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侍女と暗殺事件―1


 あたしの名前はイーラ、姓はマトス。年齢は17と8ヶ月。炎のような真っ赤で豊かな髪が自慢で、曇り空のような薄い瞳の色がコンプレックス。そして、お付き合いしてくれる殿方募集中! 就いている職業はガレイ王国の王妹殿下リュクレース様にお仕えする侍女……のはずなんだけどねぇ。


「さぁ、もう逃げ場がないぞ!」


 ――なんであたしは、こうして衛兵に剣を向けられ、控え室の壁際に追い詰められているわけ?


(あー……壁に染み発見ー……)


 こんなにも訳がわからない状態でも、目の前の近衛兵から目をそらして、偶然視界に入った壁紙の黄色い染みに舌打ちしたくなる。

 これ、経験からいって何かの飲み物の染みだ。誰だ、侍女の控え室だからって掃除手抜きしたやつ。てかなんで目線の高さに飲み物の染みがあんの。


「おい、目をそらすな」


 現実逃避に入っていたあたしに、剣を突きつけていた近衛兵其の一の顔が迫る。うわぁ、近い。近いけど暑苦しい中年おっさん独身(推測。結婚指輪ないし?)はないわー。同じおっさんでも渋い方が断然いい。色気半端ないもんね!

 これが同じ近衛兵でも、侍女内人気上位のエド様とかアル様だったらいいのにー。若いのに強くって、優しくてお婿さん的に優良物件なんだよねー。

 せめてもう少し若いのいなかったの。あと十年で中年とかの中年待機組とかさ。渋いのもいいけどさ、渋さ半分の中年待機組の色気もすごいんだよねー。


「こんなことをされることに思い当たりませんので、その剣をさげていただけませんか。わたくし、ただリュクレース様が視察でお戻りになられるまで、侍女長の指示によりこちらにて待機しているだけなんです」


 目をそらしながらあたしは一息に告げてみた。息継ぎでもしようもんなら、突っ込まれそうな雰囲気なんだもんさー、黙れとか。暑苦しいだけじゃなくて、こう、何ていうの? 力任せに黙らされそうで。痛いの嫌だよね!


「な、なっんだと!」


 視界の隅っこで、剣が震えている。それにつられて視線を動かすと、近衛兵其の一と目があった。あ、やばい? 触れたらいけないとこに触れちゃったとか?


(うわやべ)


 あっちゃー。さっきのあたしの発言、この人怒らせたみたいだ。顔が真っ赤で血走ってるよ、両目が。


(おっかないねー、もう……)


 近衛兵其の一はされどおっさん、くさってもおっさんだった。長いこと生きてるわけだから、最後の最後で良心で踏ん張って堪えてるのが見てとれる。

 そんな鼻息荒い近衛兵其の一は、今にもあたしへの罵詈雑言を並べ立てたいのだろう、きっと。すごい剣幕でにらんできやがるわー。

 ほら、目が語ってる。小娘が生意気いってんじゃねーよって。

 文句をいってやりたいけど、相手は一応王妹殿下付き。


「――先ほど、国王陛下が弑された。実行犯は取り押さえられたが、隙を見て自害した。実行犯は、リュクレース様の侍女だ」


 近衛兵其の一を見かねた、近衛兵其の二――見事なナイスミドルだ! 渋さ加減が見事だ――が告げた内容は、あまりにも突飛だった。突飛すぎて言葉も出ない。


「え、うっそぉ?」


 あ、少し地が出てしまったよ……まぁ、仕方ないよねー……? 不測の事態だし。

 あたしら侍女にはくそ丁寧で歯が浮きそうな“侍女言葉”が存在する。

 これを話すことで、地方から出てきた田舎娘だろうが都会から来た貴族のお嬢様だろうが、みんな均一に同じ言葉を話せるってやつ。便利だよねー。疲れるけどね。

 まあ、とにかく。


(にしても、陛下が? ありえないでしょ)


 ――陛下はリュクレース様の兄君だ。

 文武両道でとくに武については、右に出る者がいないとまでいわれている武人でもある。

 そんな武人が一介の侍女ごときに負ける? ありえないでしょ。

 あたしが悶々としていると、ナイスミドルの発言が耳に入った。


「ですから、我々と来ていただきますね」

「――はい?」


(やべ、陛下のこと考えてたから聞き損ねた?!)


「――聞いていませんでしたか?」


(怒ってる、怒ってる!)


 ナイスミドルが笑みの状態で怒ってる。おー、顔が整っている人は怒り顔もいけてるね、って現実逃避している場合じゃあない。


「すみません、あまりにも現実が受け入れがたく、呆けておりましたわ」


 と、あたしはすぐさま慌てて頭を下げた。嘘じゃないからね? 確かに現実が受け入れがたいけど、決して呆けて内容聞いていなかったわけじゃ……ないからね?


「――今実行犯の足取りを簡単に調べていましてね。同僚である王妹殿下付きの侍女を一ヶ所に集めているんです。事がはっきりするまで、実行犯と一番長く接していたのは同僚の侍女たちですから」


 一拍おいて、ナイスミドルはもう一度告げた。


「ですから、我々と来ていただきますね」


 そして、あたしが警戒心丸出しの近衛兵たちに連れてこられた場所は――


「はぁ……?」


 外、だった。うん、雲ひとつない青空が眩しいね。

 正確には、後宮の広々とした中庭だった。この中庭は、季節によって様々な色とりどりの花々が咲き乱れる。手入れも大変なんだそうだ。そりゃ、花によって育て方違うだろうし。

 その花々を愛でながら茶会に興じる、それが後宮の女たちの楽しみのひとつ……実際に来たことがないから、他の侍女たちの伝聞なんだけども。来たことがないんだよね、あたし。多分、ここであってると思う。あってなかったら……まあ、いっか。


「え、外……ですか?」 


 一ヶ所に集められている、と聞かされてあたしはてっきり屋内を想像していたから驚いた。てっきりどこかの使われていない部屋とかさー。逃げないようにさー? 屋外だったら逃げ放題っていうか。

 そして、屋外はまだ春とはいえ、まだ肌寒い日が続く天候だから、はっきりいって鳥肌がたってるんですけど! 寒いよ!


「ええ、屋内にはまだ賊が潜んでいるかもしれません。もし侍女方が何も関わりがあってもなくても、狙われるかもしれませんから」


 と、ナイスミドルはうすら寒いことをいった。笑顔できらきら歯を輝かせていうことじゃないでしょうよ!


「ですから――さぁ、あの円の中に入ってください」


 と、ナイスミドルがあたしにてで指し示したのは、“円陣”だった。

 背の高い木々でここからは見えにくいけれど、それは近衛兵達が二列で円のかたちにぐるりと並ぶことで、即席の囲いを作っていた。

 外側の列は外側に向かって剣を構え、内側の列はどうやら外側の列と背中合わせになって、円陣の中に向いている。


「え、まさか……」


 あたしは嫌な予感を感じつつも、否定の答えが欲しくて、ちらっとナイスミドルを見た。

 ナイスミドルはにこりと笑っていった。


「あの中に、侍女方がいらっしゃいます。もし万が一、敵方が混じっていても人質に出来ますしね、逆もしかりです。人質にとられてもすぐに対応できますよ。――屋内では人質にとられても取りうる戦略が限られますから」


 淡々と、ナイスミドルが語る。もちろん笑顔はたやさない。よく見れば、ナイスミドルの顔は笑っているけれど、目は笑ってない。なまじ美形だから、迫力半端ないんですが!!


「……そんな大切なこと、わたくしに教えてしまってもよろしいのですか?」

「ええ、たとえあなたが敵方だとしても牽制になりますしね」


 ――怖いよこの人! 笑っていうことじゃないでしょうよ!


『男はね、イーラ。顔だけじゃダメなんだ。顔と中身がいいとそりゃめっけもんだけど、そうそう転がっちゃいないさ。だから、そこそこ見目は許容範囲で、中身重視でいくんだよ』


 ――天国の母さん。

 面食いのあたしによくいってた今の言葉、よくわかった。仕事とはいえ、女性を怯えさせる奴は顔がよくてもダメだね母さん!!


「さぁ」


 と、ナイスミドルが急かす。だからそのにっこり笑顔で急かすなってぇぇ!

 円陣の中に入ると、内側に向かって剣を向けられている同僚達がいた。


(これは……何のためなわけよ??)


 円陣の中は、確かにリュクレース様の侍女だけしかいない。ナイスミドルはリュクレース様の侍女といってたけど、リュクレース様の侍女といえば何十人もいるわけで。


(シーリー・エラン、マール・ミュラー、キーア・ターナー、フェンナ・ニコルス……あれ、あたし入れてたったの五人?)


 まだ、全員集められていないだけ?

 あたしは疑問に感じながらも、近衛兵其の一に押されながら入った。もっと手加減しろよ其の一!暴力反対ーっ!


「これで全員ですか」

「はい」


 円陣の内側の近衛兵の一人がナイスミドルに確認すると、ナイスミドルは頷いた。え、まじで五人だけなわけ?!


「さぁ、始めようか」


 ナイスミドルに確認をとっていた近衛兵其の三(ムキムキの中年)が、こちらを見てニヤリと笑った。

 ――何をおっぱじめんのよ?!

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