雨の子ども
透き通った雨粒から、おたまじゃくしのような形をした、「アミンズ」という、半透明の存在が生まれた。
ー出会いー
深い深い山の中を流れる川に住むイモリたちは、この「アミンズ」という、これまで見たことのない、得体の知れない存在を見て、「これは何なのか。」と感じ、思索を繰り広げていた。「絶対的に超越的な、何かだ。我々の能力の及ぶところの存在ではない。」とする者も居たが、「まず、我々は、この存在を目で確認できている。いつかは何者か理解できる存在だ。」とする者も居た。
しかし、イモリの少年であったアジャムは、大人たちが繰り広げていた、「アミンズ」とはどのような存在なのかを完全に理解しようとする論争からは離れて、池を前にした洞穴を住処としていた「アミンズ」と会話をしていた。
「アミンズ、アミンズはどうしてこの、イモリの村の近くに住んでいるの?」
「別に子どもは知らなくていい。」
「どうして知らなくていいの?大人たちが、あの論争に決着がつくまでアミンズを留め置こうとするから?」
「はぁ。うーーん。来るたびに、一々、図星をついてくる子どもだな。」
「もし嫌なら、無理矢理に出て行ってもいいと思うよ。」
「別に嫌ではない。ただ、もっと他の場所にも行ってみたいという気は本当はある。この世界に美しい場所がもっとあるならば、ぜひ見てみたい。」
「じゃあ、行ってみようよ。こんな村の大きさなんか、この世界の大きさに比したら、とってもちっぽけだよ。この村だけしか見ないなんて勿体ないよ。アミンズ。」
「確かにアジャムの言うことを聴いていたら、そろそろこの村を出ていきたくなってきた。だが、私がこの村を出ていったあと、お前はどうなる? もし、この会話の内容が、私が出て行った後に、誰かによって密告されたら、アジャムは村八分にでもされてしまうんじゃないか。」
「アミンズ、それは心配無用だよ。僕は元々、親が誰かすら分からない、生み捨てられた孤児なんだ。今、僕が、この村に居るのは、先代の村長が、僕を拾って育てることを決めて育て始めたために、今の今まで、この村に居るためだよ。でも、最近では、村長と共鳴してくれていた、優しい、何匹かのイモリも亡くなってしまった。それで、最近は、厄介者扱いばかりだ。」
「そうだったのか。」
「アミンズ、この際、僕と一緒に村を出て、もっともっと広い世界に行かないか。もっともっとたくさんの、美しいものを観たくないか。」
「アジャム。」
ー翌朝ー
ー僕らは、かつて先人が築き上げた、熱帯雨林の中の道を、一番近くの鉄道駅まで歩いた。何度かスコールがあったけど、僕らは平気だった。-
アジャムとアミンズは、駅に着いた。改札には、切符を切る、ゴライアスオオハナムグリの駅員が居た。彼らは、ゴライアスオオハナムグリの駅員に切符を切ってもらった後、15分ほど待ってから、列車に乗り込んだ。
「アミンズ、僕らの世界には列車にまつわる、こんな話があるんだ。」
ーかつて、小高い丘の上の白い石でできた家に住んでいる老人がいた。ある夜、この老人のもとに近くの鉄道駅の職員が現れてこう言った。
「この世界の果てに連れて行ってくれる列車の切符です。」
老人は、最初は受け取るのを拒もうとした。しかし、幼い頃に聞いた、人は死ぬと、何かが迎えに来て世界の果てに連れていくという話を思い出した。
「そうです。あなたは亡くなったのです。体が少し半透明になっています。」ー
「こうして、老人は、ついに世界の果てまで行って、そこで出会った、超越的な存在によって世界の全てを知らされたんだとさ。」
「そうなのか。とても面白い話だと思ったが、なぜ、その話を今、したんだ。」
「実は、この列車は、その話に出てきた列車と同じなんだ。」
「その話は本当だったのか。なるほどね。驚いたよ。」
ー産業革命が起きた街ー
列車はやがて、蒸気機関による産業革命の真っただ中にある街の、駅に到着した。もうかれこれ12時間くらい列車に揺られていて疲れていたため、アミンズとアジャムはここで降りた。
「僕たち森の先住民はただで列車に乗れるのはやっぱり良いね。」
「嗚呼、良かったよ。なぜかは良く分からないけど、僕もただで乗れたしね。」
「あれ、これは、アミンズじゃないか。」
ある、スーツを着たハエトリグモの男が話しかけてきた。
「おじさん、誰。どうしてアミンズのことを知っているの。」
「急に話しかけてしまい、申し訳ない。私は、カラムという者で、職業は発明家だ。アミンズのことは、最近、ある探検家と写真家が共同で載せた、新聞のコラムから知った。とても興味深い話だと思っていた矢先に、たまたま、こうして会えたものだから、つい話しかけてしまった。」
「なるほど。」
カラムは一呼吸置いて、こう言った。
「いいか。少年。このアミンズの正体は機械人間だ。どう考えてもそうならざるを得ない。お前は、いつか、この機械人間にお前の全てを奪われる。」
「何を言っているの。おじさん。意味が分からない。」
アジャムがそう言った時、ライフル銃がカラムに向けて鳴り響いた。カラムの身体に取り付けてあった電気回路が垣間見えた。
「えっ。どういうこと。機械?」
「アジャム、もう行こう。訳が分からない。」
ー時計塔の前の噴水広場にてー
「アミンズ、さっきのは何だったんだろう。」
「分からない、本当にわけが分からないやつだった。」
「訳が分からないやつだったか。」
驚くべきことに、カラムが二人の前に再び現れた。
「皆、そう言うんだよ。そうやって、皆、僕を拒絶するんだ、でも、そんなことを言われても、僕は、僕は、僕の碁盤の上の核心を
開放しなければいけないんだ。」
アミンズとアジャムは顔を見合わせた。
「お前らも、私のことを訳が分からないと抜かすんだよな。なぁ。」
アミンズとアジャムは茫然とした表情になった。
「そうか。そうなのか、」
カラムがそう言った後、アジャムの目の前が真っ暗になった。
ー湖畔の森の洋館にてー
「おはようございます。アジャムさん。」
アジャムの目の前には、洋装をした、金髪の大人の女性が居た。
「ええと。どなたですか。」
「私の名前はパスームです。世界の果てからやってきました。」
「世界の果てだと、」
アジャムは数秒、沈黙したのち、ふたたび口を開いた。
「もしかして私は死んだのですか。」
「いえ、死んではいません。ただ、もうこの世界に閉じこもってもらうかもしれません。」
「どういうことですか。」
「アジャムさんは、カラムという蜘蛛によって、幻想の世界に閉じ込められてしまった。」
「カラム。」
「はい、カラムはあなたを、この、幻の世界に閉じ込めた。ここはカラムが作り出した、幻想の世界です。」
「私の人生はあの男によって、それほどに変えられてしまうのか。そんなことは」
アジャムが言葉を続けて発そうとしたとき、アジャムの目の前が段々と歪んでいった。
ー巨大な水道管の中ー
水の音が聞こえる。ぽたぽたと垂れる雫は、まるで音楽を奏でて楽しんでいるようだ。
奥から鯨の鳴き声が聞こえてきた。アジャムは段々と、その声に自分の意識が吸い込まれていくような感覚に陥った。
ー僕はここで永遠に鯨の鳴き声とともにあるんだ。-
アジャムはそんな気がした。




