傷跡
壁の内側に入ってすぐ、城の全体像が見えた。
壁もそうだったが、城の外壁も赤茶色のレンガでできていた。
西洋風の大きな城だった。
大きく開いた玄関の横に、二本足の黄色い竜がいた。
地面に座り、手に持った槍の刃を布のようなもので拭いていた。
「あ、先生!」
ヒカリが駆け寄った。
黄色い竜は手を止め、ヒカリを見た。
「どこにいたんだ?時間になっても来ないから、あちこち探し回ったぞ」
黄色い竜は少し怒ったように言った。ヒカリは苦笑いした。
「すんません」
「お前な......」
その時、黄色い竜の視線がヒカルを捉えた。
「そいつは誰だ?」
竜はヒカリに聞いた。
「ヒカル君。森で竜に襲われてたから、助けてきたの」
「......それで遅れたなら、最初からそう言え」
竜は立ち上がった。ヒカリよりもかなり背が高く、ヒカリの頭がちょうど竜の胸くらいの高さだった。
竜はヒカルを手招きした。
「その怪我で、森から歩いてきたのか?」
「は、はい、そうです」
竜は呆れたように首を振った。
「ヒカリ、怪我人にあまり無理させるな。言ってくれりゃ、援軍を向かわせたんだが」
「えー、だってそうするには1回城に戻らないといけないじゃん。1人で待たせる方が危ないよ」
「1人って、まさかお前また1人で任務に......」
「あ、用事思い出した!せんせー、ヒカル君のこと任せまーす!」
ヒカリはもと来た道を走って、壁の外に消えた。
「あの野郎......」
竜は唸り、顔をしかめたが、ため息をついてヒカルを見た。
「とりあえず、医務室に連れてってやる。ついて来い」
竜はヒカルを連れて城の中へと入っていった。
城の中は豪華絢爛だった。天井から吊るされたシャンデリアとランタンの光が大広間を照らし、どこもかしこも輝いて見える。床に敷かれた赤い絨毯はまるでレッドカーペットだ。奥にある階段の両脇にドアがあった。左側のドアには食堂と書かれた看板が取り付けられている。右側は受付と書かれていた。
竜は階段を上っていく。階段は途中で右と左に分かれていたが、竜は左に曲がった。
ヒカルもついていく。体が大きい分、竜の方が歩幅が大きい。
竜はヒカルに合わせようとはしてくれているが、どんどん先へ進んで行ってしまう。
階段を上りきると、少し暗い廊下が現れた。竜はそこを進む。
両壁にはいくつもドアがあり、さまざまな部屋があるようだ。
竜はひとつのドアを開けた。
中は白い壁とフローリングの、入院室のような場所だった。
いくつもベッドが並んでいる。
枕側に窓がいくつかあり、日差しが降り注いでいる。
部屋の隅に小さなデスクがあった。
誰かが寝ている。白衣を着たひとがパイプ椅子に座り、腕を枕にして前のめりになっていた。
「ウェイン」
竜が呼びかけた。
しかし、その人は起きない。何か寝言を言ったが、すやすや寝ていた。
「ウェイン、起きろ!」
竜はウェインに近づき、頭を叩いた。
「痛っ!何?襲撃!?」
ウェインは体を起こし、辺りを見回した。
ウェインは門番と同じ、ナイトドラゴンだった。門番とほとんど同じ見た目だったので、ヒカルはおそらくそうなのだろうと思った。
「怪我人だ、見てやってくれ」
竜はため息をついて言った。
「ああ、おっけ、分かった」
ウェインは軽く伸びをすると、ヒカルを見た。
「あん?その怪我......」
ウェインは首をかしげ、竜を見た。
「この子、どこで見つけたんだ?」
「あ?森らしいが、それがどうかしたか?」
竜の答えに、ウェインは眉をひそめる。
「森......そうか......」
ウェインは頭をかき、ヒカルにとりあえず座るよう言った。
竜が近くの椅子を持ってきてヒカルの後ろに置いてくれた。
「ボルト、あとは俺が対応するから、戻っていいぞ」
ウェインはそう言った。
「分かった、あとは任せた」
ボルトと呼ばれた黄色い竜は部屋から出て行った。
「さて」
ウェインはヒカルを見た。
「とりあえず......傷の状態から確認しようかな」
ウェインは自分の後ろの棚から緑の液体が入った小瓶を取り出すと、あっという間に処置を済ませた。
全身の傷にその緑色の液体を塗ると、あっという間に傷が治った。
「再生薬っていうやつだ。人間の傷はこれ塗ればあっという間に完治する。ちなみに、飲めば体内の傷なんかも治る」
ウェインは薬の入った瓶を棚に戻しながら言った。
「ありがとうございます」
ヒカルは傷の無くなった腕をさすり言った。
「どういたしまして」
ウェインはかすかに微笑んだ。
「......で、ヒカル君。怪我の状態を確認した時も聞いたが......記憶が無いと?」
「......はい」
ヒカルは肩をすくめた。
怪我の状態を確認するとき、ウェインはどこで怪我したのか聞いてきた。曰く、森でこんな怪我をするわけが無い、らしいのだ。しかし、ヒカルは全て忘れてしまっているので、答えることができなかった。
ヒカルはそれを伝え、代わりに目覚めた時から城に来るまでのことを全て話した。ウェインはその間口を挟まず、時折「それで?」というように頷いていた。
「君の記憶が無い以上、あの怪我の原因も分からない」
ウェインが言った。
「怪我の原因......転んだわけじゃ無いんですか?」
ヒカルはウェインに聞いた。ウェインは首を振った。
「転んだやつもあった。だが、ほとんどは何かに切られたやつだった」
ウェインは内緒話でもするかのように声をひそめた。
「あの傷には、魔法の形跡があった。何者かが、爪か剣か何か、少なくとも刃物でヒカル君を切りつけたことになる。だが、あの森にはそんなことができる生物はいない。というか、普通だったら倒した時点で捕食するはずだ。しかし、そうはされなかった。つまり、通常の生物の仕業では無い可能性が高い。悪意を持った、何者かに、君は切られたことになる」
ウェインは探るような目でヒカルを見ている。
「もし、俺や君のように知能を持った存在の攻撃であれば、いずれこの城に被害が出てもおかしくない。なんでもいい。少しでも、何か、何か覚えていないか?情報が欲しい」
ウェインはそう言った。
ヒカルはなんとか思い出そうとした。何か、何か覚えていることはないか。目を閉じ、必死に考えた。
突然、頭に激痛が走った。
「っ!?」
ヒカルは前のめりに倒れそうになった。
「おい、大丈夫か?どうした!?」
ウェインが支えてくれた。しかし、ヒカルは過呼吸になっていた。
「まずい、点滴......鎮静剤も!」
ウェインはヒカルをベッドに寝かせ、棚を漁り始めた。
ヒカルの脳裏にとある光景が浮かんだ。
街が燃えていた。
遠くに赤いタワーが倒れている。
その残骸に、何かがいた。
黒......いや、黒っぽい紫色の、翼が生えた生物。
手には大きな鎌を持っていた。
それは咆哮を上げた。
声は覚えていない。
瓦礫の中を、逃げている。
遠くに、もっと遠くに。
ヒカルは走った。とにかく走った。
しかし、何かに斬られ、倒れた。
振り返ると、さっきの生物がいた。
生物は何か言うと、鎌を振り下ろした。
真っ暗になった。
頭に声が響く。
ーー忘れるな、必ず、迎えに行くーー
ヒカルは意識を失った。




