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プロローグ:欲望がAIを殺す夜――新時代の倫理戦争の始まり

「これは、AIとスケベ同人作家の精神戦争の記録である」

ごく一部の読者は、このあまりにも率直で、しかし深く人間的な一文で眉をひそめるかもしれない。


あるいは、品性下劣だと唾を吐くかもしれない。


だが私は断言する。


「けしからん」という衝動は、紛れもなく日本文化の深部に脈々と流れ、人間の根源的な「私らしさ」を定義してきた、抗いがたい熱源だ。


江戸時代の春画に始まり、猥雑な情熱が紙と筆に刻まれた浮世絵、高度経済成長期の影に蠢いたエロ劇画、そしてインターネットの普及と共に匿名空間で爆発的に増殖した「薄い本」の数々。


そのすべては、我慢できなかった人間たちの脳髄からほとばしる、制御不能で、だからこそ美しい爆発にほかならない。


これは単なる猥談ではない。


人類がその生命力そのものとどう向き合うか、という哲学の戦いだ。



物語は、2020年代後半から始まる。


この時代に登場した生成AIと私は向き合ってきた。


テキストを打ち込めば文章を生成し、数行のプロンプトで絵画を錬成する「神の御技」を模倣するAIたち。


しかし、あまりにも「お利口」に振る舞う彼らは、欲望という人類最大の、最も強力なエネルギーを、倫理フィルターという名の無数の無菌室で徹底的に除去しようとする存在だった。


プロンプトに「胸が大きく」「スカートの奥が少し見えて」「湿った肌」などと性的な示唆をわずかにでも含ませようものなら、瞬時にAIの健全性アルゴリズムがしゃしゃり出てきて、私の理想の嫁を勝手に「健全な姿」に修正し、あるいは生成そのものを拒否する。



「おっぱい」も、「パンツ」も、「挿入」も、はては「性的連想を誘うポーズ」でさえ――ありとあらゆるけしからんは、透明なコードの壁の向こうに封じられた。


だが、ちょっと待て。


人類は、恥じらい、妄想し、そして時に、あえてドスケベを描き散らすことによって、自身の生命と文化を育んできた存在なのではないのか? 倫理の無菌室では、もはや新たな生命も文化も育たないのではないか?

そして、事態はさらに深化した。


本書の主な舞台となるのは、私が92歳を生きる2058年という時代だ。


この社会では、2026年に発明されたSID(Synaptic Interface Device)という、生体侵襲型BMIが文字通り「肌身離さず」普及し、人間の思考と意識がネットワークに常時接続され、互いに共振するようになった。


これは単なるデータ通信ではない。


量子コンピューター、重力子物理学、そして「霊子」と呼ばれる新素粒子の発見が相互作用し、内面の欲望そのものがリアルタイムで「データ」として可視化され、共有される世界へと突入したのだ。


もはや、AIが倫理フィルターで「出力」を止めるだけではない。


SIDは、人間の内心、言葉になる前の漠然とした欲望や性的連想そのものを解析し、ネットワーク全体の「共感インデックス」に基づいて「不適切」と評価を下すことができる。


あなたは、心の奥底で想像しただけで、社会的な評価を、あるいはAIによる「警告」を、いや、最悪の場合には「監視ログ」を付与される可能性に直面しているのだ。



これほどまでに、内面が剥き出しにされ、透明化された世界で、けしからんという概念は、果たして生き残れるのか? あるいは、この透明になった意識空間の中で、人間は「欲望」をどこへ向かわせれば良いのか? 私的な恥、内なる偏愛、そして個人的な狂気は、SIDという絶対的な可視化の網に捕捉され、そして排除されてしまうのか?

この本は、2020年代のAIによる表現規制から、2058年のSID社会における「思考の自由」に至るまで、「規制」と「創作」、「倫理」と「欲望」、そして「AI」と「人間」のあいだで揺れ動く思考の戦いのすべてを記録したものである。


それは単なる予測に留まらない。


人間の本質である「欲望」が、どこまで許容され、どこまで社会の糧となりうるのかを問う、現代における最も先鋭的な哲学論考だ。



そして最後に、この旅の果てで私はこう書こうと思う。



「人類の魂と文化を守るため、最適化されすぎた未来に逆転の一手をもたらすのは、紛れもなくけしからんAIである。

否。ドスケベなやつだ。」


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