神の住まう森(3)
「あなたは知らないようですが、この森は人々から神域と呼ばれています。
荒ぶる神の住まう土地です。
思慮の足りない人間は、足を踏み入れた途端にこの巨狼に喰い殺されてしまう、帰らずの森。
それでも、この森を訪れる人間は絶えません。
それは、この森のどこかに咲くと言われる銀色の花びらをつける花、その花が不老長寿の妙薬として珍重されるためです。
ある者は、お金のため、ある者は名声のため、またある者は主人の命によって命を落としていきます」
少年の語り口が冷徹な響きを帯びる。
周囲の音が一層遠くなった。
私は震える視線を僅かに狼のほうへ移した。
「私はそんな花など知らないし、興味もない。この森に入ったのは、不思議な感じのする森だったので、好奇心からだ。
本当に、ただそれだけだ」
私は真実を述べていたが、唇は乾き、自分の声にどこか言い訳がましい色が混じっているのを感じた。
「分かっています、だからこそ、あなたは無事にこの場所までたどり着くことができた。
邪念があれば、すぐに喰い殺されていたでしょう。
また、普通の迷い人であったなら、森の深くへ足を踏み入れることはできず、すぐに森から出されてしまう。
少しこの場所の話をしましょう」
少年はそう言うと、手直にあった大きな石に腰をおろし、私にも座るように促した。
私が腰をおろすのを待って、少年は口を開いた。
「かつて、ここに暮らしていた人々も、あなたの祖先と同じ森の民でした。
森の声を聞き、里者と交わらず、森とともに生きる民です。
この狼は、そこで狩猟の友として飼われていたようです。
森には鹿や猪などの獲物の他にも、リスやウサギといった小動物、甘い果実を実らせる木々や穀物に溢れた豊かな土地でした。
加えて深い霧が外敵の進入を防いでくれます。
そこには、牧歌的で穏やかな時間が流れていました。
あなたからは、その頃の懐かしい香りがするのでしょう。
だから、森もこの子も、あなたが森の深くまで足を踏み入れることを許した」
少年はひとつ長い息を吐き出した。
風に銀色に輝く髪がたなびく。




